Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

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春の息吹き

梅は咲いたか、桜はまだか・・・・・・
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長かった冬ももうじき終わりを告げます

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アスファルトの道が切れて、
丘の上の我が家につづく、舗装されていないあぜ道にはいると
山の斜面、その下の梨畑、小高い丘の上から見える下界の景色、
そこら辺りのすべてに、かすかな春の息吹きを感じます。

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咲こうか咲くまいかとじっと時を待つ梅の木のつぼみ
この蕾が咲き誇り、新しい季節が来る日を楽しみにするこのごろです。
じきに、桜も開くときがくるでしょう。

春は万物のよみがえる季節です。

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さてさて・・・・・・
春から先はどんなことが起こるのだろう
ちいさな子供みたいにわくわくする季節です。
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by sportssmart | 2011-02-20 11:42 | 命・育み | Comments(0)

見知らぬあなたへ

きのうは9時半を過ぎる遅い帰宅でした。
愛犬の大型ピレニー犬の愛くるしいとぼけた瞳に癒されて、
つかの間の家族との団らんに幸せを感じながら1日が終わりました。

そんな遅い時間のわずかな間にもこのボログ(?)にタッチしてくれている方がいるのです。
なんだか、とても不思議な力をもらえます。

1日5・6人 3・4人 一人のときもあります、ゼロの日も。

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オーストリア、アメリカ、ブラジル、NZ、フランスと
国の外に出てみて、知らない人達と触れてみて、
はじめてこの国のよさを知り、この国の不足を感じ、
大切なことを見失いそうな世相に失望し、なんとかせねば と
自分のもてる小さなことからやってみよう と動き出したのが2002年夏の終わりです。

外の国の空気雰囲気と、ニュージーランドで体験したり学んだりしたラグビーとその文化を通して、
子供達に人として大切なことを伝え感じてもらおう、大切なものをちゃんと具え持った大人になってもらいたいとはじめたのがラグビーを通した教育プログラムの出前授業です。

何の力もなく、何の励みもなく、ただ思いだけで10年もの月日が過ぎています。(これに専従してから7年)

そんな中で、情報発信の力を頼りにブログをはじめました。
かといって、へたくそな情報発信は何の効果も発生しません。

たまの依頼で仕事が入るだけで来る日も来る日も空いた時間ばかりです。
(お陰様でここ半年ほどは出前授業や特別講師の仕事が続いていますが・・・・)

志の合間合間には生きていくために他の仕事もせねばなりません。
望まぬ仕事でも嫌な仕事でも、世間の厳しさは選んでいる暇を与えてくれません。
心の支えさえもなくしてしまいそうな現実が実際です。

それでも、日々の世の中の荒んだ出来事は私の思いに火を点けます。
体力精力のほとんどを使い果たし、くたくたに疲れた体を引きずって帰り着く家は休息のひと時ですが次への仕事場所でもあります。

ホッとして開いたブログの閲覧者の方から不思議な応援を感じます。

大人が仕事に向かうように、
子供達も毎日、「学校」或いは幼稚園保育園という現場に出ます。
そこで、ハタラケハタラケと仕事をしてきます。

子供達にとってのハタラケハタラケは大人のそれとはわけが違いますが、
大人の仕事場と同じように、いくつものストレスを抱えています。

その現場から帰る子供達を迎えるところがさらにストレスの場であったら・・・・

大人でも、家でも仕事場でもストレスだらけならいたたまれません。
子供なら尚更です。
子供にとっては、確かにこのストレスも成長の糧のひとつではあるのでしょうが限度を越えるストレスは健全な成長にはマイナスです。
大人なら、心の居場所をなくすストレスのはじまりがホームレスへの入口になることでしょう。


現況のストレス社会の中で、子供は「必要なストレス」以外のストレスがない教育環境で育まれることが大切です。
そうすれば、もっと真っ直ぐに可能性を伸ばすことができるでしよう。
もっと、自分に自信をもって、もっと正しく強く、純粋に他人を信じられ、受け入れられ、他の思いを量り知れる勇気と実行のある大人に育つことでしょう。
子供の教育がこの国の土台です。

この土台が揺らいでいるから・・・・
人のために、国のために・・の政治家のはずが、
自分のために、自分の名誉や私利私欲、親族一族のために、
族派に頼らなければ何もできない、見せかけの為政者が生まれるのでしょう。

