Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

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ポケモンGO

ポケモンGOで目先が見えない、立ち入り禁止もなんのその!
ポケモンGO GO セールス作戦上手いねェ~感心するワ・・・!! 
儲かればいいってか、先に成功すればグレートか?

ポケモンGO!
世界中が夢中????
世界中が夢中でなんかない!ハズ??
だって、戦争の最中の国や、電波の届かない国、喰うに喰われない国、国を追われて逃げ惑っている人達だっているでしょ?
「見せかけの幸せ」の物質文化に毒されている国の大騒ぎなんでないか???
政府の広報までもがこれに振り回されたり、前もってこの宣伝に一役かってしまう?(かわされる?)馬鹿さ加減に「なんだよォ~この国は?!」て思わずにはいられないね!
みんながやるから乗ってけ乗ってけ、乗らなきゃ損ソンの風潮に簡単に振り回される国だもんね
国というより世界?かな?
落ち着いた国はそれはそれなりに、個人のことと、政治が口をはさむこととちゃんとわかっていてやっているけどね!!
これが日本と日本人の教養レベルってやつだぜ。
こんなこと思うのは古い人間なのかね・・・・・・

家では、ゲームやテレビに夢中になる前にある程度のセーブをかけて、興味関心が自然の不思議や宇宙の不思議、その辺に転がっている不思議や疑問、世界のあちこちにある素晴らしいことやおかしなこと、生き物の生きる姿に心動かすことやキュウリの弦に実がなるのを楽しみにしたり、カブトムシにエサをやったり、犬が死んで悲しんだり、暑くてプールに飛び込んだり、日本人ならどこに行っても日本の心を誇りに思えて自慢できるようにと柔道なんかやらせたり・・・・
それでも時にはゲームに夢中になったりで、そこそこに人間生活そのもの、回りに振り回されない人間を大切にしているんだけどね……
この間初めて国の外に出してみたけど、チビはチビなりに結構自分があるからあんまり人に頼らずちゃんとやって来れたけどね・・・・・
風潮になびく人間になったら、みんなやっているから・・・・・他がやっているから大丈夫・・・・オレも俺も・・・で歯止めの効かない人間になってしまいそうで怖いね!?

ポケモンGOに振り回されて、これに利用されて国中を煽りまくるテレビにもなんかおかしいなぁ~って思うけどね。
ポケモンGOを楽しむのはいいけど、ポケモンGOに夢中になって事故に遭って死んじゃったなんて話、笑えないね・・・自然の雄大さを求めて登るはずの富士山山頂だってスマホ片手にポケモンGO!だもんね、自分が富士山に登りたいんでなくてみんなが行くから一度くらいは行っておこうだもんね、富士山登山の感動よりポケモンGOGOだもの   
みんながやるからどこでも平気?だものね・・・ 何だ?って思うけど・・・・・
他所の国の大騒ぎが入ってきて、これに乗せられて大騒ぎしなければ先進国でないみたいに乗せられていく国、これが日本だぜ。
夏休みの使い方だってどうだ?
親が休んで子供と一緒の時間をつくるなんて発想はないもね。ないというより、生活自体が休めるような状況でないもんね。
子供の居場所って騒いでいるけど、子供の居場所は習い事や学童クラブでなくて、親と一緒に居られる場所「家」だろ?
この夏休み、学校から追い出された子供達はどこかに預かってもらいましょうっていうことで困っている親御さんが多いんでないか??
これが日本の(都会の)一般的な夏休みなんだからホントにこの国は貧しいねぇ・・・
もっと勝手に、もっと自由に遊ばせてやればいいのに・・・・それが出来ない危険な、貧しい国ってことには政治は気付きもしないし、動かんもんね?!
もっと自由に遊ばせてやれば、その中で自分なりに、何が危険で、何が安全か、何が悪くて何がいいことか、何処まで入り込んでいいのかダメなのか、人が見ているから、見ていないからに関わらず自分でちゃんと判断できるひとに育つだろうにね
ポケモンGOの旋風で、事の核心に気付けばいいけどね!!!!
来年の夏はオイラが子供を預って、子供らしくのびのび冒険させてやろうかな、
ポケモンGOどころの世界ではないぞォ~ 感動の世界だぜ、
この国の若者達よ、この国の親達よ、たのむぜ!この馬鹿らしい国を何とかしてくれよ!!
かといってなんとかできるほどの人間でない自分の出来ることは「現場でやる!」しかないからね
この国の若者達よ、この国の子供達よ!
狭い日本を出て、広い世界に出て、広い世界を見て知って、広く深い考え方モノの見方行いの出来る人になれ!
狭い日本にいたらアカン! 広い世界を知って、この国の根本を見抜いて、この国を何とかしてくれよ、次の世代のキミたちで!
共感してくれる人がいっぱいいればいいんだけど……・・・・!


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by sportssmart | 2016-07-25 12:27 | 本当に大切なこと | Comments(0)
暑い毎日、花々たちも一生懸命咲いてます
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仕事を通して、子供達を通していろいろな人に出会います
一生懸命、爽やかに生きている人に出会うととても気持ちのいいものです。
その人、その子供ひとりひとりのバックボーンはそれぞれに違うけれど、授かった命、与えられた命を一生懸命守り、育てている姿は心打つものが伝わってきます。

世間の「今」を表すような、何でもありのテレビ番組がいっぱいです
テレビの世界が「今の世間」を代表するような言葉にせよ、態度にせよ、服装にせよこの「爽やか」とか「一生懸命」などということが古めかしいことのようになりました。
こんな時世だからこそ
一生懸命、爽やかに生きていることを感じさせる人に出会うと新鮮な力をもらえます。
今の時代、清廉に生きているその陰にはいろいろな苦労もあるんだろうなって、そのいたいけな気持ちにちょっと心が動きます。
悪戯に威勢があって、面白可笑しく生きている人達ばかりがいいおもいをして、一生懸命、爽やかに生きている人が報われない世の中でなくて、そういう人達が報われる世の中でなければね

