Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

カテゴリ:本当に大切なこと( 129 )

10月30日 上富良野町、日の出公園から大雪山連邦を仰ぐ

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28日から続いた寒波が嘘のように晴れ渡る秋晴れの日
地元の小・中学校を訪問して何気なく向かった前方に素晴らしい雪冠の山の勇姿
”ウヮ~ァ”っていう何とも言いようのない素晴らしい
十勝岳の麓「上富良野」を感じました。
新天地に入って3日目
出会う人出会う人にこの先の導きを感じます
先ずは、一冬ゆっくりゆっくり・・・・
この何ともない静かな片田舎から、
古くも新しい、大切にしなければならない「価値」の発信ができる日を夢見て最期のチャレンジがスタートしました。
山麓に細々と暮らす、何もないこの地には、
ゼロ(0)から、マイナスからという、何もないからこそ、
素晴らしいチャンスと遣り甲斐を感じます


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by sportssmart | 2014-10-31 08:19 | 本当に大切なこと | Comments(0)

2014.10.28 富良野は雪

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いよいよ富良野入り
道東道を占冠で降り、金山峠に差しかかったところから雪
峠を下りきったところでは今シーズン初めての吹雪が手荒い歓迎をしてくれました
雪を求めての仕事なのに
0度の寒さに、何もこんな日に(移動日に)雪が降らなくても・・・
なんて我がままな気持ちになってしまいました
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富良野から、上富良野からの発信

退路を断って立ち向かってから10年
遅々として変わらない教育現場に
ときどきは挫けることも、諦めることもありました
些か、体のキレにも年齢に合わせたターニングポイントがあることも実感します

さてさて、無謀にも最期のトライにチャレンジです
何も無い小さな町から
ラグビーのラの字もないところから
柔らかな確かな先導で日本一のチームを育て
スポーツの本質の本当のトコロってこういうことなんだよって
発信できたらと小さな大きな希望に燃えて上富良野に入りました
出来ることから、ゆっくりゆっくりです・・・・
でも、体がいつまでもつか・・・・
それでも、やるだけの価値と意味があるからやるのです

冬を楽しみ、雪と戯れながら
春を待ち、ゆっくりゆっくり育みます
可能性の芽を潰すことなく・・・・・

隣に響き、もっと遠くに届き
大きく広がれば、日本中のスポーツへの価値観は生まれ変わるかも知れません
子供に接するすべての指導者層がそのあり様に大きく変わるかも知れません
その日を夢見て、第一日目がスタートしました

共感していただける人、応援していただける人がいることを信じています
よろしく見守ってください

Rentree' 回復、復活

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by sportssmart | 2014-10-29 00:19 | 本当に大切なこと | Comments(0)
2011年の12月に、どうしたことか救急車で運ばれて、
死ぬ目にあったのですが・・・・・・
そのとき、寝かされている救急車の中で
フーッと救急車の天井辺りに 優しく微笑んでいる
もう一人の自分がいるのが見えるんですねェ~
そして、ガンバレとは言わないんです
ただ、黙って優しく微笑んでいて よく頑張ったなぁ~ って
優しく穏やかに迎えてくれているんです
もう一人の自分に、あれー、これって俺だァ~
どうしてそんなとこにィ? なんて会話しながら
そんな絵を見ながら、体のあちこちを叩かれたり揺すられたりしているのを感じながら
ピーーーっていう電子音さえ聞こえるんです
これは死んでいるのかァ~って自分で自分を感じたりして・・・

そのうち、気が付いたら病院のベッドの上だったのですが

体の中に、この時のフワーッとした体験がスーッっと、
今でも残ってるんです

この時ってとても安らかなんですねぇ~
慌てることも恐れることも、ジタバタすることもないんです

なんか、気持ちよかったような、楽になったような
解放されるような、嬉しくなったような不思議な体験でした

だから、いま、病気になっても
あちこち痛くても まぁいいっか てな感じで
もう一度、あれに会えるような気がして、なんにも怖くないんです

でも、もう少し、チョット早いかなぁ~
まだまだ 簡単には行かんぜ~
なんて鷹揚にいられるんですねぇ~

あの不思議な体験が、「臨死体験」ってやつだったってこと
今更のように思い出して、
また、あの甘美な世界を感じてみたいと思ったりするけど
今度、そうなったら、戻ってこれるかなァ~ なんて思ったりして
行ったり来たり、戻ってこれるのか試してみたい気がするけどね

