Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

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思い通りにならない歪なラグビーボールが訓えること
”人として大切なことを伝える出前授業” は続いています

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2015年 最後の日曜日
棟を並べる仮設住宅の向かい合った窓から冬の柔らかい日差しが鰻の寝床ような狭い部屋の中に延びています。
今年の仕事納めの前の長閑な最後の日曜日、テレビでは一斉に正月特番が始まっています
世界を駆け巡る番組ではテロに振り廻される混沌とした不安に向かう世界の人々のインタビューが映っていました。夢や未来に向かっていた今までの正月とはちょっと違う2015‐016の正月を迎えようとしているのを感じます。

富む国が貧しさに苦しむ国を食い物にする様子
富む者が貧しい者を見下す世の中
一個人の物欲が多くの貧者を生んでいること
賢い者が無知な者を強いやる様子
追いやられる者が群れを成して贖う様子
出来るものが出来ない者を小馬鹿にする様子
不自由のある者が不自由のない者に蔑まれる様子
親の仕事で遊びの仲間が違う子供達
勉強できる子供と出来ない子供の中に生じる差
運動できる子供と出来ない子供の優越の差
勉強できる子供と出来ない子供の中に生じる優越の差
両親のいる子供と片親の子供の心の満たされ方の違い
家庭のある子とない子の淋しさの違い
家族の中から通う子供と施設から通う子供の満たされ方の違い、扱われ方の違い
勝ち誇る心、満たされる心が当たり前に差別につながっていること
差別がいじめにつながっていること
イジメが復讐を生んでいること

世界中に暮らす決して特別ではない平凡な人達が感じている共通な思いが伝ってきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大きなことから、小さなことに至るまで イジメ の構図が蔓延っています。
「きれいな言葉」だけが地球を走り回る前に一人一人が何かできないものかと考えがいきます
地球中に美辞麗句が並べられているのに、何もよくはなりません
世界中のテレビがマスコミが、暴力が蔓延り権力がもの言いお金が全て の社会に向かっていることを訴えています
訴えるばかりでなく、なにか出来ることがないのでしょうか・・・・

こんな世界の縮図は、こんな小さな国の日本にでさえ、世間の中にも、教育の場の中にも、至るところに見られる現象です
ただ、そのことに気付いているかどうかは別問題として・・・・・

全ては世界中の教育がなせる業が今日の世界をつくっているのではないでしょうか
ならば、世界中の教育がなした結果なのではないかと嘆きます
世界中にある宗教は、呼び名は違っても人の幸せ、命の大切、犯してはならない人の道を説いているはずです
賢者の代表である科学者たちは世界の平和と人々の幸せに貢献した暁にノーベル賞という栄誉と称賛を浴びます。
紛争戦争の始まりが宗教に起因するなら、何故?って思わずにはいられません

最早、地球は狭くまり、世界の目は暴力も暴言も許しはしません。
世界中の子供の教育に関わる教育者たちが集まって、これからの国々をつくる大人になっていく子供達のための教育を考える機会があったなら、そう間違った方向には進まないような気がしますが・・・
その前に、子供達の模範になれる大人がいることが必要です
子供は大人の鏡ですから・・・
大人は未来ある子供達の模範にならねば・・・・

科学の進歩の喜びは多くの人を希望に導きます
芸能スポーツでの活躍は多くの人に夢や希望を与えます
でも、みんなが簡単に希望や憧れを手に入れられるのなら最早それは希望でも憧れでもなくなります
なかなか簡単には出来ないことだから「希望」や「憧れ」であって、頑張る標べになるのです。
見せかけの夢や希望をちらつかせるのも「夢」があっていいことですが
現実の厳しさを知ることも「未来」へ向けてトライ、チャレンジするするための「学び」に必要なことです
その大元になるのは、人間であること、、、、、決して機械ではなく感情という心ある人間であることを忘れてはなりません。
Good score ,成功だけを求める教育現場であってはなりません,
日本中の先生達にこのことを願って2015年の仕事納めにし、家族の元に帰ります。
劣ることも、失敗も挫折も学びのひとつでることを心して現場にいてください
そして、世界中の人達が夫々の土俵で幸せを感じられる「地球」に関われる「日本人の心」を育てられるように研鑽をお願いします。