一生懸命で、爽やかで、全力投球のその後で、両肩をすくめて、少し、はにかんでいるその姿が、とても可愛らしく素敵な人に見えました。


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by sportssmart | 2016-07-21 05:27 | いつでもハッピー | Comments(0)
世界中に飛び火しているテロ
あちこちの国にみられる国の変わり目・・選挙、政変
経済の格差、貧富の差・・教育の差・教養の差・・インフラの差・・
肌の違い、眼の色の違い、髪の毛の違い、言葉の違い、文化のちがい・・・習慣の違い・・・・
食べ物の違い・暮らし方の違い、気候の違い風土の違い景色の違い・・・・
違いはいっぱいあってもどこに行こうと、どこに住もうと、少しも変わらないモノ・それは何だ??!!
命の尊さ
家族の幸せ
この2つはどこに行っても、どんなとこだって、動物だって同じ、まったく同じ・・・・・
この幸せが全てのことの「鍵」になるっていうのに・・・・
この家族の幸せがあるからこそ「命」が脈々とつながっているというのに・・・・・
家族の幸せあっての「幸せの実感」であったり、何かの時に「反省」があったり「悔い改め」があったり
頑張ったり、我慢したり、立ち上がったり、立ち直ったり・・・・生きていく力の源がここにあるのに
この家族に捨てられたり、いじめられたり、見捨てられたり・・・・
帰るところをなくした者が最後に辿り着くところはやっぱり家族という自分が生まれたところ育ったところだというのに
その家族が無かったら・・・・その家族でも親族でも自分とのつながりの元が何もなかったら・・・・・
モノの頑張りも、モノの良し悪しも コトの善悪も 家族あればこそ頑張れたりセーブできたり、マトモになったりできるのに・・・・
どんな国に生まれようと、どんな家族の下に生まれようと
そこにある小さな小さな幸せが全ての起点にあるっていうのに
そんな小さな何でもない幸せに気付かないで不平不満・不幸ばかりを感じるのが世の常です
外を羨み、他を蔑み、自分ヨガリのくせに、自分に気付かないで
動物をみてみろ
巣に待つヒナドリに足しげく餌を運ぶ夫婦鳥、くたくたになりながら獲物にくらいついて子供にエサを与える親ライオン
水場に集まる動物達は、命に必要な最低限の「水場」では水の奪い合いもなく、みな一斉にのどかに水の恩恵を受けます。
アフリカのサバンナだって、サファリだって、どこを見たって家族の営みは「動物」みな同じです。
人間だって「動物」のひとつ。
家族という最小単位を大切にできないんだろうか・・・・・
家族のために、その家族が暮らす国のために・・・・そのために死んでいた尊い命もあるというのに
まるで動物が子供を守る命がけの戦いをするのと同じように・・・・人間社会も動物社会の縮図ということで・・・
動物社会が人間社会の縮図?なんて可笑しいだろ!?

家族の愛が、親の愛が、救える唯一の最後の砦だというのに
この最後の「愛」こそが最後の救いになるというのに・・・・・

貧しかろうと、苦しかろうと、人と違っていようと
みんな家族という小さな幸せの中から巣立って大きくなっているんだから
そのことを考えれば、目に映るいろいろなことに迷わされないで振り回されないでそこにあるそれぞれの幸せのことを思えば、幸せでしょ
ホントに大切なことって誰とも比較できるようなことではないってこと・・・・
世界中でも何処にいたって、何処に生まれようと、何処の国にくらそうと家族の幸せが何よりってこと
そして、それはどこにいようと同じなんだってこと・・・・
これさえしっかり知って感じていられるなら、どこの国に住もうと同じよ
狭い日本、日本ばかりが世界じゃないぞ!
しかし、一番安全な国であることには違いないけどね・・・・
子供にとって、親があるってこと、
どんな親でも、子供にとっては親は親
子供はどんな親の下に生まれるかは選べないけど
親はどんな親になってやれるかを考えることはできるはず・・・・・
ないない、苦しい苦しい、ばかりでなくて
ホンのチョットしたところに親子の、家族の小さな小さな幸せが子供にとってどれほどの幸せか・・・どれほど力の源になるか・・・・・
それだけでいいのに、それだけで十分なのに・・・・
何が無い、何が足りないとばかりに「子供のホントウの幸せ」に気付かない