アホやね・・・ 相変わらず!!
あれは不思議な体験だったなぁ~

酔うような舞うような甘美な体験だったけど
今度、そうなったら、あの時みたいに楽でいられるだろうか??
思い返せば、悪行もそこそこあるからねェ~
地獄に落ちたりして・・・・

その時のために鍛えておこうっと思っても
今更鍛えようがないぜョ
まっ、天国行の切符が手に入るのを待つしかないがナ

ゆっくり ゆっくり
慌てない 慌てない

やるさ!!



今日は、いい天気やで
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by sportssmart | 2014-09-17 10:53 | 本当に大切なこと | Comments(0)
子が親を刺し殺す、親が子を殺す、餓死させる、虐待する

痛ましい知らせが次々に起こっています
何で?どうして?

恵まれている様子の家の中で何かが狂い、何かが起こっているのでしょう・・・
何も問題のなさそうな親子の中で、何かが狂い何かが起こっているのでしょう
小さな健気な子供のことであればなおさらに
それが、何が起こったかもわからない赤ちゃんのことであればもっと尚更に
我が事のように悲しみの淵に追いやられる思いです

小学校まではなんとか子供の無知で時を越えてこれます
中学校になれば自分と周りのことに気付き始めもがき始めます
高校生にもなれば何とか脱出を試み始めます
大人になってもまだその中に詰め込まれていては爆発もするでしょう
さもなければ狂ってくるかも知れません

親にしてみれば子育てに一所懸命なのでしょうが・・・・
親にしてみればその先の幸せに夢中なのでしょうが・・・・

世の中に戦争があったり、憎しみがあったり、犯罪があったり
暮らしの差があったりは 片目を瞑れば仕方ないことかも知れません

でも、
子が親を、親が子を殺す なんて、あってはならない悲しみです
言葉の暴力、感情の制御 に制限なくエスカレートする社会になりました

なぜ? どうして?・・・・
体の痛み、心の痛みに、程度、手加減のない攻撃
一斉にスマホに向かう異様な街中、電車の中
TV娯楽番組の軽調さ
経験と使命に乏しい学校の先生

世の中の乱れは 時間と共に押し寄せています
なんとかせねば・・・・

水道の水を止めるには蛇口をひねるだけではしっかり止まりません
元栓をしっかり閉めなければ冬の寒さに凍りついてしまいます
一旦凍りついた水道は破裂してしまいます
一旦淀んだ水は流し切らなければ、きれいな水には戻りません
悲しいほど悲惨な状況を、出させ切るのか、
元栓を閉めるように、元を断ち切るのか
どちらを選べばいいのでしょう

幸せと安全は自分で作っていかなければなりません
安全な水と教育はあり余るだけある国・日本です
なのに、あまりにも悲惨な出来事の連続にやるせない思いの最近です。

この狂いはどこで止めれるのでしょう
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by sportssmart | 2014-09-16 13:10 | 本当に大切なこと | Comments(0)
戦時中の慰安婦の問題

情報に間違いがあった という社会を騒がす「訂正」に走っています
社会どころではなく「世界を揺るがす」・・・です

もしかして、
私達は一斉に、本当のことを知っているのに、
知らない振りをしているのかもしれません……

子供のころ、学生のころ、若いころ、少し前まで
単なる娯楽でしかない「映画」でこのことを連想させるようなシーンを何度となく見ました
勝新太郎、仲代達也とか鶴田浩二なんていう俳優の主演するような兵隊物や軍事物だったような気がしますが……????
何だったかは忘れましたが今でも鮮明に思い出します
大体、戦争ものには慰安婦、慰安所のシーンはつきもので
子供の私にはドキドキさせる見せ場のひとつでした

