Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

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長閑な月曜日の朝、土日の子供達の歓声が耳に残っています。
緑に囲まれたデッキの上で穏やかな朝を迎えています。
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昨日のラグビースクールで、ハチャメチャにハジケてしまった子供達に
ゲンコツを喰らわせてやりました。
1から5までの好きな数字を選ばせて、1は拳の親指で2は人差し指で、3は中指の真ん中をいっぱい膨らませて強烈なやつを、4は人差し指で優しく、5は小指を小さく丸めて・・・小さなオデコにコツン!と喰らわせてやりました。
「痛くなぁ~い?」「イティー!」とやっているうちに3番を選んだ子供に3番のゲンコツが火を噴きました。「イティー!!!」といって飛び上がる子供。4番5番はほんの優しく痛くもない様子です。それを見ていた子供達は(ぼくも!、僕にも! ぼくにもちょうだい!って今度は痛くて嫌なはずのゲンコツに群がるのです・・・
痛くても優しいゲンコツがあることを子供達はちゃ~んと知っているのでしょうね・・・
さて、さて、それから練習は本格的なゲームに入り、ラグビーをいっぱい楽しみました。

巷では、教師の体罰だの、学力低下だの、道徳教育? だのと 何かに躍起になっている様子が毎日毎日伝わってきます。
それが、なんだか おかしなこと に思えてなりません・・・・
学校外活動といってもそれは子供集団の集まりのこと、子供と接することに変わりはありません。ここには子供を見守る目に、育む目に、叱るゲンコツに、余裕があり温かみがあり、待ってやるゆとりがあり、ゆっくり時間が流れていきます。それだけではありません、子供達がやっていること、やったことに、その成果を実感として感じられる結果がついてきます。だから、「楽しく遊んでばかりで、負けてもいいんだよ」では済まされません。
相手があることだからいつも「勝つ」ということではないけれど「勝つ」味を味あわせてやらなければなりません。負けたときにもそれを受け入れ次につながる意欲に火を点けなければなりません。
かといって無理矢理に大人のすることを押し付けるわけではありません。子供なら仕方ない・・・子供でも許さない・・・子供でもここは乗り越えて・・・・子供だからこそ耐えられる・・・といった厳しい場面もいっぱいです。
無理矢理仲良くならなくたって、ひとつのボールをひっちゃかメッチャか奪い合っているうちにルールがわかり、仲間が出来、仲間を頼りにし、自ら突進し、仲間にボールをつなぎ・・・と「チーム」が出来上がり、気後れも遠慮もなくなり友情が芽生え、ひとつのペットボトルの水を分け合い・・・何だかんだと助け合い奪い合いが始まり、「思いやり」が生まれます。
道徳・モラルって教えて教えられて教え込まれて覚えていくものなのかな?って思うと おかしなことにいっしょけんめいやっているな?ってふと思います。
時間割に余裕がない? って これもおかしなことに思います・・・
子供がスキで夢中になっているときが一番吸収する時なのに・・・・国語の時間に興味いっぱいにやっているなら次の時間を国語に切り替えてやらせたっていいものを・・・・算数だって、理科だって社会だって同じこと、絵の時間だって音楽だって体育だってみんな同じことなのに・・・・
学校って、学校の先生って何かに縛られているんでないか ??
子供の成長を願っているっていうのが大きなねらいであるなら、その「成長」を促す方法はいっぱいあるだろうに・・・・
時間割りに縛られ、行事に振り回され、子供に関係なく大人の期待でつくられた「教育目標」の達成に追われ、地域地域の学校間で優劣を競い・・・・では企業の社員と同じで、好むと好まざるとに関わらずノルマに追われてあくせくしている(挙句にストレスでおかしくなってしまう)サラリーマンと同じではないか???? 学校ってとこは企業戦士をつくっているんでないのだから・・・・・もっと違うんでないのかな??
(私の体育専門アドバイザーとして関わった○○県 △△県、××県なんぞでは地域行事に合わせてカリキュラムが組まれていて学校対抗競技会の選手選びのための体育授業や優劣を競うコンクール出場のための練習のための音楽や美術の授業時間だったりしで、子供や親はこれに振り回されている なんて現象も多くみられました。これを学校外行事に振り回されない、子供の意欲成長段階に合わせた学校独自のものに改善するよう努めたんですが、なんたって向いているのは「子供」ではなく「お上と出世(出世なんていったてセイゼイ校長止まりなのですがね)」なのですから専門官とはいえ「ひとりの一使われ人」のアドバイスに耳を傾けるものではありませんでした。多分、いまでも変わってはいないでしょう??

