Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

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熊本大地震、早速、詐欺募金活動開始
一度味を占めた旨みは忘れられないんだろうね
これからどんどん出てくるぞ?!
災害復興ボランティアの仕かけもはじまるでしょう??
必要とするときに必要とされる助けを・・・・
NPOの災害支援助成金分配も始まります 得体のしれないNPOやボランテアもどんどんお仕かけるでしょう
ホントの国、日本の性根(商魂?)が試されるときです。
東日本大震災の二の舞にならぬことを願います
ホントのところの「日本の姿」を知って、それから「親切・絆・美談」を拾ってもいいでしょう。
先ずは、真っ直ぐ真実・現実から目を背けないように
そこから本物が始まります
神の洗礼を享けて根本から変わらなければ・・・・
変わるには、変われるには絶好の機会なのでしょうがね・・・・・
明治以来から続く「官」の悪習・鈍感さが変わらなければこの国は変わらない・・・・・
官と民の隔たりは大きく開くばかり・・・・
教育界に代表される古い体質・無神経さが変わらない限りこの国の未来はないゼヨ!!

詐欺募金の電話勧誘 呆れたね!
アホかいな!

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by sportssmart | 2016-04-18 16:33 | 教育/学校 | Comments(0)
震度7の熊本大地震、大きな災難を被っています。
テレビニュースを見る目も、度重なる災害被災にどこか冷めているよな気もしないわけではありません。
私達の世代では、大きな自然災害としては十勝地震、つい最近では阪神淡路大震災、そして5年前の東日本大震災と記憶に残る大震災を経験しています。
生きること、生死の境の僅かな隙間、生きるか死ぬかの一瞬のこと、先に何があるかわからない自然の摂理という洗礼を受けています。
今の世代で、人類が経験したことのないような大きな自然災害といえば神戸淡路大震災とそれに続いた東日本大震災です
今回の熊本地震の被害への対応は、これらの経験が生かされることを祈ります。
緊急な即応対策の必要は勿論ですが、『周りが俄かに騒ぎたてないで』冷静に事の成り行きを見守ることが必要です。必要な段階に合わせて、必要な時に必要なことを。

野外教育を専門にしている者として、自然への敬意は忘れません。
文明文化の発展の陰に文明社会の代名詞みたいな日本という国は大都会東京一極で物事の基準判断とそれになびく国になっている現在では、すっかりこのことを忘れています。
何か事が起こった時、大騒ぎして集団ヒステリックみたいに「騒ぎの方向に」流されてしまうのが日本という国の体質です。
東日本大震災の時、誰もが支援に走って募金を募り物資の供給に奔走しましたが、被災現場がホントウに必要としたことはほとんど届かなかったという現実がありました。
多くの無理につくられた美談の陰に、この騒ぎに便乗して儲けようとたくらむ災害ビジネスというのも横行した次第です。
被災者は自力で何かできるということは少なく助けてくれるのをただ待つだけ当てにするだけという状態が続きました。
自然災害というものは誰が何かしたというのではなく、誰にも責任はないのです。
どうしても誰かに、どこかにことの責任を押し付けて少しでも補償なり補助金なりをむさぼり取ろうと躍起になります・・・・
そうではなく、仕方ないことは仕方ない、さて何が出来るか、どうするか と時間をおいて落ち着いて考えることの方が立ち上がる近道ではないでしょうか
勿論当分は大いに助けに頼らなければならないことは言うまでに及びません。
自然の驚異を科学をもって制御しようってのは人間の思い上がりで、自然界から見れば小さな人間が出来ることは大きな宇宙の大きな自然の摂理には及びません。
日本、日本人という思い上りの強い国、国民性に驚きます。もっと、自然というものに敬意をもって、その中での生きる力生きる知恵を身につけられるような普段からの体験的学習が必要ではないでしょうか。
学力一編到の教育から、生きることへの知力・体力という視点が必要ではないでしょうか
「本質的な教育の転換」が必要な時に差しかかっていることを教えてくれる自然災害や世界の情勢のように思えてなりません。
いい家に住んで、いい車に乗って、電気水道ガスの通った便利なところに住んで、いいものを食べて…ではそれらがなくなったときどうしてやっていくのか、一種動物的な生きる本能が残っていなくては…
アウトドアアクティビィティー(野外教育活動)にみる本能の覚醒がこんな時に役に立つこともあります。
自然の嵐は止まないことはありません、時間が救いのひとつです。
どうか、暫くの辛抱をし、体力気力の温存に努めてください。急がないで、焦らないで慌てないで・・・・
このときこそ防衛体力、行動体力、基礎体力が必要です。
体力(耐力)気力の不足は免疫力を低下させます。仕方ないことに割り切って、頑張ってください。
救いの手を待つのと共に自力での立ち上がりを祈ります。
東日本大震災の被災地に入って、つくづくこのことを感じています。
初期の甘えは時間が経っても尾を引きます・・・・
誰かが助けてくれる、隣に補償金(保険金)が入ったから家にも・・・
隣がああなったから家も・・・
挙句の果てには、この震災に便乗して少しでも国からの補助金を引き出して新事業を なんていう自治体も現れている始末です。
棚から牡丹餅を待って5年の月日が流れているのが現実です。
自力で立ち上がることが大切です、そのための支援ですから・・・・
支援する側も、支援の手順を間違えないように、
過去の経験、教訓を生かしたしっかり即応できる支援をと祈ります。






