Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

嘘のないこと 日大関西学院大アメフト問題と 国会・政治家の図々しさ をどう見るか?



SPORT SMART スポーツスマート
あってはならない汚れ(ケガレ)を嫌い「スポーツスマートジャパン」の名前を付けて
スポーツを通して(人としてあってはならない)大切なことを伝える 
出前授業や研修などの講師活動をやっています。
何処の世界にも「汚れ」はあるもの。昔から言うでしょ、
清濁呑み込む とか 水清ければ魚住まず って、

でもね、
許せることと許せないことってあるでしょ
その辺のことを小さいときからしっかり身に着けておかなければ大きくなたら歯止めなくなっちゃって、どうなっちゃうのかってことで・・・・許すも許さぬもあったものじゃねェー世の中になって
「そのくらいはいいだろ・・・それはアカン!!」ってのがなくなって垣根がなくなってどうでもよくなっちゃって、ニッチモサッチモいかなくなっちゃって おかしなことになっちゃって
困っちゃうことがいっぱいの世の中になっちゃいました。

チームスポーツの中で「相手のエースを潰せ!」って発破をかけられること、
ハッパをかけることってよくある話で、
しっかりチームに交じっていればそんなに違った意味に捉えることもないだろうに・・・・
最近の子供達に合わせた指導ってのも大切だろうけど、
スポーツの世界に「それイケー!」っていう勢いがなければ勝てるもんじゃないし、勝たせられるもんじゃありません。
勝たせてやって選手たちに喜びを与えてやるのがコーチの仕事だし・・・・
信頼関係、カリスマ~~といったって距離を置くことで重篤な指導ができる場合もあるし
入っていって一緒にバカになってやるときもあるし 時と場合 その年年で違うこともあるし
他からあまり口出しするようなことではないような気がするけど
先進科学、先進技術にたよる先進スポーツの世界では人間の絆、関係性は関係ないのかね??

コンタクトスポーツで(コンタクトのないネット型スポーツにだってあることで)
「(相手方の)監督さん、いやーあれはひどいわ、なんぼ何でもあれは許せへんでー」って抗議するのは 
時々あることで
「いやーすいません ちょっと見ていなかったのですが、そりゃぁすいませんでした、私の指導が至らなくて申し訳ありません。ケガは大丈夫でしたか、(ケガの方が)大事にならなかったのは助かりました 大丈夫ですか?(といって相手方に駆け寄る)」
なんて場面がちょこちょこあったものです。

そして、乱暴プレーのあった教え子に、
「ありゃ やりすぎだわ ありゃ あんまりやで そこまでやれとは言っとらんバイ アホやなぁ~ 大事に至らなかったからいいものを、あんなプレーで死んでしまったら大変のことやで、モノには限度ということがあるんやで、今後気を付けや」という感じでその選手のしでかしてしまったことへの自覚や反省状況をみて優しく言ったりきつく言ったり・・・・
そんな指導者同士のやり取りというのはよくある話なんですがね・・・・・

そんなところにコンタクトスポーツの世界の「阿吽の呼吸」とでもいうのか「理解」というものがあって
「スマートな」対応というものがあったのが少し前で、
こういった余裕があっていい指導ができるのが人格形成の途中にある学生スポーツの指導者で
その中でスポーツの「真剣勝負を楽しむ」のがスポーツであって
スポーツの中の「スマート」で・・・・

そんなスマートもなくなっているのが残念ですね・・・・・・

専用のグランドを与えられ、結構な予算をもらい、勝てばそれなりに評価も上がり予算も増え 待遇も違ってきて、慕われ?マスコミに騒がれチヤホヤされ、いい気になって、そのうち威張り腐って・・・・
そのためにいい素材のリクルート・スカウトも熾烈になり 選手獲得のために金が動き、金を得るために「勝ち」を優先し、施設を見栄えよく拡張し選手の憧れを惹きつけ、とあれやこれやが積み重なって派手なスポーツになっちゃって、本来のノホホンとした遊びの範囲の中にあるスポーツではなくなっているのが大学スポーツで、これに倣えと真似しているのが高校中学を含めた学生スポーツで、
どうなっちゃってんの? と疑問を投げかけたのが 今回の日大関西学院大アメフト問題で・・・・