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by sportssmart | 2015-12-27 12:37 | 本当に大切なこと | Comments(0)
12月25日
昨夜から今朝にかけての悲しいニュースは同時期に中学3年生の自殺?2件
痛々しさと残念さがこみ上げてきます。

実は、私も、あちこちの学校に呼ばれて、夢や希望、人生や生き方、児童生徒の「進路」についての講演をさせてもらうことがあります。
中学校では丁度この時期に「人生の中での進路に向けて」の演題が多くなります
私はこの時、「進路の話」はあまりしないのです。
私自身の、おじさんの子供の頃からのふざけた人生の面白可笑しな体験を通して、みんなこうして大人になり齢を取っていくんだよ、おじさんに残された時間は数年か多くて10年そこそこの命、
君たちのこれから先の時間は40年50年、半世紀もあるんだよ
なァ~に、焦ることはない、人生上手く出来ているもんよ 
だから、どうであっても、最後までやってみないとわからない
人生どうなるかわからんものだよ、
夫々がみんな別々なんだから他人と一緒でないからといって嘆いたって仕方ない
君たちのお父さんだってお母さんだって、親戚のおじさんだって
何もなく今日まで来ているわけではないんだよ
生きていりゃいろいろあって当たり前さ、上手くいくとは限らない
上手くいかないこと、失敗の方が多いのが人生ってものよ
人生は初めから全てわかっていたら面白くないだろ、
先が見えなくてわからないから新しい出会いにハラハラしてドキドキして頑張れるんだよ
だから、人生面白い、そのときは大きな問題でも過ぎてしまえばいい経験よ
このおじさんの今日の話のようにね
おじさん若いやろ? 
(剥げ頭を指さして)おじさんのように輝きある生き方をね と締めくくり
だけどね、死んでしまったら、その先にあるいいことにも悪いことにも出会えないんだよ
だからね、命あってのモノダネだよ、生きていればのことだよ と締めくくります。

勿論、いろいろな夢物語を交えてのことなんだけど
話していて思うことは、くそ真面目に進路に向けて語ったところで
夢の話をしたところで、いざ、行き場を迫られた子供達には、
学校の個別面談、時期になれば三者面談と同じような「進路」の話にしか受け止められないのがこの時期の進路講演です。
簡単に夢を持てと囃し立てる無頓着な世の中だけど、この世代の子供達に「夢」に向かう厳しい現実がわかるだろうか? 夢に向かう前に厳しい試練があることを。夢なんか簡単に手に入る人間は僅かで、大抵は敗者の凡人で一生が終わることを知っているのだろうか。一時逃れのようにスポーツに夢中になるのが全ての逃げ道になってはいないだろうか、そういう世相に仕向けてはいないだろうか。
生れて僅か14,5年の経験で「進路」なんてそんなに簡単に決まるだろうか。
それを一気に迫ろうってんだから無理な話で、じっくり夢の餌でも撒いておけばいいのに・・・・
学校の先生方も、「進路相談」と「進学相談」を混同してしまい、酷いときは一緒にしてしまい、
「進路相談」ではなくなっているのが現実です
さぁ、どうする? 勉強しなければ!?この成績では????
と、子供の行き場を塞ぎ、追い込んではいないだろうか?
本人も親達も、いい学校に合格することばかりが「進路獲得」と錯覚してはいないだろうか?
学校自体が「進路相談」を受ける余裕があるだろうか?
進学先がなくて、行き場を失ってはいけない、ひとりの不合格者を出してはいけない
不合格という「不幸」にさせてはいけない、全員合格! と全員合格が生徒への思いという錯覚に走り、子供の学習意欲を煽ることが至上命令の時期を迎えます
子供達の最初の旅立ちが受験という試練決断という現実をどうやって助けてやっているのか
受験に固執しての進路指導が果たして進路指導だろうか
年端もいかない子供に急な「進路選択」を迫るのはどうだろうか???
もっとゆっくり人生の面白さを語り、漠然とでも夢を描き、さて、やってみるかと思い立たせ、それからでも遅くはないのではないか
高校受験に失敗してはいけないのか?恥じなのか?失敗した1,2年があったっていいじゃないか
自分の志望をもって進むべき大学でさえ、志には関係なく無闇に現役合格をねらったどこでもいい受験で、数年の浪人をしてでも「進みたい道」など人生のロマンさえ持てない進路指導では、ただの受験指導進学指導ではないか
この時期、合格に向けての追い込みの時期でもあろうが、追い込まれるからこそ悩み多い時期でもあるわけで
社会の仕組みがどんどん余裕のない、他人と同じ、落伍者?にならない自分を求めすぎる世の中になっているのが子供の極端に「急ぐ死」につながっているのではないか