それを生むのは国民である私達ひとり一人の識見なのですが・・・・ね。


このブログに目を通してくださっているあなたは
たぶん、同じ方をみていてくださる方のような気がします。
たぶん、同じ目線をお持ちの方のような気がします。
同じ思いの方が他にもいることを感じられることが私の力になります。

もし、このボログ(?)を見てくれているひとりが身近な人であれば・・・
机の上にそっと置いてある福沢諭吉と新しいコーヒーをありがとう。
そして、寄り添うあなたの声なき応援に感謝します。

ありがとう。

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                  松風院釈心願
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by sportssmart | 2011-02-16 11:54 | 本当に大切なこと | Comments(0)
東京は大雪の後の雪景色。
温暖な南房総の外れから仕事先に向かう電車の車窓に見える景色がどんどん白くなっていきます。
都内は雪国の朝を思わせるくらいに「冬」を感じさせます。
雪国育ちでスキーを専門にする私としてはなんとなくホッとする時間でした。

グランドは一面真っ白。
子供のころは、こんな雪でも、真っ白なグランドでラグビーやサッカーに興じたものですが東京ではそうはいかないものです。
濡れること汚れることの方が心配の先で、この広いグランドで雪まみれ泥まみれになってぶつかり合う若いエネルギーの発露を喜びとはしないようです。

そんなことで、今日は俄かに柔道場でレスボールという、レスリングとラグビーをミックスしたようなゲームを楽しみました。
普段、これほどまでに、何でもありに暴れることが許されていない環境にある子供達は動物の本能を本能的に感じたかのように絡み合い奪い合い倒しあい、くんずほぐれつの喜びようでした。

なんでもありの乱暴(?)が許される遊びの中に、真剣にやる、やってもいいけどやり過ぎない一人一人の心の中にある、ルールにないルール、がちゃんと働いて、やりすぎる子供はいません。

それでも、だれがみても、「あれはひどいよ」というほどの煽ちあがりようで見境がつかなくなるこどももちらほら現れます。
遊びの経験の少ない、「よい子」に育てられてしまった本当は「弱い・悪い」子供達。
弱虫だらけの子供の中で、自分の強さも自分の限界も知らない感じないまま、頭の中だけが膨らんでいく
現代の子供達。

とことん闘って、くたくたになって、相手の強さを知り、自分の弱さや相手の弱さ強さを体ごと認めることができて、相手を認め、相手への敬意・容認・許容とつながっていくのでしょうが、今の子供達には思いっきりケンカ(?)することも許されません。
雪が降れば見せかけの雪遊びで直ぐに家の中に、闘いといえば受験競争
目指すところといえばいい会社への就職・・・・淋しい限りです。

こんな子供達に本当の強さを身に着けてもらいたくて出前授業を届けています・・・。
(本との強さってやつは見せ掛けの力のことではではなくもっと他にあると思っていますが、ここでは省略します)

きょうは、レスボールの後にあまりの興奮が冷めやらない状況で、(暴走して自分をコントロールできなくなる状態)暴れているので、
「先生と柔道しよう」と水先を向けると誰もかかってきません。
(私は身長165cm足らずの子供より小さなお爺さんなのですが‥・・?)
普段から言うことを聞かないわがまま勝手な子供が何人かいるので、周りへの示しのためにも機会があったらねじ伏せてやろうと考えていたのでいい機会です。
そうしたら、普段から弱くてみんなにいじめられているような、おもちゃにされているような子供を、みんなが押し出してくるのです。
私は「○○くんはそんなに強くないのは知ってる。なら、きみとやろう」と向けると普段は好き勝手に威張りくさっている体格のいい子でさえもみんな逃げるのです。

勝ち目がない(と勝手に決め込んだ)相手や、自分より強い者には向かっていかない、弱い者、勝てる者(確実に勝てると確信のもてる相手)にはいい気になって強がりをする。
ここに性根の弱い人間のいじめの構造が潜んでいるのです。
(これは、都内の中堅進学校での一風景のことです。)

そこで、ひとりふたりの子供を相手にして片付けている間に、我も我もと次から次に挑みかかってくる者が現れました。
体と体を触れ合わせている私との取り組みが余程楽しそうに、魅力的に感じたのでしょう?
投げられるのだけれど負けるのだけれど、勝てないのだけれど、先生を投げ飛ばしたい、やっつけたい、先生と柔道したい、先生に触れたい触れられたいという子供がいっぱいになってきました。
私の周りには子供達が群がってきます。
次から次と投げ飛ばし(軽く、怪我しない程度にのことですが・・)、
さぁ終わり! けじめをつけて、並んで話を聞いて・・・・といつもの授業に入りました。