人間ほどの脳みそも持たない「動物」の世界をみてみろ
人間よりも人間らしい愛情あふれる交歓の中に親子の、自然の営みがあって幸せがあるでしょ!?
人間社会の幸せをつくる「政治」の世界だって同じこと。
モノやカタチばかりでなくて、ホントの幸せってどこにあるかって考えれば「どこにでもある「家族」の姿がどうかって考えれば、この国がこの国の人達が、この国に住む一人一人の家族が夫々に幸せでいられるようにって思えばもっと簡単に出来ることってあるんでないのかな?
世界中のことだって同じでないのかな????
世界中の国の隅々で、アンデスの奥地で、モンゴルの高原で、キリマンジェロの麓で、砂漠の中で、アマゾンの奥地で、
エベレストに続く山岳地でも、これからという国ミャンマーの奥地でも、世界の反逆児北朝鮮の人達だって、戦争の真只中にいる人達だってみんな、みんな家族という幸せは同じなはず。
この小さな小さな幸せの単位を大切にしなければ・・・・・
私のスキー学校に加わる世界中からの人達も国のあり様なんか関係なく同じ地球上に住む人間として、家族を持つ仲間として、愛する人を大切にする同じ思いの人として何の問題もなく付き合っているのはなんでだろうって・・・・・
国と国が、誰かと誰かがこんなに争っているというのに、私の世界は小さな地球上を行ったり来たり・・・・・
こんな市民レベルでみんな幸せでいられるというのに・・・・・
ひとりひとりの幸せの形や大きさは違うにせよ、夫々に困難や問題はあるにせよ、みんな同じように幸せでいられるというのに・・・・
いろいろと多くのことを求め過ぎるんでないのかな????
ホントウに満たされてもいないのに不便なところに住んでいる人や貧しかったり大変そうに見える人達に同情したりするのは何故だろうって思うことがある、本当はそれで充分、その暮らしはその人にとっては自分以上に幸せなのかもしれないのに・・・・
ひとりにとって大切なことって 「何でもない小さな幸せ」 のはずなのに・・・・
世界のあちこちに目をやれば、幸せなんてみな同じ・・・・家族の幸せあって幸せってもんだでよ
家族あってのいまの自分だからね・・・
お父さんとお母さんあっての今の命だからね・・・・・
お父さんお母さんだってその小さな命あって、いまの幸せだからね・・・・・
その幸せの芽を大切に育て見守っていってやってね
その時の2人の大切な愛の結晶がいまそこに膨らもうとしていることを忘れないで・・・
いま、どうであっても、そんなことを忘れて雑に扱わないで、
きっと、その命はあなた方の命の糧となって頑張りの源になっているはずだから・・・・
世界中にどこにいってもおなじことがいっぱい・・・・
動物だって、もっともっと人間以上にいっしょけんめいに命を守り育てるんだから。動物に負けないように、そこにある小さな幸せを大切に!
動物におカネの便利さを教えたらどうなるんだろうか・・・・
動物らしい「愛情」という本能の中にある感性とその命のために食い物を戦う野生は無くなってしまうのかな?
うまく取り繕って気取って生きていく動物も現れるのかな
同じ動物にも食えるものと食えないものに分かれるのかな?
お金の使い方ひとつで群れのボスになったりするのかな?
いあやーそれはねぇーべ
噛みついて噛み砕いてしまって、やっぱり動物は動物なりにやっていくんだろうな?

人間社会におカネというやつが無かったらどうなんだろうかな?
喰っていける奴といけない奴に分かれるのかな?
勉強できるやつが勉強できない野性味あふれる奴に食わしてもらうのかな?
貧弱な体で学歴と名前だけで生きていけるんだろうか? おカネが人間社会から消えたら面白いなっ
イイ格好してお洒落して、シャナリシャナリと気取って野山に入っていって食い物を見つけられるのかな? 

世界中の言葉がスワヒリ語になったらどうなるんだろなっ アフリカが世界を牽引する中心になるのかなっ? 
なんて考えたりして・・・
どうなったって原点は同じで、一組のカップルから生まれる小さな命とその家族から始まって
家族の幸せの大切を中心に世界が始まっていくんだろうなって思うと 家族・命のサイクルの大切を思い知らされるね!!

ニッポン、余分なことにまで考え過ぎて手を出し過ぎて、足元のことが見えなくなったんとちゃうか!?
井戸を掘っていって、どんどん深く掘っていったら、すぐ隣の浅瀬に着いたなんてことになるんではないか??
足元にある小さな泉こそが命の泉ってこともあるんやで。。


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by sportssmart | 2016-07-19 13:24 | 本当に大切なこと | Comments(0)
ふだんからの「健康」ということが注目され始めたのは東京オリンピックが終わったあたりから・・・
オリンピックに合わせて猛烈な国威誇示のためのスポーツ強化に走ったのは東京オリンピックがきっかけでした。
時を同じくしてテレビの普及浸透で一気にスポーツ熱が沸騰しました。
力道山のプロレス中継は国中が夢中になったものです。
大松博文監督の回転レシーブで拾いまくった女子バレーの金メダル、八田一郎監督の虎の穴作戦で勝ち得たニッポンレスリングは破竹の勢いを得たものです。体操女子の池田敬子さん男子体操の加藤選手、水泳の木原美知子さん、マラソンの君原選手、円谷幸吉選手等の活躍は国中を沸かせた反面 国技柔道無差別級ではオランダのヘーシンク選手にその座を奪われ国中が落胆したものです。
早稲田の大学生坂井義則くんが最後に火を灯した聖火台点火式は神々しく見えたものです。
国民の一喜一憂の裏側では、代表選手に選ばれた選手達は勝利至上の絶対使命に重い責任を背負って死に追いやられる選手まで現われたという事実もあります。

あれからこの国も急速な進歩進化を経て今に至っています。
スポーツの分野で見ればスパルタビンタの時代から大きく様変わりして科学一辺倒の指導に様変わりしています・・・
その頃でさえ2~30年も前から進められていたドイツのゴールデンプランなんていうものに真似して、国民総スポーツを提唱した時期もありましたが今ではそんなこともマチマチになってしまっています。
40数年前に、そのころドイツではもう次のことに移っていたというのに、そのゴールデンプランに目を輝かせたものでしたが、今の時代でも大学の健康施策に関わる教材はドイツのゴールデンプランを手本にしている日本の様には驚きます。
そして、いつの間にか高齢社会に突入し、今ではにっちもさっちもいかない超高齢時代に入っていく最中です。
便利便利の社会構造は長生き長生きの国になり、更に長寿国になりました。
しかし、テレビ・車に代表される便利さは体を動かすことを極端に減らしました。その結果、命は長生きするけど体と心の老いは早く、何もしないでただ時間を過ごしているだけの老人の方が多いという現実があることに目を向けない社会です。
みんながみんな元気溌剌で、趣味に社交に満足して生きているということではありません。広く目をやるとその反対の方が多いのがホントウノところではないでしょうか・・・・・

