Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

カテゴリ:本当に大切なこと( 127 )

新幹線が本州と北海道を結ぶ夢の懸け橋が繫がろうとしています
これにまつわる、観光客の呼び込みにどこもかしこも必死です
経済効果に過度の期待と夢をみて、欲の張合いが始まっています
日本人の本質はやっぱり これ なのかねェー
この一部の日本人の「欲の先走り」があの悔いの残る戦争に走らせたのだからね~
反省もなにもあったものでなく 平和ボケした今、昔に逆戻りや
元の木阿弥 やネ!

この新幹線の開業に合わせて廃っていく町、地域もあろうというものを・・・
もうちょっと違う見方喜び方がないものかと ちょっとうんざりする思いが走ります

なんだか 欲の塊みたいな、饅頭に群がる餓鬼みたいな感じで
嫌ゃ~な気持ちにさせられました

2020年に来る東京オリンピック
その前の年のラグビーワールドカップ
それらも関心の持ち方は似たり寄ったり

もっとその先に生かせる活かし方があろうというものを・・・
スポーツが娯楽のひとつであることは変わりはないが
このスポーツを通して、国のあり様をいい方に引っ張っていくこともできるだろうに・・・
スポーツには素晴らしい教育的な側面が含まれているのだから・・・
口先だけの上辺だけの口上ではなく
もっと本質的な、スポーツがもつ教育性を活かして
子供達を導かなくては・・・
この新幹線に群がる欲の塊みたいな争奪戦に終わってしまいますよ

まったくゥ~ 日本人の本質って やっぱり金金の欲の塊なのかな?
名前肩書ばかりが先になり、裸の自分になった時に何ができるか
何の肩書も名も無いひとりの人間になった時が勝負やで
そんなに欲の突っ張りに走ってどうすんだ?

もっと、ゆっくりやれんかねェ~

ときのクラーク博士が言っていたではないか

More Slow, more Rest ! ってね

各地の自治体の長(オサ)達よ
自分の町が生きる術をもっとゆっくりもっと大きく考えてみてはどうだ
末永く子孫に残せるものはモノ・カネ だけではないぞ
そんなものは直ぐに朽ちて消えていくもの
不偏の価値を残さなくては・・・・・

あっちを見てもこっちを見ても 欲の塊 ばかり
もっと大切なものを大事にせねば・・・・
人は宝、人は垣根・・・って言うではないか

そういう自分も目先のトクには目が眩む時もあるけどね
一時の欲に負けないように
ゆっくりゆっくり、清く、正しく、美しく や なんてね
そんなことしていたらそのうち死んじゃうね
やっぱり、欲が先かね????

そんなの 嫌やねェ~







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by sportssmart | 2015-03-05 19:14 | 本当に大切なこと | Comments(0)
中1上村君殺害のこと
酷い出来事です
こんなことが……あっていいのだろうか・・・・
目を、耳を疑ってしまうような
ありえないことが平気で起こる世の中になりました
それは何故?どうして????

戦後間もなく生まれた私達の世代
平和ボケしたころに生まれた子供達
平成生まれの子供達
もっと昔のサムライの時代に生まれた子供達
長屋住まいが当たり前の貧しい時代に生まれた子供達
みんなが「同じ」平等感覚の最近の子供達
いつの時代でも、子供の世界はそんなに変ってはいないのではないでしょうか

いたずらっ子がいたり、いじめっ子がいたり
兄貴分がいたり弟分がいたり、ボスがいたり使いっ走りがいたり
弱虫がいたり泣き虫がいたり・・・

気心の許す仲間と一緒に万引きしたり泥ボウしたり(ちゃんとバレて叱られて、散々懲りてきちんと反省したものです)
くそ真面目で賢いけどひ弱な仲間の代わりに喧嘩を買ったり
他校の生徒にやられた仲間のために仲間を集めて殴り込みに行ったり
五寸釘を線路の上において列車に踏ませて先のとがった鏃(やじり)を作って
葦の先に括り付けて弓矢にして打ち込んだり
ホンダスーパーカブなんていうバイクが人気を呼んだ頃には
そこらじゅうに停めてあるオートバイに合いカギを合わせてみて
偶然にも合ったバイクに共犯の友達とまたがって、盗んだ気持ちもなく乗り回したり・・・・
(上手く出来ているもので、すぐに補導されて反省文を書かされて・・・しっかり反省しました)
喧嘩もしたけど、知らないうちに喧嘩の相手と仲良くなっていたり
(この友達は後々大親友となるのですが若くして早死にしてしまいました・・・)
仲間が困ったといえばありもしないパーティー券を売ったり