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by sportssmart | 2016-04-15 23:49 | 被災地はいま | Comments(0)
風薫る4月、新学期が始まりました。
朝の通路は子供達がヨチヨチ列をなして登校している様子は可愛らしく、見守られている幸せの家庭から出てきたであろう幸せと平和を感じさせます。

さて、最近の学校はといえば
教員は派遣会社からの派遣、部活指導は外注、校長は2,3年任期の腰掛、私立に至っては天下り、
そして授業でさえ「外注」で賄われている実態があることを知っているでしょうか?!
実際にそうであっても、そのこと自体に気付いていない実際があることを知っていますか。
そうでない、校長を中心にしっかりスクラムを組んで子供達に向かっている学校に時たま出会うことがありますが、そんな時は心晴れ晴れします。
ビジネスとして派遣事業を展開する会社があったって何の問題もありません。ビジネスライクに利益の追求することは教育という分野に真剣に取り組んでいかなければビジネスは成功しないのですからしっかりやってくれることでしょう??
問題は、教育活動の多くを派遣や外注に頼ることは、専任教師と児童生徒との関わりの密度がどうかということです。
この「関わりの密度」こそが「教育」の全てなのですが・・・・
楽しいことは学校に惹きつけるための大きな餌で重要な素因です
が、楽しいことばかりが学びではありません・・・・・
まして、一時的な派遣先生との楽しい時間が永続的なことではないのです・・・・
教師と子供達との関わりの中で、人間生活の基礎基本が培われていくというのに・・・
それを煩わしく思う専任教員が多いのでは学校の役割は果たせません。
一般企業が経費節減のための派遣・外注を利用しているのと同じ感覚で学校現場も派遣外注先生で賄われる時代になりました
これってどうなんでしょう ?????
教科指導は職務で、部活動顧問は職務でない? 昼休みであるべき給食時間は職務でないけど放棄しないでしょ? 放課後の子供との語らいの時間戯れの時間は職務でないから放棄するの?
主張要求の多い現実に負けてそれらを派遣外注で済ませるの??
挙句に、授業出来ない教員の代わりに派遣教員で肩代わりさせるの???
部活指導が出来ないからといって外注コーチで埋め合わせするの????
部活って専門コーチを着けて選手強化するところ ???

どこかちがうぞ???

派遣会社の足を引っ張るわけではないけど、学校ってもっと自前で「学校」出来ていいんでないか??
オイラ間違っているかなァ?

先ずはセンセイを変えなければ
先ずは、就職の意識、職業選択の意識改革が必要かな?
採用する側の人間も随分程度が下がっているんでないかな ??
教育って流行り廃りで出来るもんでないでよ、
もっと普遍なものだと思うけどね!!



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by sportssmart | 2016-04-15 09:24 | 教育/学校 | Comments(0)

日本は幸せですか?

幸せの価値観は人それぞれに違うでしょう
でも、多かれ少なかれホントのところでは求めていることはみな同じではないかな?
人間ならば・・・ね!
それを言葉に出せるかどうかの違いで
ホントウに人の幸せを思える勇気のある人は誰もが知ってるホントのことを口に出せる人で、
これがなかなか出来ることではないんですね
特に、この”おかしなシアワセの国”日本ではね!
誰もが知っている誰もが感じている当たり前のこと、ホントのことを口に出したら
みんな唖然として、そうだ! と思いながらも周りの様子を見て、さて、どっちに着こうかな?って考えて、都合のいい方に身を寄せるっていうのがこの日本って国と国民性の特質で…
田舎に行けば行くほどこんなことが露わでね……どうする?

世界一貧しい大統領ムヒカ元大統領の話が話題にあがっています。
地上に細々と暮らす小さな小さなどこにでもある普通の人達が家族の団欒を大切にしながらそれぞれに幸せに暮らしている、たったそれだけのことなのに、それ以上の幸せがどこにあるっていうのだろうか??
モノがないから、おカネがないから、それだけで幸せでないってことではありません
何かが無くたってそれに代わる大切なことがあれば、その大切なことを大切に行っていけることが幸せではないでしょうか?? そのためにはおカネも必要でしょう・・・
でもおカネがないからといってそのことが出来ないわけではありません 小さなことでもその人が出来ることをすればいいのです 誰にもそれを評価されることがなくても、それをされた人とそれをした人がそのことによって幸せを感じられるなら……
ムヒカ元大統領が話す言葉だからではなく、みんなホントゥは大切なこと、幸せってどういうことかってことを知っているのです・・・・・・・
でも、欲が先になって・・・ 欲に気付いていなくて、他人(ひと)との比較が気になって、人より上にいきたくて・・・
良くなりたい 幸せになりたい ってことと 人より良くなりたい他人より上をいきたいっていうこと(自分だけの優越感)が一緒になっちゃって…