この先、あとに続く幼い選択が続くであろうことが予見されます
何事にも元があることで、その大元を解決しなくては何の解決にもなりません

生きていればこその幸せ を教えてやれない進路指導に思いやられ
追い込まれる子供の命と、追い込むことしかできない今の学校の中、教師達
また、教師も追い込まれている現実
何に焦って、どこを向いているのか
中学生の自殺の問題ばかりでなく、今の世の中
夫々の立場で、夫々の職分を考えなくてはいけない時期ではないだろうか
せめて、子供の命を預かりその先の人生の土台をつくる学校くらいは、余裕で人生を語り夢見れるところでなくては・・・・・・

こんな、時代遅れなトンチンカンなことは
大金持ちでもなく、余裕に溢れているからでもないからこそ 
暇に任せて、遠くの山を見て、ボーっと思い立つことなのかも知れないけれど・・・・・・
子供の貧困、子供の心、成長を思う記事、機関がいっぱいある割りには
何の解決もないのは何故でしょう
「心の貧困」が大きいの「日本という国」かもしれませんね・・・・・・

I worked verry much.
I need refresh and stress free!
Today get day off, I'm free.






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by sportssmart | 2015-12-25 10:14 | 命・育み | Comments(0)
被災から5回目の正月を迎えようとしている被災地福島県
平常を取り戻したところと、そうでないところが両極端に混在しています。
ホントに大変なところは世間の関心からどんどん見離されていきます
資金が投入され復興が進んでいるところばかりが目立って、そうでないところは置き去りです。
緩やかな回復は緩やかな感覚のマヒを生み、まだまだ数値の高い放射線量の数値にも最早驚きません。

無心無知な子供達と接する、一番、人の心の機微に敏感であるべき教員達でさえ、この現実に慣れ切って何の問題も感じることなく「平常」が過ぎています。
被災者でもある自分の暮らしに精いっぱいの現実は理解できても、毎日接する子供達の変化には気付かなくなってきているようです。関心事は今日と明日のことだから・・・・・

もともと、教師の仕事に就くにはその基礎力が不足していたのが顕著で、
そんな輩に、何も知らないで言われるがまま、されるがままの子供達が不憫でなりません
もっともっと伸びる可能性がいっぱいあるのに・・・・・・

学校を廻っていると、人の心の機微を思い測れる力もなく、田舎なればこその世間体や親の自慢、身分保障、生活保障の暮らしていくための条件だけが魅力の就職先であっただろうというような人達が目につきます。
何に忙しく、何に目を当てているのか・・・・・・
一般社会を経由して、世間を知っているからこそ知っているホントウの忙しさは「学校の」こんなものではありません
大したことないことに、忙し振ってアプアプしている姿に「教員の無能」を感じます。
教育職だからこそもっと目を向け、もっとしなければならないことがあろうってものだろうに・・・・・
教師の仕事は指導力をつけること・・・その指導力を活かして子供達の可能性を伸ばしてあげること・・・
教師の基礎力より、どうでもいい仕事の報告を求めているお役所も、「学校」はお役所仕事の一部でしかない感覚です。
教員上りの教育委員会等の職員役人は”これではいかん”と知っているだろうにどうにもできないでいるのは何故でしょう???
ホントウにすべき仕事への意欲もそれに取り組む勇気も無いのでしょうか・・・・????
お役人気質の強い風潮が変わらないところでは、余程のことが無ければ変わりようがない体質です
何よりも、ガッコウの先生が、一番人の心の機微に敏感でなければならないのに一番鈍感な人達の集まりでは・・・・・・イジメなんかなくなりはしません……
基礎力のない教員達でつくる「学校」を変えていくのは大変な仕事です
ここでいう基礎力って何でしょう????