思い出せばあるはあるは・・・・考えられる範囲の悪さはよくやったものです
みんな、それなりにあっちでもこっちでもバレないように
しっかり見え見えにバレているのに、知らないつもりは自分達だけで
やることなすことトンチンカンで、それでも悪いことしてるような気持ちもなく平気でいたのだから平和な時代でした
何より、そんな子供でもちゃんと見守られていたのです

そのちゃんと見守られていたことはずいぶん後になってわかるのです
大人になって少し賢くなってから……

サムライがまかり通る時代なら、
士農工商の身分制度の中でも、子供の世界はみな同じで、武士の子供も農家の倅も一緒に遊んだんだろうことは予想されます
時がきて、身分の違い、身持ちの違いで住む世界が分かれていったのでしょう

今は身分の違いはないのです
若干の貧富の差でその心持は違うかもしれないけれど
多くの子供が通う「学校」という世界では貧乏も金持ちもなくみな同じです
その中で「仲間」「友達」の世界ができ、いろいろな関係試練がうまれ
小さな世の中を体験しながら 何が良くて何が悪いのか、許される範囲はどこまでか 等々の関係性や社会性を身につけていくのです
子供を育むのは家庭学校地域などと言ってすべてを理詰めにしてしまう賢い人達ですが
そんなもんではなく
子供は子供、その中で育っていくのです
子供同士が仲間を労わり、助け、助けられ、認め合い、傷つけあいかばい合い、付いて離れての繰り返しの中でその関係性がつくられていくのが時代が変わろうと変わらない子供の営みではないでしょうか

大人が見抜けなかったサイン・・・・などというけど
自分が子供だった頃、そんなに簡単に自分のあり様を表現できただろうか・・・・
そんなに簡単に助けを求められただろうか・・・・・
そんなに簡単に自分の悩みを打ち明けられただろうか
そんなにスムースな友達関係だっただろうか…・・

時間が経って、大人になって、いい歳になってふと振り返る時初めて子供の頃の自分に気付くものです
多くの人は、酷いことだの悪いことだのと善人ぶったことを言うけれど
自分の子供の頃はどうだったのだろうか
あまりにも小さくまとまりすぎて悪いことのひとつもしなかったからなのか、出来なかったからなのか
勉強ばかり塾通いが忙しく、外にも出ないで家の中にこもっていたのか
お坊ちゃまお嬢ちゃまで外の世界に触れることもなかったのか・・・

そんなわけはありません
みんな子供のときがあったのです
自分の子供に「いい子」であれと求める前に、自分はどうだったのかを思い出してもらいたいものです
大して出来のいい子供ではなかったはず……
みんながみんないい子でいたならこんなに物騒な世の中になるわけがないだろうに……

子供の頃の自分を思えば
いつどこにでも反れてしまいそうな危険はあるのです
それがクネクネ曲がりながらもちゃんと真っ直ぐ育つのですから世も捨てたものではありません

どうしてこんなことが起こるのか
曲がりながらもまともに育った私には理解に苦しみます
同じようなギリギリの悪さは図り切れないほどやっていた子供の頃の自分が懐かしくも可愛らしく思います
それは、経験の中で「許せる範囲」をちゃんと、本能的に身につけてこられたからでしょう

この「許される範囲」を知らないまま大人になっていく子供達
これが大人のせいであったり社会のせいあったりに転嫁してしまうのは早計の様に思います
同じ時代を生きてきた世代の中にも カァッっとなって「許される範囲」を超えしまう人もいます
止まるところを知ってはいても越えてしまう、人間としての自覚が希薄なまま大人になってしまったのでしょう
この頃は「許される範囲」を知らないまま育つ子供達もいます

人間は、本能的に「許されること」と「許されないこと」を知っているはずです
この「理性」の範囲を超えてしまうバイオレンスという「本能」の世界に入ってしまうのは何故でしょう
罪と罰がもっと明確であれば子供達は何が良くて何が悪いかを学ぶでしょう
(例えば、政治家の行い過ちにあまりにも曖昧すぎる処遇はこの国の大きな指標になっているかも知れません)