働き続けて、ある時、やっと自由な身になって、いざ、これから自由に遊び回るぞ!なんて思ったところで病気になったり、何だかんだとお金が無くなったり・・・・体が動くうちに老後のことなど考えもしないで貯蓄もしていなかったことに今更気付いてもどうにもなりません。
よぉ~し これから好きなことをして生きるぞ!なんて喜び勇んだところで元気な体が無くては何もできません。
齢をとって、鍛えようもなくなった体をいくら鍛えたって知れています。若い頃と同じレベルにはもどるものではありません。こうなると心の方も気力を失せて、気力が失せれば動かなくなり体も萎えての悪循環が始まるのです。
今では、デイサービスや高齢者施設に軽スポーツ指導、レクリエーション指導などの子供だましのスポーツ指導が入っていますが、決して「元の体」を取り戻せるものではありません。ご老人たちはいいオトナですからご愛想程度にこの時間に「お付き合い」はしてくれるもの、本当にこれを「喜び」にしているかというと違っていることの方が多いようです。
やる気があっても動ける元気な体がなくては・・・・・
医学医療の進化発展も重要なことですが、その前に医学医療に頼らなくてもいい元気な体をつくっておける社会的な構造が必要です。悪戯に施設をつくればいいというものではなく、街中の公園や広場、チョットした空き地や空いているビルや倉庫のスペースなどを生かして、体を動かして遊べる?ことが何気ない健康の持続と貯蓄につながることに気付かなければなりません。
健康も医学のひとつで、スポーツ強化に走るばかりでなく予防医学としての分野をもっと広め進めていかなければなりません。
先見の明のあった一部の賢者達によってつくられた健康学科、健康教育学科なるものが社会にどれほど有効に機能してきたか?
その失策が今の、これからの日本に影響することでしょう。その前に、「健康」「予防医学」に関わる施策を充実させることが必要です。そのカギはそれに携わる者も、する者もすべてはモノではなく「人」にかかっています。
悪戯な資格発行ではなく実際に活かされる内容と資質のある人材が育つことが先決です。
ヘルスプロモーション 健康運動指導者などなどの資格を乱発したところで実際の健康に結びつくものでなければ・・・・
老人はまだまだ若い心と体をもっているものです。これを活かせるように、健康寿命の持続・継続性に着目した研究と実践と施策が急がれます。
やる気があっても健康な体が無くてはなにもできない・・・・
これはとても残念なことですね。
昔からいうでしょ
体あってナンボのものよ!って
お金がなくたってモノが無くたって元気な体があれば何とかなるって!
「元気な体」って多少のムリが効くくらいのものでなくちゃ老いに負けちゃうってこともあるからね・・・???
汝、若いうちに体を鍛えておけ!って どこかで聞いたような気がするけど最近ではすべてにおカネがかかるからねぇ・・・・
健康ってそんなにお金のかかることではないって思うけどね?!
(いよいよ医者にかかるようになると話は別だけどね。
だから医学医療領域に入る前の予防医学(健康)段階での暮らし方・方策が大切なんだけどね、医療費から保険代からなにから大いに変わってくるのにね・・・・)
オリンピックに向けて、オリンピックのその後を「お金」とすべての面での「儲け」「利害」で考えるのでは
日本ってなんかおかしいね!?


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by sportssmart | 2016-07-16 10:42 | 本当に大切なこと | Comments(0)
ふだんからの「健康」ということが注目され始めたのは東京オリンピックが終わったあたりから・・・
オリンピックに合わせて猛烈な国威誇示のためのスポーツ強化に走ったのは東京オリンピックがきっかけでした。
時を同じくしてテレビの普及浸透で一気にスポーツ熱が沸騰しました。
力道山のプロレス中継は国中が夢中になったものです。
大松博文監督の回転レシーブで拾いまくった女子バレーの金メダル、八田一郎監督の虎の穴作戦で勝ち得たニッポンレスリングは破竹の勢いを得たものです。体操女子の池田敬子さん男子体操の加藤選手、水泳の木原美知子さん、マラソンの君原選手、円谷幸吉選手等の活躍は国中を沸かせた反面 国技柔道重量級ではオランダのヘーシンク選手にその座を奪われ国中が落胆したものです。
早稲田の大学生坂井義則くんが最後に火を灯した聖火台点火式は神々しく見えたものです。
国民の一喜一憂の裏側では、代表選手に選ばれた選手達は勝利至上の絶対使命に重い責任を背負って死に追いやられる選手まで現われたという事実もあります。

あれからこの国も急速な進歩進化を経て今に至っています。
スポーツの分野で見ればスパルタビンタの時代から大きく様変わりして科学一辺倒の指導に様変わりしています・・・
その頃でさえ2~30年も前から進められていたドイツのゴールデンプランなんていうものに真似して、国民総スポーツを提唱した時期もありましたが今ではそんなこともマチマチになってしまっています。
40数年前に、そのころドイツではもう次のことに移っていたというのに、そのゴールデンプランに目を輝かせたものでしたが、今の時代でも大学の健康施策に関わる教材はドイツのゴールデンプランを手本にしている日本の様には驚きます。
そして、いつの間にか高齢社会に突入し、今ではにっちもさっちもいかない超高齢時代に入っていく最中です。
便利便利の社会構造は長生き長生きの国になり、更に長寿国になりました。
しかし、テレビ・車に代表される便利さは体を動かすことを極端に減らしました。その結果、命は長生きするけど体と心の老いは早く、何もしないでただ時間を過ごしているだけの老人の方が多いという現実があることに目を向けない社会です。
みんながみんな元気溌剌で、趣味に社交に満足して生きているということではありません。広く目をやるとその反対の方が多いのがホントウノところではないでしょうか・・・・・