それらのシーンは決して甘く優しいものではなく、
荒々しく乱暴なシーンがおおよそでした
また、特攻ものでは、出征前の若者の命のほとばしりと死にゆくせつなさを表すためか
ほとんどの作品に慰安婦、慰安部隊の出てくる絡みのシーンがありました
それが、外地の戦地でのシーンにもあったことを覚えています
問題の「強制的な連行シーン」も設定されているものも少なくありませんでした。

さて、
こんな映画が随分出回って、そこそこの観客動員数もあったようです
これと「○○氏の発言」は別物でしょうが・・・・
慰安婦強制連行があっても不思議でない時代であったことを
なんとなく連想させます
何故? それらの映画をつくった監督達は慰安婦シーンを取り入れたのでしょか
全くなかった事実なら、これらの映画に不可欠な場面のように採用されるわけがないように思いますが・・・・・
私が、あってもおかしくない事実ではないか? と思うのは何故でしょう??
映画作品という作られた風潮に同調されているからでしょうか
その風潮はどうして作られてきたのでしょうか・・・
では、
今までどうしてそれらの映画が「国益を損なう」として取り上げられなかったのでしょうか
娯楽の少なかった時代を経てきた先輩の方々、多くの人がそんな映画を見ていることと思います
そして、「あっても不思議でない事実」として、戦時中にあったであろうことを承知していたのではないでしょうか・・・・
風潮に流されて・・・とはいえ、
「誰もが知っている表に出されない事実」みたいなものではないか
などと感じるのは罪なことでしょうか・・・・・

今でも、形を変えて性風俗は残っています
なんたって「性を売る商売は一番原始的な「商い」の始まりですからね・・・
(今では大塚、大久保辺りではどういうわけか外国勢がおおいに頑張っています??)
しばらく前には日本維新党の橋下代表が口にして問題になりましたが
誰でも知っている事実を
日本には「無いこと」 として葬ってしまいましょうという「知っている人達」の束の力は絶大であることを知りました。
今でも、事情の違いはあっても
「望まないながらも性に関わる仕事につかなければならない女性たち」がいる事実は事実です
軍隊の維持のために動員された慰安部隊 
それが演芸部隊であったり楽団合奏部隊であったり慰安婦部隊であったり
そんな映画のシーンや話を見たり聞いたり読んだりしたことがあります。
それらはすべて間違った「風潮つくり」なのでしょうか

実体験のない私達の世代では、
非人間的な戦場で何があったかは想像の範囲でしかありません
しかし、口伝される事実という事実もあるはず
「根も葉もないところに煙は立たず」の教えのように
まったく無かった話なのでしょうか・・・・・

今までの社会の流れを考えると
これを喋った人が全くの嘘を話したとはとても思えません
その人の流転の人生さえ暴いてまで嘘という確証が必要なのでしょうか
ならば、私の見た数々の映画作品はどうなるのか
その制作責任者である映画監督はどうなるのか・・・
作られた悪しき風潮は勝手に動き出して取り返しようがなくなります

あまりにも非人道的であった軍隊と戦争という体験が
戦争の悲惨さを「語らせなかった」のでしょう
私の父は寡黙な人でしたが
古い写真をみて私が(兵隊さんの時のことを教えて)と言ったとき
少しの話の途中で『戦争より軍隊というところが大変だったんだよ
軍隊を生き残れば戦争なんか なんのなんの』 
と言っていた笑い飛ばして話を中座したことを覚えています
子供ながらに(スゴイところを潜ってきたのだな、偉いなぁ~)
なんて妙に尊敬したものでした。

戦後生まれの団塊の世代辺りの年代くらいまでなら
本当のところをなんとなくでも知っているのでは・・・・
戦争体験のある80代90代の方々なら尚更のこと
テレビのドキュメンタリー番組などで語っていること、聞いていることは・・・
こうなったら本当のことも嘘の話もなにもあったものではありません