娯楽にしても 情報にしても ITツールにしても、マスコミにしても
していいこと・してはいけないこと、作っていいもの、悪いモノ
人に子供に見せていいものわるいもの などなど全くその区別のない世の中になりました。

悪いことをしたらゲンコツがあった時代
悪いとは思わないでする子供の無邪気な行いに親や大人のゲンコツがちゃんと教えてくれることがありました

子供の世界はいつだって可愛らしくもあるけど残酷でもあります
そのメカニズムさえ知らないで、自分はまるでいい子だったみたいに子供にいいことだけを求めすぎる今の世の中です 
自分の子供の頃を思い出して
もっと単純に、シンプルに子供の本心本能を思い知ることが大切です
直ぐに学者や専門家?が知った顔してトンチンカンなコメントをしている姿に馬鹿らしくなります
もっと、庶民で、もっと生活者の目で実際を見ることが必要ではないでしょうか
専門家?は本当は、地に暮らすただの人の中にいるのでしょう
役人官僚、文科省・教委の堅物が出来ることではありません
その声をこそ拾わなくて、この先の解決の道はないように思いますが・・・・

あまりにも子供の実態からかけ離れている社会の目(テレビの目・エリート?官僚の目・マスコミの目)には呆れます
ニュースキャスターの知ったかぶりの余計なコメントは要らないっていうの!
もっと、世の中に長けた人の声を拾ってみてはいかがでしょう

多くのみんながうなづくことでしょう・・・・

イギリスの文化の中に
「ラグビーは子供を紳士に育て、大人には子供の心を蘇らせる」と言われる言葉があります
大人に子供の頃を思い出させる、いつまでも子供のときの心を忘れない という純粋さが子供の理解と導きにつながることでしょう。






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by sportssmart | 2015-02-27 19:37 | 本当に大切なこと | Comments(0)
2カ月前は去年の12月
シーズンが始まってまだ3月も終わってないのにもう春の声が聞こえそうです
3月の声を聴けば直ぐに春
春・木々に緑がつき花が咲けば直ぐに夏
夏が過ぎれば直ぐに秋、秋になれば直ぐに冬
季節はあっという間に過ぎていきます
冬が続けば春を待ち、春を迎えれば直ぐに夏を待ち
夏が終われば冬を待ち………

なんだか、いつも次を次を と次を待っているものです

四季のない国の人達が「冬・雪」を憧れて訪れます
季節のない人達は何を待っているのでしょうかね…・・・

スキーを教えて喜んでもらってナンボ の仕事をしていますので
自然の織りなす様々な状況がいろいろなことを教えてくれることをしみじみ感じます
ターンを教えるとき
自然がなす地形の変化、地球の重力、遠心力 に耐えながらジワ~っとターンの感触を待つということがあるのですが
それはなかなか教えにくく感じさせにくく、表現しにくいことなのですが……(それを上手く伝える(英語フランス語などでね?)のが仕事なのですが・・・)
重力が成せる落下スピードに耐えて待つのは勇気のいることで簡単に出来ることではありません
自然の中で遊ぶスキーですので、いつも「自然の摂理」と歩調を合わせることが必要です
自然の成せることに上手く合わせて・・・
骨と筋肉でできている人間がこの肉体を上手く合わせるには神経も大切な役割を果たします
運動神経ばかりでなく、視覚から映る恐怖心にも勝たねばなりません
皮膚に感じるスピード感覚にも勝たねばなりません
心に感じる恐れ(不安)にも勝たねばなりません
怖くて待ってはいられないのが普通です
でも、これを越えて克服して初めてターンの心地よさを感じるのです
この心地よさがたまらなくて、次はあの山、次はあのコース と次々の挑戦の喜びがスキーの魅力を誘います

天気が悪くて、今日のスキーを待つこともあります
真新しい新雪にわれ先に飛び込むこともあります
急斜面で、微妙にターンのタイミングを待つこともあります
待ちきれず急ぎ過ぎて転ぶこともあります
斜面が怖くて待ちきれずにターンを急ぐこともあります
待つ タイミングを外して暴走する時もあります
地形の変化に負けて弾き飛ばされることもあります
織りなす自然条件とピッタリ調和して滑り降りる自然とのハーモニーは格別に爽快です

自然は、自然の中で、スキーで、「待つこと」の絶妙さを教えてくれているようです
それは、人それぞれの感覚で、本能とでもいうのでしょうか
習って教えてもらって出来ることではありません……
自分でつかむものなのです……人それぞれにその感覚条件は違うのだから