働き続けて、ある時、やっと自由な身になって、いざ、これから自由に遊び回るぞ!なんて思ったところで病気になったり、何だかんだとお金が無くなったり・・・・体が動くうちに老後のことなど考えもしないで貯蓄もしていなかったことに今更気付いてもどうにもなりません。
よぉ~し これから好きなことをして生きるぞ!なんて喜び勇んだところで元気な体が無くては何もできません。
齢をとって、鍛えようもなくなった体をいくら鍛えたって知れています。若い頃と同じレベルにはもどるものではありません。こうなると心の方も気力を失せて、気力が失せれば動かなくなり体も萎えての悪循環が始まるのです。
今では、デイサービスや高齢者施設に軽スポーツ指導、レクリエーション指導などの子供だましのスポーツ指導が入っていますが、決して「元の体」を取り戻せるものではありません。ご老人たちはいいオトナですからご愛想程度にこの時間に「お付き合い」はしてくれるもの、本当にこれを「喜び」にしているかというと違っていることの方が多いようです。
やる気があっても動ける元気な体がなくては・・・・・
医学医療の進化発展も重要なことですが、その前に医学医療に頼らなくてもいい元気な体をつくっておける社会的な構造が必要です。悪戯に施設をつくればいいというものではなく、街中の公園や広場、チョットした空き地や空いているビルや倉庫のスペースなどを生かして、体を動かして遊べる?ことが何気ない健康の持続と貯蓄につながることに気付かなければなりません。
健康も医学のひとつで、スポーツ強化に走るばかりでなく予防医学としての分野をもっと広め進めていかなければなりません。
先見の明のあった一部の賢者達によってつくられた健康学科、健康教育学科なるものが社会にどれほど有効に機能してきたか?
その失策が今の、これからの日本に影響することでしょう。その前に、「健康」「予防医学」に関わる施策を充実させることが必要です。そのカギはそれに携わる者も、する者もすべてはモノではなく「人」にかかっています。
悪戯な資格発行ではなく実際に活かされる内容と資質のある人材が育つことが先決です。
ヘルスプロモーション 健康運動指導者などなどの資格を乱発したところで実際の健康に結びつくものでなければ・・・・
老人はまだまだ若い心と体をもっているものです。これを活かせるように、健康寿命の持続・継続性に着目した研究と実践と施策が急がれます。
やる気があっても健康な体が無くてはなにもできない・・・・
これはとても残念なことですね。
昔からいうでしょ
体あってナンボのものよ!って
お金がなくたってモノが無くたって元気な体があれば何とかなるって!
「元気な体」って多少のムリが効くくらいのものでなくちゃ老いに負けちゃうってこともあるからね・・・???
汝、若いうちに体を鍛えておけ!って どこかで聞いたような気がするけど最近ではすべてにおカネがかかるからねぇ・・・・
健康ってそんなにお金のかかることではないって思うけどね?!
オリンピックに向けて、オリンピックのその後を「お金」とすべての面での「儲け」「利害」で考えるのでは
日本ってなんかおかしいね!?


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by sportssmart | 2016-07-16 10:42 | 本当に大切なこと | Comments(0)
ふだんからの「健康」ということが注目され始めたのは東京オリンピックが終わったあたりから・・・
オリンピックに合わせて猛烈な国威誇示のためのスポーツ強化に走ったのは東京オリンピックがきっかけでした。
時を同じくしてテレビの普及浸透で一気にスポーツ熱が沸騰しました。
力道山のプロレス中継は国中が夢中になったものです。
大松博文監督の回転レシーブで拾いまくった女子バレーの金メダル、八田一郎監督の虎の穴作戦で勝ち得たニッポンレスリングは破竹の勢いを得たものです。体操女子の池田敬子さん男子体操の加藤選手、水泳の木原美知子さん、マラソンの君原選手、円谷幸吉選手等の活躍は国中を沸かせた反面 国技柔道重量級ではオランダのヘーシンク選手にその座を奪われ国中が落胆したものです。
早稲田の大学生坂井義則くんが最後に火を灯した聖火台点火式は神々しく見えたものです。
国民の一喜一憂の裏側では、代表選手に選ばれた選手達は勝利至上の絶対使命に重い責任を背負って死に追いやられる選手まで現われたという事実もあります。

あれからこの国も急速な進歩進化を経て今に至っています。
スポーツの分野で見ればスパルタビンタの時代から大きく様変わりして科学一辺倒の指導に様変わりしています・・・
その頃でさえ2~30年も前から進められていたドイツのゴールデンプランなんていうものに真似して、国民総スポーツを提唱した時期もありましたが今ではそんなこともマチマチになってしまっています。
40数年前に、そのころドイツではもう次のことに移っていたというのに、そのゴールデンプランに目を輝かせたものでしたが、今の時代でも大学の健康施策に関わる教材はドイツのゴールデンプランを手本にしている日本の様には驚きます。
そして、いつの間にか高齢社会に突入し、今ではにっちもさっちもいかない超高齢時代に入っていく最中です。
便利便利の社会構造は長生き長生きの国になり、更に長寿国になりました。
しかし、テレビ・車に代表される便利さは体を動かすことを極端に減らしました。その結果、命は長生きするけど体と心の老いは早く、何もしないでただ時間を過ごしているだけの老人の方が多いという現実があることに目を向けない社会です。
みんながみんな元気溌剌で、趣味に社交に満足して生きているということではありません。広く目をやるとその反対の方が多いのがホントウノところではないでしょうか・・・・・