私の中にあった「事実」は今までの社会の出来事が作り上げてきた
「無かった事実」でしかないのでしょうか

日本という国は
真実・事実を伝えるべきマスコミの在り様、政治家の姿勢を含めて
「馴れ合い誤魔化し‣騙し合い・臭いもにはフタ」の国なのでしょうか
確かな信念に、信じて進み、間違いがあったら謙虚に認め、改める
そんな姿勢こそが世界の信頼につながるものと思いますが・・・・
小局に拘り、大局を見逃す 馬鹿な政治家には
こんなバカな私でさえ呆れます。

「みんなが知っているけど口に出さない事実」というものがあります
触れていけないことではなく触れて認めて改めるという勇気ある謙虚さも必要です
その例が、風俗・性産業は世界のどこに行ってもある という事実
これさえもないもの知らないことなどと言い切る稚拙な見せかけの正義漢では
その人物の器量が見え見えということです
慰安婦強制連行の事実の有無だけに拘っている間に、
それにまつわる世界の目を見逃す、その処理の稚拙さに
世界から日本という国の器量資質体質国民性自体を見抜かれて
相手にされない国になってしまうかも知れませんよ
大局はもっと違うところにありそうですが・・・・・

国を挟むそれとは違う
個人レベルでの国を超えた交友は
素朴で正直な人柄と、真実と謙虚さに支えられます

国同士だって同じではないのでしょか・・・
所詮、人と人なのだから・・・・


 

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by sportssmart | 2014-09-12 10:38 | 本当に大切なこと | Comments(0)
世の中は、どこに行っても、どこでもかしこでも
スマホ、携帯を握りしめている人ばかり
電車の中では、座席一列一斉にスマホに向かって
カチカチスルスルやってる姿は一種異常です

都会でも田舎でも、スマホを持たない子供、
ゲームに興じない子供は仲間外れのようです

親も、時代に乗り遅れたり、
仲間外れにされたらと心配してか
子供にスマホを与えます
猫も杓子もスマホ

何もすることのない時間を
ただボーっとしているのもイイものなのかも知れません
あれやこれやと、ボーっとして、思い巡らし、空想している中に
次のことが見えてくることもあるでしょう
想像力を働かすことや、相手や先を読むことや
次のことへの思いを描くことなど
機械でははじき出されない知力が湧いてくることでしょう

指先ひとつで情報が手に入り
手っ取り早い方法で解決が手に入ります
自分で考えることも、自分で獲得する労もないまま
何でも簡単に出来る世の中になりました
学力も何もあったものではありません
もしかしたらこの先
自分で考え工夫していく『学力』なんか
要らなくなってしまうかも知れませんね

空想の世界が、未知なることへの挑戦に繋がり
チャレンジに繋がり、失敗が成功に導くであろうに・・・

何ともなく、ボーっとしている時間って
貴重な時間ではないのかと思うのですが・・・・
電車の車窓に映る景色をボーっと見ている間に
あれやこれや思ったり考えたり
人と触れ合う機会があったり・・・・
自分を見つめる時間があったり気付く時間があったり
さて、やってみよう と動き出すタイミングがあったりで
空白の時間って いいものだと思うのですが・・・・

学力とスマホの因果関係・・・
なんて学問みたいなことやっているけど
人間の本質というものを知っていれば、
そんなことに理屈つけなくてもいいんだけどなぁ~

って思うんだけどォ~
その調査費って無駄とちゃうか???
文部官僚って、どの程度なのかね?
真顔で、これを解説しているテレビもどうかなぁ~って思うんですが・・・

人間は考える葦である 
なんて言った哲学者がいたが
最早、人間は、考えることは不要な動物になったのかな??

バカやね ニッポン!

ひとつ救われるのは
世の中の浮つきに振り回されないで
しっかりと自分の子供に向き合っている
数少ない親御さんもいるということです

ガンバレ、若い親達!