普通に子育てに追われている親達が1日、3日、1週間その学校で過ごしたなら
子供を預けたくなくなる、誰でもがわかる学校の実態です
世間に生きる生活者なら誰でもわかる愚かな実態がそこにあります
言わずがな、暮らしの真只中にいる方ならすでにわかっていることでしょう・・・
そうでなく、一所懸命真摯に取り組んでいる先生のためにも、ガッコウが子供達が育つ学校にしていかなければ・・・・・

「学校」が「学校」であるべき基礎基本ってなんでしょう???
学校に一番必要な備品は「教員・教師」そのものです
いくら高価な機器を備えても、いくら使いこなせないくらいな教具を備えても、IT機器に頼ったところで
そこに、人間に根指した心ある指導力のある教師がいなくては・・・・・・

支援だらけの学校ではあり余る教材機器が溢れています
物欲しさに、支援を煽り支援されることが手柄と勘違いして支援を自慢する校長さえいます
多くの教員を失くした被災地は、教師として、人としての基礎力を持つ教員が不足しています。
この現実を受け止めて、教師の指導力、教師としての基礎力をつけていかなければならないのに・・・・・
お役所感覚は、実態を突かない砂上の計画に大金を注ぐばかりです
日本という国の縮図そのものの福島県です
福島県が変われば日本が気付く なんて保証はどこにもありません・・・・・
文科省はもっと本気であるべきでしょう 文科省は福島県の取り組みをもっと本気で凝視すべきです
国庫補助金が有効に使われているかどうかも含めて……








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by sportssmart | 2015-12-20 17:04 | 教育/学校 | Comments(0)
12月17日。年前の学校訪問は昨日で終わり いささか疲れました。
昨日、昨昨日って一日中跳び箱、縄跳び、マット運動の器械系
肉離れして休ませる時間もないまま使い続けている右脚をカバーしながら、見せる(魅せる)体育をしている私の左脚もいよいよパンク、足首の腱がパンパンに腫れ上がってしまいました 労災???

参観授業は40年か50年前、いやいやもっと昔のようなコチコチの固苦しい「體育」で子供達の元気可能性は抑えられ蓋をされているようで愕然とします。
今の時代、戦前戦後の頃のような『體育』なんかやっていたら笑われます
ここは文明文化の届かないところだからそれで許されているけど・・・ではありません
誰かがちゃんとわかっているのに、誰も口にできないのです・・・・・・
そんな遅れに気付かないでいっしょけんめいやっている先生も可哀想だけど、他を知らない子供達はこれが「楽しかるべき「体育」」と思って受け入れている(やらされている)子供達が可哀想になりました。

先生達が気付き、自らよくなろうという学びの場や時間をつくろうったって・・・それは誰がやる、ケガしたら責任は、金は誰が出す、予算がない時間がない・・・ないないない出来ない出来ないが考えの始まりにくるお役人。
自分は何のためにここに来ているのか、何のためにこの事業があるのか、何のための契約が 何のために他を断ってここにいるのか 
偉そぶっている無能なバカ達をみていると悲しくなります そして「福島県」っていう見せかけの世界に胡坐をかいている人達にアホらしくなります。
それが福島の子供達の教育と健康を考える先生達の幹部で数年先は管理職として現場に立とうっていうのだから・・・
役人達にしても何のためにお前が要るのか、何のためにお役所があるのか 考えたことがあるんだろうか
選ばれた人みたいな気になって・・・・・・
結構いい気になって働いているのに・・・・・
結構いい給料もらっているのに・・・・・
誰のために何のために働いているんだ?

これじゃ良くならないよ。 
ホンノ数人が夜も眠ないでいっしょけんめいやっていても次から次に潰されていくんじゃね・・・
誰が責任、予算がない時間がない・・・… これで全てが終わりです
やることは、しなくてもいい視察管理監督に めくら人事。
末端で、よくなろうと日々格闘し、学び成長に飢えている現場の少数の声は打ち消され
そのうち、明治以来のしきたりと風潮に同化してただの世間知らずの勤め人教員になっていくのでしょう

福島が変われば日本が気付く
福島っていう武家社会のような格式と因習が残る、正に「日本の縮図」が凝縮されている福島を動かせば日本中が福島の変わりように気付かされるだろうって期待するところだけど
根の生えたバカを利口にするのは並大抵のことではありません

自分はやらない、手は出さない、カネは出さない、誰かにやらせりゃいい 出来るだけ新しいことはしない、見ない 触らない 失敗しないミスらない
言われたことだけやって、見せかけの手柄だけは自分のもの
親も教員、祖父も教員 教員家系の強みで引き抜かれ、
偉くなりたい、偉くなった自分を見せびらかせたい自慢したい・・・・くらいなもんだものね
そうでなけりゃ、こんなところで我慢なんかしやしないだろうに??