北海道大学で教鞭をとった”ボーイズ ビ アンビシャス・・少年よ大志を抱け!”で有名な過のクラーク博士がこんな言葉も残しています
Not fast,More rest! 」{急ぐな、もっとやすめ}「そんなに急がないでもっとゆっくりやりなさい、なぜいそぐ?」って言っているように聞こえます。
急がないで、ゆっくりやっているうちに身に付くことはいっぱいあるのに・・・って嘆いているようにも感じます。
忙しく忙しい世の中になってどうしても急ぎたくなる焦らされる雰囲気に呑み込まれてしまいがちです・・・都会にいたらなおさらのことで、都会の情報に振り回され、流行になびきやすい人達で構成されているニッポンで、このニッポンを引っ張っていっている優秀な頭脳をもって霞が関に陣取っている人達には このクラーク博士の「急ぐな!・・・」の意味が理解出来ないのかな? って つくづく思います。
田舎の世間の喧騒が届かないこんな長閑なところにいたって、何かに焦らされる自分がいます。このときを、急がず、もっとゆっくり、もっと休んで・・・・っていうのは大変な修行がいりそうですがね・・・。
それでも、子供達は毎日学校に通うのですから、子供達の集うところくらいには余裕が欲しいところですね。
振り返って思い出せば、私のお世話になった先生達ときたら、好きな時に好きなことを教えてくれて、飽きたころには好きなところに連れていってくれて、雨が降ればお話しをしてくれて、陽照りが強ければ海に出かけ、雪が降れば山に行ってスキーに戯れ で、喧嘩をすればみんなに囲まれた相撲大会になっちゃったりして・・・・そんな時の行司はクラスのみんなだったり女の子だったりして・・・・
ストーブに温めた弁当なんか早い者勝ちで食べちゃたりして・・・それでもみんなで分け合ったりして・・・・悪だくみのお兄ちゃん達がいれば正義の圧巻お兄ちゃん達がちゃんと守ってくれたりして・・・・
なんてこったぁない、今だって子供達の世界や成長は同じなのに・・・おかしくしているのは学校でないかな ? って、この学校をおかしくしているのはダレだ?
なんて、ふと思ったりして・・・・・
教育って 子を思う親と同じように子供に向ける愛情がいっぱいなければ・・・
愛情の乏しい親、何かに追われて余裕のない親って、子供を叱ってばかりでいたり、無理な躾を求めたり、やたら人目を気にしたり、人目をはばからず叱り飛ばしたり・・・でしょ!?
4才5才、7才8才9才にもなれば子供なりにも人格ができ、自尊心が芽生え、プライドってものが生まれるのです。
学校の先生が「仕事」に追われ、「余裕?」がなくなってどうするんだ?
学校の先生から余裕を奪ったら預けている子供はどうなるんだ?
時間割りって そんなに大事かなァー、時間の流れっていろんなんことがあるもんでしょ  もっと人間そのもの、組織そのものにゆとりがあっていいんでないか? だって「学校」なんだもの。 大儲けしなければならない「会社」とはちがうんだからね!
なんとかせねばいかんぜよ!! ねっ!!

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by sportssmart | 2017-05-29 12:38 | 教育/学校 | Comments(0)
名だたる役人、学歴、素晴らしい経歴経験をもつ関係者の方々をさておいて差し出がましいのですが、この声がとどくかどうか・・・・
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東京パラリンピック・オリンピック開催に向けヤオラ?動き出したようです(笑い)
強化と普及を兼ねて各競技団体が「独自に」PR活動を進めているようです
これにテレビ・マスコミをどうやって惹きつけるかが大きなカギになっています。
どんなに美辞麗句を並べてもその奥にある魂胆は見え見えです
自分の種目のメダル獲得、そのための強化費用捻出、メダルが取れれば予算獲得も拡大します。そのために強化が必要です。そのためにおカネが必要です。そのために人気が必要です。そのために普及が必要です。そのためにタレントが必要です。そのためにテレビで騒がれることが必要です。
簡単に言えばタレント発掘・養成・強化・メダルに繫がるのですが自分の種目さえ・・・・の欲が先の普及・強化のため、下々末端の現場ではどこにいっても少ない子供達の奪い合いみたいになっているのが現実です。
町のおじさんおばさんがこつこつ育ててきた野球チームもサッカーチームも、体操教室も水泳クラブもテニスクラブも○○協会のオリンピック向けPRの△△教室ゲストコーチに一気にもっていかれて子供達はバラバラになってしまうなんて現象もみられていることには一切お構いなしの現実です。
(昔と違って、スポーツするにもお金がかかります。塾通いに影響される学力格差と同じようにスポーツするにも経済力は元より出来る子出来ない子の強弱格差が大きくなってきています。熱狂するスポーツ熱の反面、スポーツ離れも進んでいるのが現実です)
普及拡大のために新しいコーチ資格制度を乱発して資質のない俄か素人コーチを乱発しているのも指導現場には見逃せない弊害となって表れています。
子供達を等しく育むはずの学校現場にさえメダルに騒ぎすぎる風潮のせいか「勝ち」を優先し、囃し立てる風潮が芽生え始めています。
現場を知る立場にあって、これはなんとかせねば・・・・と思わずにはいられません。
子供は大人のあるべき姿次第で変わります。俄かコーチや学校のセンセイが勝ちに急ぐスポーツを教え込んでいるとしたら、本来の仲間と戯れ競う楽しかるべきスポーツはどこにいってしまうのでしょうか・・・
オリンピック精神が運んでくるスポーツを通して仲間を得る、仲間を増やそうっていうスポーツの善用はどこにいってしまうのでしょうか・・・・
もっと本質を捕えたオリンピック効果を期待したいところです。
車椅子競技にしてもブラインド競技にしても競技人口は多いわけではありません。その中で、いっしょに楽しめる仲間と巡り合えることの方がずっと大事なはず・・・・
特段、メダルを取るためにそんなに必死にならなくても・・・って思うのはいけないのでしょうかね
国を挙げて、メダル獲得数を競いそれを国威のように勘違いしてしまう人達、これ自体を金もうけの材料にしよっていう人達の感性は理解できません・・・・・
オリンピックってスポーツ本来がもっている力の善用に寄与するものでなければ・・・オリンピックのはじまりそのものがスポーツを通した人類の幸せ、平和の姿そのものなのだから・・・・そんなにお金をかけなくたってボール1個に広場があればみんなで楽しめるのがスポーツの原点なのだから・・・・
長年そして今も体育スポーツと関わっている一人の人間としてオリンピックへの取り組みとその方策については根本から見直してもらいたいものです。