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by sportssmart | 2014-09-05 11:24 | 本当に大切なこと | Comments(0)
ここ数日、
親のあり様で潰れていく若者がいることをこの目で、間近に見て
この世の無惨を感じました。

子供が引きこもりになったり、○○異常になったりは
家系や遺伝、学校や社会、他人のせい にしてしまいがちですが
全ては生まれてきた子供に親がどう接したか、
親がどうだったか二人の親がどうだったか 
にあることをまざまざと目にしたのです

校門に生首をさらした事件や、近くでは、
佐世保の少女が友人を殺した猟奇な事件がありましたが・・・・
小さな時の、その子等の様子はいたいけな子供であったことには
変わりはないはず・・・なのに、いつか、どこかで、おかしくなって
異常の世界に入っていったのだろうと
その子等の心の叫びの声もきいてやりたく思えます

どんなに親が良かれと思って、甲斐甲斐しく世話をしたところで
それが子供にとって大きなストレスになることだってあります
親の手が届かない不足を大きなストレスに感じることもあるでしょう
絶えず口うるさい世話焼きは親の満足で、
子供の逃げようのないストレスになることだってあるでしょう
異常なほどに親に依存したり反発しながらも親から離れられなかったり・・・
親は、いくつになっても自立できない子供に異常を感じ世間から閉じ込めてしまいがちです
内を向いた子供はなかなか外へは反応できません
親の、自分のしてきたことやしていることへの気付きや認めが無かったら
親は自分のしている過ちに気付くこともできません
聞く耳を持たない頑なな親ならば尚更です
この頑なな親こそが社会的側面からは異常そのものなのですが
自分こそが正常という強い自負心に溢れているから手のつけようがありません
正常から異常に大きく変化しようとしているその姿に
心療内科や神経科、精神科にかかり「病気」として解決しようと躍起です
決して病気なんかではないのです
内向、引きこもりが続けばその先は社会と隔絶された異常の世界へ入っていくことは目に見えています
長い引きこもりが、ある時から顔の形相も変わり、
明らかな異常と異常行動に変化していきます
正常と異常の分かれ道で心を塞いで苦しんでいる青年が、内ではなく
外に出たとき、何かしらの異常行動に走らなければいいが・・・・
既に物事の判断が非社会的判断に偏りかかっているその姿に
自分の手が及ばないことにも悲しみを感じます

明らかな異常が発覚しなければ社会は予防も対策も隔離もできません
その危険を感じながらも最早手の打ちどころなく恐れているのは
そこまで追いやったことにさえ気付かない母親や父親だけかも知れません
子供の成育に親のあり様がどれほど大切かを痛切に感じます
貧しいか金持ちか片親かなんかの問題ではありません・・・・
どんな環境、どんな状況にあっても親のあり様が子供のあり様に大きく響くのです

テレビでは事業所内保育園の設置が社会の進化につながるというニュースです
働くお母さん・女性の自立・・・
は経済社会、成熟社会では囃されることかも知れません
子供達に生育の過程で必要な時期に、必要な愛情との出会い、経験の出会い、いいモデルとの出会い と必要な時期に必要な教育が無ければ、子供はいつ感じ、いつ学ぶのでしょうか
私の世界の中で、
今までになく恐ろしい現実があることを目にした数日でした。

日本中に、いい出会いの不足から
世間と隔絶された状況に追い込まれ、
ついには異常の域に入っていく子供達、若者達が増えてきています
もっと、単純で簡単なところからやっていかなければ
そこまでに追いやられた子供達若者達が可哀想でなりません

動物だってライオンだって
子育てには愛情という本能が働いています
そして、巣立ちのための厳しさも、群れの中で生き抜くためにも
野生の中で生きていくためにも
子供を、その中で立派に生き抜かせるためにも
愛情と厳しさが本能として身についているのです

人間も動物のひとつのはず
動物にも劣る、過度な愛情であったり過度な厳しさであったり・・・
文明文化が成せる副産物なのでしょうか・・・・

助けてやれない異常へ傾く青年
これが、親の老いとともに野放しになり、
ニュースの種になるのでしょうか・・・・・
見えないところの危険を見た驚きは解決の仕様のない大きな驚きです。

前例の見ない異常な猟奇事件が多発するようになってきたその元はどこにあるのか
世間が児童預かり所、児童保育学童保育、社内保育所幼稚園
と子供の居場所つくりに躍起になって女性の社会進出に応援している間に
子供が真に必要としているものは何かということが
見失われているようでなりません
それは、私だけでしょうか・・・・