この「待つ」と「する」のタイミングをどうやって解らしめるか??
それはそれは奥が深く、とても魅力のあることでもあります
上手く「待って」上手くはまったとき、その喜びその快感の扉が開かれるときは最高です

地球の重量、遠心力に耐えて、ターンを「待つ」
春を待つ、次を待つ 何か、どこか通じるようなものを感じます

こんなことをしているせいか
次々にいろんなことが起こってもじっくり待つしかないせいか
焦っても仕方ない と腹をくくっているせいか
この頃はなんとゆっくりしていることか

自然が教えてくれる「待つ」「待て」「待てば」……なかなか味わいのあるものです
貴方もスキーに一度訪れてみてはいかがでしょう
「待つこと」に強い必要があって苦しそうにこのブログに辿り着く人たちの多さに心を痛めます。

山の中で高い空の青さに、ゆったりした白い雲に、真白なゲレンデに
のんびりと幸せを感じる時間が流れる解放された時間を味あわせてあげたい気持ちです・・・・
新しい力を生むための時間が「待つ」時間です
死を待つにしても終わりを待つにしても、次の何かを待つにしても
神様は、待っている間に新しい力を生む、そのための「待つ」時間をくれているのでしょう
急がないこと、恐れないこと、懲りないこと
スキーの上達のヒントはここにあります
なんか「待って」いるあなたに当てはまるでしょ?
自然が教えてくれることはいっぱいです。

では、お元気で。




 

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by sportssmart | 2015-02-22 22:06 | 本当に大切なこと | Comments(0)
何の利害もない、国を超えて、幸せなひと時を過ごす写真を掲載できないのが残念ですが……


香港から初めてここを訪れたお客様と2日間一緒にスキーを楽しみました
何回かスキーの経験はあるようで全くの初心者ではありませんが、それでも、まだまだ……
8才の男の子はとても子供らしいスキーレベルでは日本の同世代と何ら遜色のない上手さです
一日中滑りまくって、食事を一緒にし、会話をし、笑い、戯れ、親御さんとはいろいろなことを話しました。
こんなことは初めてのことではなく、毎日のように繰り返されています
毎日毎日、時には3,4日、1週間以上に渡って行動を共にすることもあります
スキーの話は勿論、スポーツの話、天気の話、学校の話、国の話、暮らしの話、仕事の話、世間話、触れてはいけないように恐る恐る政治の話に及ぶこともあります
でも・・・・考えていることはみな同じです。
買い物、物売り・・・経済効果、お金お金って大騒ぎのテレビニュース・・・・・
でも、実際はそれがすべてではありません

そのことを多くの人は知っているのでしょうか・・・・・・
子供に日本の文化に触れさせ、動物園に行き、水族館に寄り、流氷を見せ、自然の違いを感じ、
人の暮らしを知り、異文化を感じさせ・・・・人と触れ・・・新しい世界を感じさせ
その先を願い・・・・
親の思いはみな同じです・・・
出来るかどうかは別にして・・・・

悪戯に裕福層だけがなだれ込んでいるのではありません
日本を訪れることに価値を見つけているからです
テレビの中の「春節」とは違う春節の利用があるのです

日本の「春節騒ぎ」を知る人の多くは、このことを嘆いていました

日本に憧れ、日本を訪れ、持ち帰るものは持ちきれないほどの「モノ」ではない人達がいっぱいいるのです

私のすることは直ぐに現ナマに化けるモノ売りではなく
お金にならない人と人を結ぶ「時間」です
それを生むものがスキーであったり、雪山であったり・・・テーブルを囲む団欒であったり

どのテレビニュースも中国の春節爆買いツアーと、こっちにもこっちにもと経済効果に飛びつく人呼び合戦ばかりです
国と国を往来する観光訪問がもたらす、その先にあるものは何か・・・を能々吟味して
観光立国のあり方を考えてみる必要があるでしょう

オーストリア、そこに行くのに立ち寄ったドイツ・ミュンヘン、デュッセルドルフ、
オーストリー・ザルツブルグ州のエッタール(谷間)にある山岳観光地ツェルアムゼー、カプルーン
国境に接するフランスグルノーブルシャモニーの山岳観光地
観光立国ニュージーランドの首都・ウェリントン、日本人修学旅行になじみのあるオークランド
温泉地と名高いロトルア、田舎の良さが広がるコロマンデル
サッカーで人気のブラジル、人種のルツボのサンパウロ、サッカーの神様ペレが所属したクラブで知られる、コーヒーのメッカ・サントス
どこに行っても、観光地ならではの物売りありましたが、日本ほどの経済効果に躍起に走る国ではありませんでした
多くの国からの訪問者を迎えて観光立国として成していこうとすることのもっと奥深い核心を知っていたかのように何の無理もなく人と人の交流がありました
経験を通して,空気を通して感じ学んだことは数知れません