働き続けて、ある時、やっと自由な身になって、いざ、これから自由に遊び回るぞ!なんて思ったところで病気になったり、何だかんだとお金が無くなったり・・・・体が動くうちに老後のことなど考えもしないで貯蓄もしていなかったことに今更気付いてもどうにもなりません。
よぉ~し これから好きなことをして生きるぞ!なんて喜び勇んだところで元気な体が無くては何もできません。
齢をとって、鍛えようもなくなった体をいくら鍛えたって知れています。若い頃と同じレベルにはもどるものではありません。こうなると心の方も気力を失せて、気力が失せれば動かなくなり体も萎えての悪循環が始まるのです。
今では、デイサービスや高齢者施設に軽スポーツ指導、レクリエーション指導などの子供だましのスポーツ指導が入っていますが、決して「元の体」を取り戻せるものではありません。ご老人たちはいいオトナですからご愛想程度にこの時間に「お付き合い」はしてくれるもの、本当にこれを「喜び」にしているかというと違っていることの方が多いようです。
やる気があっても動ける元気な体がなくては・・・・・
医学医療の進化発展も重要なことですが、その前に医学医療に頼らなくてもいい元気な体をつくっておける社会的な構造が必要です。悪戯に施設をつくればいいというものではなく、街中の公園や広場、チョットした空き地や空いているビルや倉庫のスペースなどを生かして、体を動かして遊べる?ことが何気ない健康の持続と貯蓄につながることに気付かなければなりません。
健康も医学のひとつで、スポーツ強化に走るばかりでなく予防医学としての分野をもっと広め進めていかなければなりません。
先見の明のあった一部の賢者達によってつくられた健康学科、健康教育学科なるものが社会にどれほど有効に機能してきたか?
その失策が今の、これからの日本に影響することでしょう。その前に、「健康」「予防医学」に関わる施策を充実させることが必要です。そのカギはそれに携わる者も、する者もすべてはモノではなく「人」にかかっています。
悪戯な資格発行ではなく実際に活かされる内容と資質のある人材が育つことが先決です。
ヘルスプロモーション 健康運動指導者などなどの資格を乱発したところで実際の健康に結びつくものでなければ・・・・
老人はまだまだ若い心と体をもっているものです。これを活かせるように、健康寿命の持続・継続性に着目した研究と実践と施策が急がれます。
やる気があっても健康な体が無くてはなにもできない・・・・
これはとても残念なことですね。
昔からいうでしょ
体あってナンボのものよ!って
お金がなくたってモノが無くたって元気な体があれば何とかなるって!
「元気な体」って多少のムリが効くくらいのものでなくちゃ老いに負けちゃうってこともあるからね・・・???
汝、若いうちに体を鍛えておけ!って どこかで聞いたような気がするけど最近ではすべてにおカネがかかるからねぇ・・・・
健康ってそんなにお金のかかることではないって思うけどね?!
オリンピックに向けて、オリンピックのその後を「お金」とすべての面での「儲け」「利害」で考えるのでは
日本ってなんかおかしいね!?


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by sportssmart | 2016-07-16 10:42 | 本当に大切なこと | Comments(0)
参院選挙 与党野党、まともなところがなくてやってられないわ!!
自分達さえよければそれでいいんだものね!? 見え見えだでや
与党であれ野党であれ、互いに共通している良いところは力を合わせてどんどんやっていけばいいのに、それができないってのはおかしいんでないのか?
国民に選ばれて議員やって生活させてもらってるんやで(おカネ貰ってるんやで)
議員になってしまえば自分の(自分達の)ことだけか?
都合いい方に??? ってか?

これが終わったら、待ってましたとばかりに知事選か? 当分の間副知事で切り抜けなかったのか? 副知事の存在を馬鹿にしてるのか? 副知事は無能なのか?

出馬表明、出馬会見????
何人かの名の知れた立候補宣言者だけの大騒ぎ?
他にも早くから都政のことを考えて立候補宣言している人達もいるのに全く問題外か?
日本中の人を見る目?人に対する等しい尊厳敬意なんてものは一切ないもんね!?
これが日本やでェ~~~~~

石田純一氏のひとりばか大騒ぎ 小池女史のツッパリ。
虎の威を借る○○〇元岩手県知事元総務・・・
今日の鳥越氏の会見はなんだか人間的?な気がしたけどねぇ~。
知事選に挑む政策はどうだこうだと質問の矢が飛ぶ中で、「よく知らない」、「けど都民のために日本の方向のためにもやるんだ!」っていう日本中の誰でもが考えそうな簡単な答えが氏の人柄を伝えていたような気がしたけどね・・・???

質問する記者の人の心を読めないアホラシイ質問にもこの状況下でこの条件下でそんなこと聞いてどうするんだ?
もっと世間というものを勉強してから記者になれ!って追い出してやりたい会見場の生放送だったね。

伝える方も何を伝えようとしているのか
ただ騒ぎに乗せられているだけみたいな記者の集まりに、彼らが伝えるニュースで日本中が振り回されるのかと思うと、今の日本という国の薄っぺらさをみたような気がして淋しい気持ちになったね。

都政を仕切るほどの知識と経験がなければ立候補出来ないんだったら誰も立候補出来ないだろ! そんな人はいないんだから! 何でも、誰でもみんな最初は初めてやることなんだから・・・・
政党支配の損得勘定があるから、政党推薦、政党支持、政党応援が先になってしまってるんだろ!?
だから、いつになっても官僚経験出身の知事で固められてしまうんだよ。利害や特権を得やすいようにね。なんたって人のシアワセより儲けが先の政治手腕を期待される選挙だからね。
で なかったら、ただ知っているかいないか、見たことあるかないか、聞いたことある名前かそうでないか、で票差が決まってしまう程度の選挙だもの・・・・
アホらしくて選挙に参加する気にもならないわ!
この一票が国を動かせるんならもっと投票率も上がるんだろうけどね!!

政党、政党同士、それにぶら下がる欲の塊の連中よ、
「真摯」に国を思う政治家をめざせよ!





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by sportssmart | 2016-07-12 18:19 | 本当に大切なこと | Comments(0)
07.July.2016.七夕 STAR FESTIVAL
年に一度の彦星と織姫の再会の日
何気ないママの心づくしの笹の葉に子供達の夢いっぱいの希望が溢れていました。
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6月の13~24日まで仕事でNZパーマストンノース市、首都ウェリントンに行ってきました。
「おじいちゃん今度仕事でNZに行くんだけど、お前達も行くか ? 」
「 行く行く!! 」 で ハイ 決まり!。なんてこったない気軽なもんです?!
やりくり算段しておじいちゃんの全額負担で、子供達の世界を広げてやることに全力投球
NZでの体験が余程心に残ったのでしょう
めざせらぐびーせんしゅ らぐびーせんしゅになりいです(弟)
ラグビーのせんしゅになりたい!🏉NZ(兄)
学校の短冊には「ラグビーの日本代表選手になる」って書いたんだって!!
子供が自分で決めた目標はいつか必ず成し得ることでしょう
その日が来るのを楽しみに、死ぬまで生きる?力を貰いました。

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☝NZ Sport & Rugby Institute

マッシ―ユニバシティーの広大な敷地の中にあるAll Blacks のトレーニング基地
今後のエクスチェンジプログラムで子育て交流基地となる契約を交わしてきました

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RIVERDALE SCHOOLの授業に参加
日本語クラスや体育時間(ラグビークラス)に参加
日本の小学校とは全く違う、子供の興味関心に合わせて進めていく伸びやかな柔軟な授業に味わったことのない「学びの喜び」に子供達は大満足、
「こっちの学校に転校したい!」 って!
 