こんなところにペコペコして媚振ってビクビクして どうするんだって!?
それが△△県の教員世界だもんね どうするゥ?
こんな光景はどこにでも残っているのが日本の教育界の現実であるこてはよォ~くわかっています。

だからやるんや! ってひとり静かに闘志を燃やす夜です。

だけど、どうする? 両脚やで!
肉離れに両足首腱損傷、どうしてくれるんや? 労災やんか!
オレの体は商売道具やで、商売道具が壊れたら喰っていけんやろ!
車使って壊れたら修理代払うやろ?

大丈夫ゥ~? でお終いだもんね、
どうなってるんだろね、ガッコウの先生達って?
それも将来の管理職やで。▽△県の(日本の)教育界知れたことやで。





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by sportssmart | 2015-12-17 21:24 | 教育/学校 | Comments(0)
2015年12月15日
私は今、福島県南相馬市にいます
福島県教育庁相双教育事務所というところに配属され相双地区の小学校を廻っています
ここは、東電原子炉からの放射能漏れによる被災地・避難地を抱える真只中です。
子供達の元気活力への応援はもとより、子供達に接する先生達の子供達に向ける目や指導力が高まるように応援しています。

毎日毎日どこかかしこの小学校を訪問して、子供の心に返って元気に楽しくやっています。
そこにいる先生達にも心からの元気や屈託のない時間を感じてもらいたく思って元気にやっています。
でも、福島県どこか違うな?どこか違うぞ?おかしいぞ??って感じる毎日でした。
12月15日、デスクを共にする集まりの忘年会に声をかけてもらえて、酒席の中で福島県(被災地)の先生達の切実なる姿を改めて実感させられました。
この地区の教員達は何かしらの被災者です
地震津波で家族を失った先生、避難誘導、避難場所になった校舎で家族のことを顧みる時間もなく避難者の世話にかかりきりになった教員達、気がつけば家族ともばらばらに
自分の子供の安否も確認できずに避難者の世話にかかりきりだったこと、失った身内、そんなことに悔いを残しながらまた現場に戻らなければならなかったその頃。
現場に戻った時、わけもなく自信を失い指導力を失くした自分に愕然としたその頃
命からがら助かった後の日々、何をどうしたらいいのか時間の経過に身を任せて今日まで来ていること・・・・話はまだまだ続きます

私は、今日、自分に与えられている新しい役目を感じました。
福島の教育現場を回る中で、忘れられていく教育のあり様と教師も人間であること、
傷つくことさえも許されないまま現場に戻らなければならなかった現実
休むこともないまま、代わりがないまま今につながっていること……
時間の経過は忘れることでなんとかここまで来ているけれど
時間の経過は何もなかったように平常が戻ったように見えるけれど
酒席で酒の勢いに任せて吐露するその生々しい体験と心の内に
今も、何も解決されていないことを実感させられました。

私の役目は、教育現場の子供に関わることばかりでなく、教員の変革を急ぐばかりでなく
それにつながる心のランデングエプロン(着地滑走路)を広げること、そして、フライングエプロン(飛行滑走路)を広げること
それが、福島県の子供達に接する先生達の子供を見る目、子供に接する余裕につながり、そのことが福島県の子供達の体力向上につながり元気につながり・・・・・・と目に見える成果につながることだろう
世間は、ここで何もなかったように無関心になっていく中で
ここにはまだまだ痛みの中にある現実があります

福島県の今が訓えることは、日本全国に通じることです
福島県の甘えは、日本中に通じる甘えでもあります
福島県が変われば日本中が気づくでしょう
福島県から日本に発信できることはいっぱいあります
しかし、日本中がそれに気づくかどうかが問題です・・・
日本人がそれに気付く力があるかどうかが問題です

福島から日本を変える
福島の教育から日本の教育を変える
そのためには、教員の回復が先決です
休むこともなく無理が続いていることにさえ、気付けず、疲れを隠し誤魔化しいる教員たちに日本中の教員の疲れを垣間見る思いがします。
教員の疲弊は教育の低下につながり、社会の犯罪につながっています。
何事にも元がある
元(源)を断たねば感染は広がるばかり・・・・・・・・
元がどこにあるかさえも見つけられない程度の日本です
福島県からどれだけのことが発信出来るか やりがいのある仕事に改めて意欲の燃えた今日の酒席でした。