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by sportssmart | 2017-05-11 15:47 | 本当に大切なこと | Comments(0)
5月2日 こどもの日?
この日を限りに、困難を承知で、死を覚悟の上で 国を出ることを決意しました。

広い世界は、島国日本の独りよがりな体質とは違う隣り合わせの程よい自立が求められます。
干渉しない干渉、見えないやりとり、見えない協力、譲らない主張、究極の自立、家族同胞のスクラム、普遍の真理 子どもを、大きく、何処にでも通用する人間に育てるため、強く、優しく、逞しく、淑やかに、愛に溢れる人に育てるために ここに留まっていては同じ穴のムジナで終わってしまいそうです。離れてみればよく見えることもあるでしょう・・・その反対に本当の姿が見えることもあるでしょう。四海に囲まれる日本だからこそ独りよがりにもなることでしょう。出てみてわかる本当の姿を外から内に向けて発信できれば、それが少しでも響けば本望です。

急遽男の子のお祝いをすることになりました。
裏の見晴らしのいいデッキでのBBQ
9才7才の元気な男の子、4才の女の子までが大はしゃぎ、
「今日は僕たちのためにBBQをしてくれたありがとう!!」
なぁ~んて元気に挨拶してくれました。

さて、BBQで、「今日は特別の日!」(いつも特別?なんだけど・・・)ってお肉をいっぱい食べたせいか気にしていた血糖値は180を超えていました。
死の一歩手前までいった血糖値も昨日はやっと120代まで下がったのに・・・・・
実は、お肉のせいではないんです………?????
久し振りに?溜まっていたのか、ストレスが爆発?したのが原因のようです・…
いくら、上辺の姿形ばかりの口上や行動があったとしても
人間、その人に目指した内・外からの「相手への思い」がなければ心は伝わるわけがありません。
「外見の大切」ばかりに気を使って、中身のない、形ばかりの、独りよがりな善意では伝わるわけがありません・・・・
すべては自分の満足のためにあるのでしょう・・・・
親切している自分が気持ちよくて・・・・
気遣いしている自分がいい人で・・・・
善くいる自分がいい人で・・・満足しているのでしょう???
本当のところでは、相手のことはどうでもいいのです、自分が満たされていれば・・・・
そういった善意がいっぱいです・・・・
昨日はそんなことに改めて思い知らされてストレスは急騰です。

東日本大震災を切っ掛けに 助け合い、親切、善意の押し売りみたいに国中が騒いでいます。
助けてもらいたい人、助けを必要としている人は本当は何をしてもらいたいのか、何を求めているのか、そんなことはお構いなしに親切・思いやりの押しつけです。
ホントウに相手を思うなら、相手の容態を伺いながら寄り添うならば、
決して自分よがりな、自分に酔いしれた親切、思いやり、善意の押し付けにはならないと思うのですが・・・・・
先ずは、自分の善くしている行いに満足している自分が先なのでしょう・・・・
ホントウは相手の痛み辛みなどに思い測ることもなく
自分のしたいことをしているだけ ということに気付くこともできない鈍感さがなお更に相手の痛み辛みを重くしていることに気付かないというのは・・・・貧しい教育の表れでしょう・・・
今日の子供の日を祝いながら、子供達をそんな思い上りのある人間にしてはイカンとつくづく思います。
日本という国の文化、体質、風潮が作っている「この国の真実のところ」はどうなんだろう??ってふと考える子供の成長を願うこどもの日でした。

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by sportssmart | 2017-05-03 06:12 | 本当に大切なこと | Comments(0)