いい機会だから、どうなっちゃったんだか? どうあればいいのか? よくよく考えてみたら良か!!
スポーツにはルールがあるんだから、ルールの中で重いっきり楽しめることが大切で、
そのあとで互いを称え合える交換の場があることがスポーツの味というもので
これが日本のスポーツにはないんだね。
外国のスポーツには必ず、か ほとんど「アフターマッチファンクション」ってのがあって、ここでの会食がこれがまたいい時間で楽しいんだね、そこには人生を豊かにしてくれる要素と時間があるんだな。
この辺が元々「スポーツ」のルーツのない日本に入ってきたのが「スポーツ」だから
首根っこがないまま今まで来てるんでねぇか??

支える方の役員になれば偉くなったような錯覚してしまったりして・・・・・
スポーツはバカがやるような種類のものではないんだけどね・・・
でも、やってるうちにバカにも人格が備わりそれなりの大人に成長しているはずなんだけどね・・・・
そう考えると日大監督の「すべては私の責任」と言い切るその裏にある腹の座った覚悟は
ちゃんと見てやらねばいかんとちゃうか?! 見方によっては立派な指導者やで。
逆に、大事に至らなくてよかったとはいえ、グランド上で起きたことをここまで引きずるのはこれまたどうかな? という見方もあり やで。
当該本人も親も、コーチもみんな誤りは認め、謝りはしているのだから・・・・
だからといって簡単に許せということではないけどね。

「(向こうの)エースを徹底的にマークせよ! 他のポジションが空いてもいいから束になってマークしないととても勝ち目はないぞ」という意味で「エースを潰せ!」は合言葉になることだってあるわけで、
スポーツであまりにも余裕のないくそまじめなのは使い物にならないってこともあるんでないか??

遊びの少ないこの頃、遊び心も、人の気持ちも読めない若者が育っています。
半面、ひとりスマホに没頭するひとり遊びを得意とする子供達の方が圧倒的になりました。
スポーツもスキルと戦略に頼り、基礎基本も身につかないまま、大切なことを蔑ろにしたまま、過密するスケジュール((試合日程)をこなすような現実があります。
もっと余裕のあるゆとりあるスポーツでいいはずなのに
どうしてこんなに騒いで、どうしてこんなに歪んでしまったのか
その理由は分かっているけど、世の商業主義は競うことで、競わせることで利益を得ることに躍起になり
ひとつの話題だけを取り上げ騒いでいるように見えてなりません。

ルールがあってもルールがないような世の中で 
許されるアバウトなことも許されないほど窮屈になり、許されるはずがないことでさえまかり通るようになりました。
その反面、模範となるべき立場の人達の呆れかえるような平気な顔しての嘘つきや、
人間ならあるはずがないような空恐ろしい事件が頻繁です。
ルール無視の世の中で、
「人として」絶対守らなければならないルールはひとりひとりの心の中に残っているはずです。
人間として生まれたからには産まれながらにあるはずです。(そう信じて事に及んでいるのですが公人の厚顔ぶりには悲しみと驚きで呆れ反っています)

それを忘れてはなりません。
また、それを忘れさせてもいけません。

スマート「粋」な計らいが出来てこそスポーツ
スポーツスマートを忘れないように!

因みに、私の関係するニュージーランドのスポーツ団体をまとめている団体
日本でいえば体育協会みたいなところの呼び名は
SPORT SMART NEW ZEALAD Sport smart.nz です。
ここに、スポーツが国民生活に与える潤い というところに着眼があり
NZに行くたびに、勝ち負けに目くじら立てることより、
広く生活の中に浸透していることに喜びを感じていることに
羨ましさを感じています。

今回の大騒ぎの中に、誰にも嘘はなく、スポーツの中にある、あってもおかしくない側面と
この時代に改善されなければならない問題が隠されているだけのことだと思うのですが・・・・

国会にみる狸の集まりよりは
ずっとましな、嘘の無さ を 見てあげることも必要ではないでしょうか・・・・。

全く異なる事案のように見えても
「気付け!馬鹿野郎!」って石を投げられているのは
「嘘のまかり通る世の中」に通じる一石のように思えてなりません。








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by sportssmart | 2018-05-24 12:32 | 本当に大切なこと | Comments(0)