一方では、国レベルの経済レベルで、政治レベルで、教育レベルで人を識別する風潮があります
心のどこかでその国の人や暮らしを軽んじて、その人たちが持っている財布の中身だけに平伏している卑しい日本を感じます


誰にでも同じで、誰とでも同じに……
政治レベルとはちがう、市民レベルの何の問題もない付き合いがここにあります
日本以外の多くのアジアンに共通する「春節」が運ぶものは
モノに群がる姿、売り上げに躍起になるそのことではなく
もっと大切なものがあるようです

誰も、核心に触れない、触れられない この国です
巨大政党がなす一方的判断のように、小さな力は力ではありません
学校でも、会社でも、子供達の世界でさえもそのように、
核心に触れようものなら、変わり者で終わってしまいます……
誰かが核心に触れなければ
みんなが思っている、知っている真実はそのまま搔き消されて何もなかったかのように過ぎ去られていくのが世の常です。
さてさて、
アジアの春節をどのように生かすか……
もののあり様を今一度考えてもらいたいものです……

空高い青さと真っ白い雪山の中で、香港上海北京と中国あちこちからの観光客と
オーストラリア、NZ、時にはポーリッシュ(ポーランド人)サウスアフリカ、UKなどなど世界のあちこちから訪れる観光客スキー客と共にするひとときが、テレビニュースとは全く別の世界を知らせてくれます

日本という国の、
マスコミの関心ごとの
核心を見られない、見ようとしない、薄っぺらさに
ただの日本人として嘆かわしく、悔しくも、残念さを感じます

大切なことを伝える・核心に触れる
Committed to the Core
に拘りながらも、何もできないのが現実の厳しさですが
ここでこうして人と触れ、真実はひとつであることの実感を持たせてくれる時間があることに喜びを感じます

何んとか、この真実を、この現実を 伝えられないものだろうかと考えさせられる毎日です


遠くに山脈・大雪山連邦十勝岳を仰ぐ
富良野より

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by sportssmart | 2015-02-19 22:39 | 本当に大切なこと | Comments(0)
2015年1月27日

この「スキーレッスンで飯を食う」という職種はシーズン真只中で、
ありがたいことに、まだまだ忙しい日が続いています。
休みが欲しい・・・ことと、休みが取れる・・・ことは、痛しかゆしで
休みがあるということは収入がなくなることで、
休みがないということは疲れが取れないということで
下手に休みがあると、リズムが狂ってしまい 
英語の会話力もテンションが下がります??
一種リズムというか、勢いみたいなものがあって、
英語漬けの中に時折日本語が混ざると、調子が狂ってしまいます。

さてさて、
英語思考で暮らしていると可笑しな日本が見えてきます
人であふれているホテルのロビーも、ゲレンデも日本語、日本人は極端に少ないのです
TVでは海外からの観光客誘致による経済効果に躍起な姿が伝わってきます
観光地は外人観光客で埋まっています。
楽しそうにはしゃいでいる外人観光客を目にしながら
日本人の多くの人が、この潤いを享受して心豊かな時間を過ごし
ゆとりある暮らし方を出来るようにもっていけないものか???
と。しきりに考えてしまいます。
先ずは自国民の豊かさの創出を考えるべきではないかと-・・・
先ずは、地域の人が、日本人が、スキー場に足を運び、観光地に出向き、休日を家族や恋人と一緒に楽しみ・・・
それによる経済効果も出て・・・・とはいかないものか・・・