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by sportssmart | 2014-09-03 03:00 | 本当に大切なこと | Comments(0)

南瓜、タダのカボチャ・・・・・・・ではありません

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おもちゃカボチャ
っていって、両の掌にすっぽり入るくらいの小さなミニサイズです
  
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美味しくて、これを食べると幸せになるんだそうです

暫くご無沙汰していた叔母さん叔父さんのところに寄ってきました
みんな相当に齢をとって、よぼよぼにヨレヨレになっていましたが
しっかり寄り添って仲睦まじく暮らしていました
めったに会ったことのない従兄弟たちも大地に足をつけて明るくたくましく夫婦家族元気に仲良く暮らしていました
そして、
「お前、スキーやってたな、ちょうどよかった、裏の山やるわ」って
こんなものまで貰ってしまいました。↓
一銭の財も持たない私としては
「えっ? いいのホントに!くれるったってェ~????」
というところです
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何も無い山の中に、どこまでも広がる空の下で
先祖が切り開いた土地に足をつけ、親達の拓いた畑を守りながら、
土を耕し、作付けをし、果樹の木々を育て、
夫婦ふたりで天気に振り回されながら作業を急ぐ、
何ぁ~んともない毎日の中で暮らしているその姿は
誰も気づいていない「幸せ」そのものでした

日常にある「幸せ」
その大切さに気付くのは
いよいよ喰えなくなってから なのでしょうかね

人間、喰えている間は不平不満ばかり、欲することばかりで
「今そこにある幸せ」に気付くことはそうそうに無いものです
いよいよ喰えなくならなくては
何が大事で何が大切なのか
何がいらないものなのか はよくわからないものです

孫子に残せるのは、幸せの何たるか ではないでしょうか
棺の前で、その人の生きたその生き様に触れて
その人が本当に幸せだったのか、不幸だったのか
そこにあった姿形や名やモノ・金ではない、その人の生き様で、
ホントウに幸せな人生であったのかどうかを感じて
人の幸せの何たるかを感じるでしょう
いい生き方を通して、いい生き様を残して
いい死に方をして、後に続く子供達孫達に
幸せのホンモノを残したいものです

人と人の縁
「人」こそが「財」であることを身をもって知る少し早目の夏の終わりです



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by sportssmart | 2014-08-23 16:02 | 本当に大切なこと | Comments(0)
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La Rentre'e(仏語:癒し、休息、回復、復帰、復活などの意)
一夏の回避から街に復帰する準備期間に入りました
遥かに仰ぐ山々の勇姿に心が洗われ、ずーっとこのままここにいたいような気になれば、
反対に、山の中の、世の中の隅々にまできている酷いことに心を痛めます

山の中でも、ちょっとした間にドロボー!
2078mの山に登っていい汗かいて、いい気持で降りてきた登山客
やっと麓についてポケットの小物を取り出して財布も取りだして身近に置いて
泉の湧き水で喉を潤し手を洗って車に戻ったところで財布を忘れたことに気付いた人がいました
やおら、戻ってその場所近辺を探したところ見つかりません
さぁ大変、
財布の中にはクレジットカードや帰りのフェリーの切符その他諸々が詰まっていたようでした
中味のお金はもとより、帰りの切符カード諸共失くしてしまいました。

入山ゲートに入山時間下山時間の記入をしてもらって、登山者が無事に下山していることを確認するのが仕事のひとつですから、ちょうどその時間帯に下山して同じ水場にいた人は誰かはリストをみればすぐにわかります
その時間帯に降りてきた人は4人いたのですが、その一人一人に「忘れ物のお財布を知りませんか?」と聞くわけにはいきません。ひとりなら一目瞭然なのですが……

その方は、折角の旅と登山が台無しです
電波の届かない山の中でのこと、電話連絡もできません
山を下って近くの警察署に届けるにも時間のかかることです…
自失茫然とするその方にかける言葉もありません