スポーツは1,2位を競い合います 優劣を競い合います、勝ち負けがはっきりしています。
しかし、スポーツにあるのはそれだけではありません・・・
日本にあるスポーツは最早このことを知りません・・・
多くの日本人、学校でさえ、このことを知る、伝える力が無くなっています・・・
出来ればいい、人より優れていればいい、勝てばいい・・・勝つために・・・
それが優先される社会を扇動するかのような競争社会が一層露わです。

日本は幸せですか?
日本に生まれて幸せですか?
21世紀に入り、科学知力の発展進化に躍起になり、一層先を急ぐ日本があと100年の後におカネだけが頼りにみっともない、世界で一番幸せに気付いていない幸せでない国になっているかも知れません。

今のうちに
シアワセって何ですか? と聞かれたら迷わず真っ直ぐに答えが返ってくるような
ひとりひとりの価値観がホントウの幸せに向かえるような国づくりをせなばいけないような気がしてなりません・・・

捻た寂しい考えかも知れないけれど
政治家の家系に生まれ、不自由なく育ち、お坊ちゃまお嬢ちゃまの一貫校に学び、いい就職先に着き、家督相続のための地盤人脈を活かして政治家を継ぐ政治家の多いこと・・・・・
片や、政治家になれば今までの生活とはかけ離れたその待遇に大志を忘れ庶民感覚を忘れてしまい議員生活にしがみついく選挙当選だけが仕事みたいな政治家も多くみられるようになってきました・・・議員は就職先のひとつくらいな感覚のようにもみえます・・・・
 幸せの価値観が体験からくることはさながら、これだけ義務教育が行き届いている日本では
教育の成せる業であることは歪めない事実です。
学校は子供達の数値化される出来具合が担当教師の出来具合で、それ自体が比較競争の「仕事」でしかなくなっているのが現実です。
全国大会で勝つところが「いい学校」になり、名が売れた学校がいい学校ということで受験者は群がるようになりました。勝たせることを「シゴト」にして渡り歩く職業もあります。

その反面、片田舎の学校で子供達と日々格闘しながら楚々と教育活動を行っている名も無き教師達もいっぱいいます。
そんな学校には生徒も集まらず、廃校閉校が進んでいます。
ホントウの学校、教育って何だろう??って考えることもなく都会の学校を目指します
それは、子供がそのことを希望するのではなく、親がそうさせているのです。
そして、親の期待に応えることが責任かのように「勉強」を強いているのが学校です
将来の人生を応援するための、人生の幸せを応援するためではなく、生きること、生き抜くことの基礎の基礎をつくってやることが仕事ではなく、自分の「仕事」は何なのかも見失ったまま教員生活を終える教員も少なくはありません。

幸せの本質に触れるような授業をしている先生がどれだけいるでしょうか?
算数を通して、国語を通して、理科の実験を通して、音楽美術の時間を通して、体育の楽しさを通して人として大切なことを学び、感じ身につけていけるような児童子供達それぞれのその先の幸せに向けた授業をしている先生がどれだけいるでしょうか
お仕着せられたテキストに沿った自分のない授業に追われ、子供の出来不出来が自分の評価につながることに恐れ慌てふためいていてはあるべき学校の先生などは出来るものではありません。

国民の幸せを願う国であれば、することすべきことは見えるだろうに・・・
ホントウの核心のところでは自分の、自分だけの、自分達だけのシアワセを優先しているこの国全体の風習をどこかで断ち切らなければ・・・
ムヒカ元大統領の 日本は幸せですか? と同じ言葉が繰り返され聞かれる国になるでしょう…
多くの学生が、ひたすらどこかの会社に所属して(就職して)いい会社?楽な仕事?格好いい仕事?に群がるのかその感覚がわかりません
どこかの会社に所属することが目標で、自分のやりたい仕事、なりたい職業に向かうことが目標ではないのは何故でしょう??
高校大学で行われている職業指導進路指導というのはどういうことなのでしょうか…
合格のための方策だけで、「生き方・人生の学校」 ではないのです
勝つための指導、合格するための方便を身につける指導、競うことに優れることそれだけが目標の学び・・・・それではアンマリです。

日本は幸せですか? の言葉の中に 日本人として生れて幸せですか? という意味合いが含まれます。
世界に出て、外から日本を見て、外から見る日本を知って、
日本人として生れたことに誇りを持てる国に
その誇りがただお金やモノではなく人間としての誇りを持てる国でなくては・・・・
私は、度々海外を訪れ、近々も外国を訪れる計画があるのですが、ホントウのことを知れば知るほど、チョット自信を持ちきれない思いがしてなりません。

ホントウに、日本は、日本人は幸せですか?









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by sportssmart | 2016-04-11 11:51 | 本当に大切なこと | Comments(0)