いつもはけじめもなく、並ぶこともままならない子供達なのですが、
存分にエネルギーを発散した子供達はいつもになく、はっきりしたメリハリのある行動と元気な挨拶をして柔道場を去っていきました。

いまの子供達に不足しているもの・・・・
いちいち口で説明するにはあまりにも忌々しい現象なので省略しますが・・・
今こそ、この不足を補うことが求められているような気がします。

今日は朝から大都会東京に降った雪のことがあったり、
絶好の雪のグランドよりも汚れやグランド整備を気にする「もの大事」の教育現場(どこの学校現場にも同じような感覚がみられますが)の情けなさや、
本当の強さを知らない子供達の生意気弱虫加減を垣間見た一日でした。

それでも、なぜか気持ちいいのは、
なぜかと言えば・・・・・・
子供達と柔道して、生身の体で直にぶつかり合って、強さの裏づけに認め合いがあることを身をもって感じてもらえた時間をもてたことが嬉しく思うからです。

組み合って投げ飛ばされた後の子供達は、もういっかい、もう1回とかかってきて投げられるのを喜んでいるのです。まるで3歳児位と同じです。
この、本能の喜びと無理矢理仕込まれる知育のバランスが どこか狂っているような気がしてなりません。

そんなことに気付かないで「教える」ことが「教育」と錯覚している日本の教育システムと風潮を思うと残念至極です。

きょうは雪。
思いもかけない子供達との柔道で求めていた生身のふれあいができ、気付いたことがこんなことです。

そして、久々の柔道で、まだまだ現役のこの体と技の切れに気持ちよさを感じる1日の終わりです。
                                            
                                                             :松風院
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by sportssmart | 2011-02-15 23:54 | 出前授業 | Comments(0)

ありがとうございます

今週は入試時期にあたり、私の授業はお休みです。

久々に本ブログに手をのばしたところ、今までにこの目立たない発信を
1500人近くの方が見てくれていることがわかりました。
先々週先週今週と平均すると毎週20数名の方が覗いてくれています。
何かのきっかけで開いてくれたり、読んでくれたりしたのでしょう。
クリックしていただいたみなさん、ありがとうございます。

子供を透して世間とのかかわりをもつ仕事をしていますので大人としては大変稚拙であるのかも知れません。
自分が至らないことにはなかなか気付けないのが世の慣わしではありますが、子供達にはときどきハッとさせられます。
 いつも綺麗事ばかりでは世の中生きていけません。
清濁呑み込んでうまいことやっていかなければ通用しないことが多いのが世の中というものです。

しかし、いつまでも清らかで綺麗でいられることは大切なことのように思います。

こどもも大人も不器用であればあるほど追い込まれていきます。
そして、ついには自ら命さえ落としてしまう人もいます。

不器用でも真っ直ぐでも、誰でもが健やかに生きていける社会であることを願わずにはいられません。
いっしょけんめいが実る世の中でありますように・・・

このブログをご覧の方々がこのブログに反応してさらなる勇気をもって正しい力を発揮されることと、
貴方のことを私に教えてくださることを期待します。
私は、私に私以外の世界と考え方があることを教えてもらい、自分の世界がひろがることを願います。

見た方読んだ方に感謝をこめて、
ありがとうございます。
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人として大切なことを伝え、この国の道なき道を拓けることがいま指導者ばかりでなく私達大人に求められていることのように思います。
次につながる命、生まれてくる赤ちゃん、育ち始めている幼児、学びの入口に立った子供達、状況厳しい世の中に出ようとしている若者達・・・・・・・・
そして育み支え迎え入れる私達おとな・・・・・・

政情はばかばかしいほどの混乱を呈しています。
これは日本という教育制度が成した果ての結果でしょう・・・・・・・
知育に走り、知育に乏しいものは体育に現をぬかし、その先が、今の現実です。

徳をなくした日本は、最早、昔の日本ではありません。
このことは海外に出て暮らしている多くの日本人の方々が共通に口にする話題です。
そして、古きよき故郷日本をいまでも求めています。

この国に住む私達多くの日本人がこのことを忘れてしまっているのです。

学校に出向いて、子供達に遊びを通して人と人の関り方の大切なことを感じてもらい、先生達には教師として大切なことに気付いてもらい、親達にはこどもに一番身近な親として大切なことに気付いてもらう、
そんなことを仕事にしているのですが・・・・
有名であること名のあること、目立つこと、騒がれることが先で、なかなかその機会には恵まれません。