日本の学校負けてるぞ ? どうする??
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パーマストンノース柔道クラブと交流

NZのオリンピック代表選手ナショナルチーム選手を数多く輩出しているNZの名門クラブ
ここで子供達、選手たちに日本柔道の心と技を指導してきました
子供達は、お爺さんの仕事の手伝い(模範演技)もしてくれて大いに助かりました。

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大きな相手もなんのその
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袈裟固め1本 !

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ここで得られた自信と誇りは、末永く、心と体に残るでしょう

他にウエリントンでは国を挙げてのビッグマッチ:オールブラックス対ライオンズの試合を楽しみ、街を挙げてのスマートな楽しみ方、家族のあり方、家族同士のあり方の本質の本質を肌身に感じたようでした。

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3
3家族が集まって試合前からワイワイガヤガヤ
タクシーで街に繰り出す。盛り上がりは最高潮。

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by sportssmart | 2016-07-08 11:59 | 心を開いて世界を拓く | Comments(0)
無情非道なテロの拡散は世界中を脅かせています。
日本人を含む20名の命が無惨にも奪われました・・・

ニュースはこの報道を悲しみの中で伝えています・・・・
伝え知るニュースではイタリア人やドイツ人、地元の方も亡くなっています。
日本に伝わるニュースは日本人の犠牲者に焦点が当たって当然ではあるけれど、
他の犠牲者の方々への配慮は全く感じられないような報道の仕方のように見えます・・・
私達、日本人が、同胞に振りかぶった悲惨なニュースに悲しみに包まれるように、他国の人達もまた同じような悲しみを感じているでしょう…
そこに居合わせた人達の命が、同じように奪われた悲惨さと悲しみは同じです。
同胞に心いくことは能々わかりますが、ニュースの伝え方として同じ時、同じ場所にいた命、同じ尊い命への尊厳と敬意はないのでしょうか・・・・
少なくとも、少しは他国の人達の心情に触れることや状況の知らせがあってもいいような気がするのですが……
同じ日本人として、どこか 日本・日本人 という本質の底をみるような気がして悲しみと残念さを感じるのは穿った考えでしょうか・・?

つい、最近2週間のニュージーランド旅行から帰ったばかりなのですがその国民性というか、人柄というか、暮らしぶりというか・・・なにか違うものを感じます
地理も風土も歴史も違うのですから文化風習が違って当たり前のことですが、人間の本質としての何かが違うのをつくづく感じます。
日曜日には教会へ行く生活文化の中で、多くのクリスチャンと接することが多いのですが、日本人だって多くは無神論者であっても死に際しては仏教が主流です。
多くの宗教の中でもインドに始まる仏教には素晴らしい人の道を訓える教えがあります。概して仏教国である日本人であるはずなのに……他者への配慮、敬意、というものがなさすぎるような気がするのです…・・・。
そんな一面が、経済にも、産業にも、教育にも、国のあり様にも、ニュースの伝え方にも、すべての場面で「自分さえ~~」が現れているような気がして・・・・・
先の幾度かの戦争もどちらかといえば自国の、自国だけの都合、生き残り、
もしかしたら、たった一部の人達の自分だけのエゴのために始まった戦だったのかも知れません。
助け合いだの、絆だのと美句麗句で自画自賛しているけどホントウを見返してみたら自分さえ、自分達さえ、の他者への敬意も尊厳もない、「何でも自分が一番」の自画自賛の民族性を含む自惚れの強い民族であるような気がしてなりません。
スポーツにしても遺伝子的にも明らかのように、、、日本古来からの国技の相撲でさえ最早「外国人」の世界になっているのに、日本の本質的なところを暴露されても尚且つ世界一になってメダルを増産することに躍起になる愚かな日本です。
世界一を目指すことと、世界一を当然とする自惚れとは意味合いは全く違うのですがね……
何が何でも優勝を、メダルを!といって学校挙げて児童生徒をシゴクのと 頑張った結果がメダルに結びついたね!というのとでは子供達の感動や満足に雲泥の差があるのと同じように、日本のオリンピックへの関わり方も他のそれとはずいぶん違うような気がするのだけど・・・・・
(過去には国威掲揚ということでスポーツが政治に大きく利用された時代はあったけれど最早そんな時代ではありませんよね!?いまでも一部の国ではそういうこともあるようですが日本までもがそんなことでは・・・もはや「世界の仲間」ではなくなりますよね!?)
そんなことで、バングラデッシュのテロの悲しいニュースが時間と共に消えていく中で「日本」「日本人」の本質に目をやってみるのも、テロ対策・警戒ばかりでなく世界の中の日本がどうであって、どうあるべきかを考え直すきっかけになればと思うのですが・・・・

狭い日本を出て、広い世界を知れば、改めて見えていない真の日本を知ることが出来るものです。
この開かれた時代になっても偏狭な島国に住む多くの子供達が世界に出て広い世界に生き、やがてこの国の本当の「開国」に導いてくれることを願わずにはいられません・・・・。
自分のことばかりではなく、他者への配慮のできる日本人であるために、他者への尊厳、敬意を忘れてはいけません・・・
日本はあまりにも自惚れのつよい国のような気がしてなりません。
自惚れとプライドは別物です。敬意とリスペクトも別物です。
大切にするということ・・・・・
ラグビーでいうところのリスペクト・・・ボールへのリスペクト・・・
ボール磨きを強要する先輩?の姿を想像させる「ボールへ敬意、物への尊敬??」ではなくひとつのボールを大切につなぐ、ひとりの頑張り努力を大切につなぐ・・・ということなのです。
「大切にする」 いつ、何を大切にするのか・・・・・
ニュースは事実を伝えることが仕事です。
そのニュースを知った者が、その事実から何を知り、何を感じ、何を考え、何をするか はニュースの中に含まれる役割のひとつであるように思いますが・・・
それを受け取る国民性もまた、ニュースでつくられるのだから報道のあり様を今一度考え直してみるのも今の時代ではないでしょうか・・
世界の幾つかの国に親しい友人をもつ私としては
犠牲者のご冥福を祈ると共に
日本人であることの何たるかを考えさせられ、少しの悲しみと残念さを感じる思いです。