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by sportssmart | 2015-12-15 23:45 | 被災地はいま | Comments(0)
福島県、天気予報でいえば浜通り地方 
相双地区に入って半年以上になります。
この域内にある全小学校を巡回しました。いい出会いがあって帰りのハンドルが軽くなったのはたったの2校だけ⤵
福島県は、津波地震があって、その上、東京電力原子力発電所の原子炉から放射線が漏れて大きな被害のあったところなのでいろいろな問題が「わかり易い・見えやすい」ってことで、これに、「何かしたい」と支援の目が届きやすいっていう現実があるところです。
自然災害は、大自然界から見れば、ちっぽけな人間のすることが自然の摂理に打ち勝とうっていうには、どうしようもないってこともあるかも知れないけれど、4年半も経った今、そんなことばかりも言って甘えてばかりもいられないってことに気付かなければならないんでないかなァ~って ところも見えてきたような……
そこそこに気付いている人達もいるのにね・・・・・・変える勇気も変わる勇気もない役人気質が蔓延っていてね…
それを言ってしまえばお終いよって感じで、なかなか口に出せないのが本音のところかな? お互いがお互いを縛っていてがんじがらめで動きようがないのが今も昔もこれからも変わりようがないってのが現実!
本当は、今、ここで起こっていることは日本中のどこにでもあることで、震災ばかりを理由には出来ないことがいっぱいです。
震災が無かったとしたら、どうだったんだ? 
そんなに手が行き渡るところだったのかって???
そんなに騒がれるところだったのかって???
あり余るほどの国の補助金が下りるところだったのかって???
何だかんだって、被災をいいことに金を引き出してきて、おんぶに抱っこでいいのかってところはないか?
福島の子供が体力が落ちているっていうけど、日本中の子供達の生活変化は体力も気力も低下させているんでないか?
それをカバーしているのは夫々の県の子供を預かる学校ではないか??
学校の教育力の差 が各県の子供の体力運動能力の差?ではないのかな??
大凡は、学校の教育力の差は各県の生活文化水準の差に反映されるだろうし、そのことに気付かないこと自体がそもそもの「差」だし、文化風潮の「差」だろうしね。
教師力って大きいぞ!
子供の学力もさることながら、サルの世界ではないけれど、体力の差は知力の差につながるし、知力の差は「感性の差」になるし・・・ねっ!
しかし、これだからこそ、なんとかせねば・・・・・・・!
福島の今が変われば日本中が変わる、気付く って思って先生達の変わり様に期待して毎日格闘しているんだけどね……
明治以来の教育界の「偉そうなお上の感覚」が第一のハードルでね・・・
これは日本中同じではないかな???
先生達がどこを向いているか??
先生といわれる国会議員でも同じことで、どこを向いて仕事しているのかってことだね。
国民の方を向いているのか、子供の方を向いているのか で
自分の欲ばっかりだったり、上の方をばかりを見ているのか
単なるお金を稼ぐ「仕事」でしかないのか

日本中のモノの考え方、価値観、感性がもっと違っていたら
日本中のモノの見方が違っていたら もうチョットは違う国になっていただろうね?
震災被災を理由に何だかんだ言ってられるのはここまで!
自分達でやらねば! ねっ!
中に入って感じる被災地は、いつまで甘えているんだよッ って感じだね、
外野も外野で、どこ観てんだよっ って感じ。
もっと現実をみて、もっと必要なことをしてもらいたいね。
金持ちは偽善が大好きみたいで、目立つところにしか支援は届いていないぞ!
もっと、目立たないけど真に困っているところに支援の手をって叫びたいね。
被災地ばかりでなく、国外ばかりでなく、もっともっと真に身に迫って困っている人達がいるのに、そこは無視かい? 宣伝にもならないからね??
どんなに大変でも、大変なところに心が届かない学校の先生がいっぱいなのが現実!
目の前にいじめが、嫌がらせがあっても気付かない先生がいっぱいなのが現実!
先生という仕事が「シゴト」でしかないのが現実!
この目でみてこの目で感じて、落胆の毎日に鞭打って、だからこそ「やらねば!」ってね
被災があろうと、なかろうと、日本中どこにでも同じことがゴロゴロしているのが現実!
これを何とかしなければ!!!!
学校から人が育っていくのだから・・・・・・ねっ!

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by sportssmart | 2015-12-08 01:00 | 被災地はいま