このブログをご覧の方で、ここにこんな(出前授業の)機会があるよ ということがあれば是非教えてください。
ところ惜しまずに飛んで行きます。

ありがとうございます。

 連絡先 E-mail sportsmart-japan@vesta.ocn.ne.jp
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by sportssmart | 2011-02-04 12:09 | 本当に大切なこと | Comments(0)
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2月3日。節分。
3歳と1歳の孫と一緒に豆撒きをしました。
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今日は鬼さんが家の周りにいっぱい
いい子にしていないと鬼につれて行かれるよ

ひとりでご飯をたべられるかなぁ~
ちゃんとできるかなぁ~

あっ、そんなことしたら鬼さんがみてるよ
(カーテンをそっと開けて)あっ、みてるみてる、目ん玉がピカッって光っていたぞォ~

あっダメダメ そんなことしたら鬼につれて行かれる!
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いたずら盛りの子供達に家の周りも、家の中も鬼さんだらけです。

そんな大人のおどかしのことばにこどもの心は真剣です。
目の玉を白黒させて、いっしょけんめい自力でご飯をたべたり、お片づけをしたり、
窓の外の暗がりに光る街頭の反射を怖がって懐に飛びついてきたり・・・・

顔はこわばりちいさなこころは真剣です。
大きな声で鬼はーそと、福はーうち と力いっぱい豆を撒き散らしていました。

その、純真なこころ、ふるえるちいさなこころ、自分のいけなさにあわててとり返そうとするいっしょけんめいさ。

胸がキュンとなるくらいの純真さと汚れのなさとそのしぐさの可愛らしさに目頭が熱くなる思いをさせられました。

こんな小さなこんな真っ直ぐな汚れのないこころをいつまでももち続けられるように大切にしてやるのが大人の役割ということをしみじみ感じさせられる節分の夜の1コマでした。

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小さなこどもは見るもの聞くもの、形のあるもの音のでるもの、なんにでも興味津々の育ち盛りです。
3歳の男の子は言葉も動きも達者で発達も早いようですが、、、、
それでも、そこは所詮子供(3歳児・幼児)の域を超えるものではありません。
あまり達者なのでついつい親も周りも自分達と同じ思考と行動レベルのように勘違いしてしまって、本気になって対等になって怒ったり求めたりしているときが時々です。

下の1歳の男の子は何もわからない赤ちゃんのように見えますがこれもまた、ちゃんと見ているのですねぇ。
お兄ちゃんのすることを真似したり、お爺さんの私が風呂に入ろうと服を脱ぎ始めると自分も自分の服を引っぱって服を脱ごうとするのです。
何かを求めるときは抱っこを求め、あっち行けこっち行けと指差しして指示しあがるのです。

子供だから、赤ちゃんだからと侮れないものです。
この段階から、ちゃんと大人のすることを見ていて話していること話し方を耳にしているのですね。
これはこれは・・・大人の責任は重大です。

それなのに、ついつい・・・・・・こどもを子供と思わないで、赤ちゃんを赤ちゃんと思わないで、自分といっしょのレベルで感じ、怒ったり求めすぎたりしてしまうのでしょうね・・・・・・

かくいう私も最近になって、60を越える歳になってやっとこどもを子供と感じ、大人のあるべき姿を考えられるようになってきたような気がします。
そういうことは・・・・・・、今までなんだったのか?? 
あまりにも子供だったように思います。
自分の存在したところ、生きてきた道筋が私自身の成長をこんなに遅らせてしまったのかな とも思えたりして・・・
大人になるって大変なことですね。

この社会が、人をいつまでも真剣にさせないというか、こどものままでいられるというか・・・・・
その反面、持っていたはずの純真さや汚れのないきれいなこころ、正しいこころを剥ぎ取ってしまう、無くしてしまうようなことばかりが多すぎて・・・・
子供を大人としての自覚ある大人にしない日本の環境、日本の教育なのでしょうか・・・

何でもお金、名のあることが得、目立つことが先、流行に乗らなきゃ遅れる、人と同じじゃなきゃだめ・・貧乏は敵・・・・上でなくとも下ではない・・・地に足の着かない暮らしが蔓延している日本の暮らし方のように思えます。
かくいう私もそのひとりに過ぎないのですが・・・・

2月3日の節分を3冬振りに我が家で新しい仲間(孫達)と味わえた幸せな
小さなお友達から大切なことを感じさせられた感慨深いひと時でした。
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by sportssmart | 2011-02-04 09:07 | 本当に大切なこと | Comments(0)