山に登って澄み切った景色に心をやり、きれいな空気を吸って、いい気持になろう
なんて、澄み渡るきれいなものを求めての山登りに来るだろう登山者
今頃の登山者はそんな純粋なことではないのですね

入山下山の管理小屋を覗いて「何か売ってないか?コンビニはどこか?自販機はないか?」
と図々しく上がり込んで来る登山者もいます
こうして、ドロボーもいます。
わざわざこんな山奥まで、怪しまれないように登山者の格好をして来て、
駐車場で車上ドロボーを働く者もいます

都会の喧騒と人との疲れから逃れ、新しい力を取り戻そうと山に魅せられる人もいます
人を疑わず、簡単に信じてしまう純な人達もいっぱいですが
山を愛する登山者だからといってピュア―な訳ではないのです

山を守る人達にしても、山を愛して、山が好きで、人が好きで、生きている命のほとばしりが好きでやっているわけでもなく 単なる「食い扶持」のひとつでしかない人達で仕事が進められています。
山で困っている人がいたら助けるのが登山者の安全を守る仕事であるように思われるけど
「深く関わらないように…」というのが鉄則です
二次災害があって責任を追及されたら困るから……
これが国の予算を使ってやっている林野庁の職員指導の基本です

登山者のドロボー、山深いところまでも当たり前のようにコンビニ、自販機を求めてくる登山者
国民の安全や救助が使命であるはずの国家公務員の仕事振りの内実・・・・・・・

どうなっちゃってんの?って、
この国の奥深い真髄を覗いたような気がする一夏です

国民休暇のあり方、観光のあり方 暮らしのあり方、子供の育て方・・・
どこかで何かの「真髄」を考えてみる機会が必要ではないのでしょうか・・・・・


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by sportssmart | 2014-08-18 09:24 | 本当に大切なこと | Comments(0)
7月29日(火)
昨日今日のビッグニュースは長崎県佐世保の高1の少女が友達の命を奪った壮絶無惨な事件
ニュースからの情報の範囲では
命を奪われた友人の恐怖と無念さは計り知れないものの
考えられない狂気に及んだその少女の心の軌跡がうかがわれます…

15歳16歳になるまでに有るべき時間と経験、出会うべきこと、出会うべき愛
それがどれほど奪われてきたのか・・・・
小さな子供では選べないことがあったのでしょう・・・・・
心が曲がり崩れていく過程があったのではないかと
同情の念にも駆られます

もし、家庭の温もりがあったなら
もし、最愛の親との死別がなかったら
もし、父親との関わり方がちがっていたら
もし、お金持ちでなくて、もっと庶民の暮らしに近かったなら
もし、ひとり暮らしでなかったなら
もし・・・もし・・・・
この子には不足するもの、不足することがあまりにも多かったのでしょう

生まれてきた子供が
最初から「悪」を持っているわけがありません
そこに至るまでの何かがあったからこそ
そこに至ってしまうのでしょう

それを思うと
とても可哀想な思いがするのですが・・・・

他と違うからといって差別区別されることはないのに
卑屈になってしまうことはないはずなのに
私は違うんだ! という被害意識が湧いてくるのも仕方ありません
あまりにも愛情が不足していたのなら・・・・

命を亡くされた側、奪われた側の悲しみ苦しみは計り知れない大きなものです
その反対側で、身近にある不足するもの
その中に居なければならない年端もいかない力ない子供の心にも思いを寄せなければならない社会問題であるような気もします。

ニュースは類をみない狂気な事件に一方的過ぎるような気がします
ある意味、日本社会の教育循環の歪の一部でもあるかも知れません
社会的立場も経済力も高い位置に属する家族構成が決して豊かな愛情で暮らしているとは限りません
貧しい暮らしが豊かでないかのように言い表される世の中ですが
その小さな暮らしの中にどんな豊かさがあるかが大切です

そんな穿った日本の風潮の中で
幸せとは・・・という価値観がズレていっているのではないでしょうか・・・・
TVの報道も ものの核心ことの本質に触れてくれたらいいのですが・・・・


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by sportssmart | 2014-07-29 12:14 | 本当に大切なこと | Comments(0)