 

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by sportssmart | 2016-07-05 08:09 | Change the World | Comments(0)
無情非道なテロの拡散は世界中を脅かせています。
日本人を含む20名の命が無惨にも奪われました・・・

ニュースはこの報道を悲しみの中で伝えています・・・・
伝え知るニュースではイタリア人やドイツ人、地元の方も亡くなっています。
日本に伝わるニュースは日本人の犠牲者に焦点が当たって当然ではあるけれど、
他の犠牲者の方々への配慮は全く感じられないような報道の仕方のように見えます・・・
私達、日本人が、同胞に振りかぶった悲惨なニュースに悲しみに包まれるように、他国の人達もまた同じような悲しみを感じているでしょう…
そこに居合わせた人達の命が、同じように奪われた悲惨さと悲しみは同じです。
同胞に心いくことは能々わかりますが、ニュースの伝え方として同じ時、同じ場所にいた命、同じ尊い命への尊厳と敬意はないのでしょうか・・・・
少なくとも、少しは他国の人達の心情に触れることや状況の知らせがあってもいいような気がするのですが……
同じ日本人として、どこか 日本・日本人 という本質の底をみるような気がして悲しみと残念さを感じるのは穿った考えでしょうか・・・????

つい、最近2週間のニュージーランド旅行から帰ったばかりなのですがその国民性というか、人柄というか、暮らしぶりというか・・・なにか違うものを感じます
地理も風土も歴史も違うのですから文化風習が違って当たり前のことですが、人間の本質としての何かが違うのをつくづく感じます。
日曜日には教会へ行く生活文化の中で、多くのクリスチャンと接することが多いのですが、日本人だって多くは無神論者であっても死に際しては仏教が主流です。
多くの宗教の中でもインドに始まる仏教には素晴らしい人の道を訓える教えがあります。概して仏教国である日本人であるはずなのに……他者への配慮、敬意、というものがなさすぎるような気がするのです…・・・。
そんな一面が、経済にも、産業にも、教育にも、国のあり様にも、ニュースの伝え方にも、すべての場面で「自分さえ~~」が現れているような気がして・・・・・
先の幾度かの戦争もどちらかといえば自国の、自国だけの都合、生き残り、
もしかしたら、たった一部の人達の自分だけのエゴのために始まった戦だったのかも知れません。
助け合いだの、絆だのと美句麗句で自画自賛しているけどホントウを見返してみたら自分さえ、自分達さえ、の他者への敬意も尊厳もない、「何でも自分が一番」の自画自賛の民族性を含む自惚れの強い民族であるような気がしてなりません。
スポーツにしても遺伝子的にも明らかのように、、、日本古来からの国技の相撲でさえ最早「外国人」の世界になっているのに、日本の本質的なところを暴露されても尚且つ世界一になってメダルを増産することに躍起になる愚かな日本です。
世界一を目指すことと、世界一を当然とする自惚れとは意味合いは全く違うのですがね……
何が何でも優勝を、メダルを!といって学校挙げて児童生徒をシゴクのと 頑張った結果がメダルに結びついたね!というのとでは子供達の感動や満足に雲泥の差があるのと同じように、日本のオリンピックへの関わり方も他のそれとはずいぶん違うような気がするのだけど・・・・・
(過去には国威掲揚ということでスポーツが政治に大きく利用された時代はあったけれど最早そんな時代ではありませんよね!?いまでも一部の国ではそういうこともあるようですが日本までもがそんなことでは・・・もはや「世界の仲間」ではなくなりますよね!?)
そんなことで、バングラデッシュのテロの悲しいニュースが時間と共に消えていく中で「日本」「日本人」の本質に目をやってみるのも、テロ対策・警戒ばかりでなく世界の中の日本がどうであって、どうあるべきかを考え直すきっかけになればと思うのですが・・・・

狭い日本を出て、広い世界を知れば、改めて見えていない真の日本を知ることが出来るものです。
この開かれた時代になっても偏狭な島国に住む多くの子供達が世界に出て広い世界に生き、やがてこの国の本当の「開国」に導いてくれることを願わずにはいられません・・・・。
自分のことばかりではなく、他者への配慮のできる日本人であるために、他者への尊厳、敬意を忘れてはいけません・・・
日本はあまりのも自惚れのつよい国のような気がしてなりません。
自惚れとプライドは別物です。敬意とリスペクトも別物です。
大切にするということ・・・・・
ラグビーでいうところのリスペクト・・・ボールへのリスペクト・・・
ボール磨きを強要する先輩?の姿を想像させる「ボールへ敬意、物への尊敬??」ではなくひとつのボールを大切につなぐ、ひとりの頑張り努力を大切につなぐ・・・ということなのです。
「大切にする」 いつ、何を大切にするのか・・・・・
ニュースは事実を伝えることが仕事です。
そのニュースを知った者が、その事実から何を知り、何を感じ、何を考え、何をするか はニュースの中に含まれる役割のひとつであるように思いますが・・・
それを受け取る国民性もまた、ニュースでつくられるのだから報道のあり様を今一度考え直してみるのも今の時代ではないでしょうか・・・・
世界の幾つかの国に親しい友人をもつ私としては
犠牲者のご冥福を祈ると共に
日本人であることの何たるかを考えさせられ、少しの悲しみと残念さを感じる思いです。




 

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by sportssmart | 2016-07-05 08:09 | Change the World | Comments(0)