イスラム国の日本人拘束・処刑殺害のニュースに狂気の驚きが走りますが
手の打ちどころのない国、日本の丸裸の姿が暴露されましたね?!
全てを「金」で解決してきた国日本と、それに慣らされてきた国民・政治家達です
拝金主義の日本が出来ることはモノやカネでの解決
職に就くにも、学校に入るにも、仕事を得るにも何にしても金で片付けること
金でどうにかなること、金でどうにかしてきた日本です
お金(勿論産業力貿易力などを含めて)が無かったらこの日本は何ができたのでしょう
弱虫やいじめられっ子がガキ大将やいじめっ子に菓子や土産をもって仲間に入れてもらおうとするように、「媚て」自分の存在を保ってきたのが日本だったのではないでしょうか・・・・
誰も本当のところを言わない、触れない日本人です
もし、そんなことを口にしたらなんと言われるか・・・どうなることか・・・日本という国は自由な国であるようで実は恐ろしい拘束社会かも知れません
本当の主張は出来ない国かも知れません・・・・
誰かが先陣を切ったらその後からノコノコついていく…みたいな姑息なことがまかり通って来た日本であったかも知れませんね
世界中で唯一つ、戦争の(原爆の)悲劇を受け、その敗戦から多くのことを学んだ日本です。
このことこそが、日本の大きな力と財産でしょう
この、どこの誰もが体験していない大きな痛手の経験を活かして、世界に命の尊さ・小さな暮らしの大切さを訴えられる国は日本です。
このことに資金を使うべきときです。

北朝鮮に拉致された自国の国民のことはどうなったのでしょう???
イスラム国に拘束された自国民の救済はどうなるのでしょう
自衛隊の毎日の訓練や特殊訓練は何のためにやっているのでしょう
絵空事に大金を使って、いざというときには手も足も出ない小国日本の図柄が笑い話のように思えてなりません。
スリル満点の映画の捕虜奪回ストーリーのようにいかないまでも
犠牲を強いても自国民奪回への毅然とした態度処置は「国」としての必須条件と思うのですが・・・
仕事柄、パスポート(いまは期限切れの)をいつも携帯していますが
このパスポートに書かれている「このパスポートを所持する日本国民の安全を守ってください」という国としての「保障」は無いに等しい国であればパスポートの意味がなくなるわけです・・・
いくつかの国を訪れ、いくつかの国々の方々と触れ合い、
こうして、海外からの方々と時間を共にしていると
人・国ということにもっと大きな視点が湧いてきます
こんな、田舎の山の中で細々と暮らす一介の民間人の私がそんなことを感じるのですから
もっと、世界に通じている政治家官僚達、学者達は感じているだろうし知っているはずです・・・・
加えて、
介護社会に向けて海外からの介護士(介護者)導入を考えているとのこと
自国民の介護を外国人労働者に任せようとは・・・・・
これも外国人を安く使って介護産業で一儲ってことではないのか??
自国民を自国民でいたわり、育み育て、見守り、お世話して・・・・という国民のホントウのところでの人柄・国民性・豊かさをつくり育てていく施策の発想はできないものなのかと呆れます。
金で解決、金ですべてが出来る という自惚れが
介護の外国人労働者の導入などという安易なことに直結しているのでしょう
大体、外国人労働者に対する蔑視というか馬鹿にしている感覚が見え見えです。
こういうところにも相手に対するリスペクトのない自惚れ日本人が現れているようでなりません。
人の生きる、人の住む世の何たるかを知らずして、
実のある金の使い方を知らずして政治を司り施策をいじくりまわす政治家官僚
何とかならないものか と呆れるこの頃です。
言うだけ、書くだけの学者達、先生達
言うだけ、書くだけならちょっとペテンのキレる奴ならだれでも出来るって!
だからセンセイが嫌いで先生って言われる世界を飛び出したんだけどね
先ずは、自分でやってみろって!
先ずは、実践あるのみ、

I don't like lecture.
(ごちゃごちゃ言う理屈(講義)は嫌いや)
I do good demonstration, I do good model. Look at me be careful and follow me.
(よいお手本を見せるから、(私を)よく見て,ついて来て)
I do. You do
(私がやる)(お前がやれ!)

これが何の力もない、私の全てです
誰も見てない処で誰にも知られずコツコツやるってのは大変だけど、
何ものにも束縛されない満足感幸福感があるもので、
少なからずハッピーです

But, I choosed happy life, same time choosed poor life.
でもね、ハッピーライフを選んだのと同時に貧乏暮らしも一緒に選んだんだよ

これに対して外国人の答えは
Happy life is good.Poor is no problem.
(ハッピーライフはいいものだ、貧乏は問題ではない)

ということです。
ここんとこの感性が日本人のそれとはちがうんだな!

自然が、雪山が教えてくれる人生の教えを感じながら2015年もひと月が過ぎようとしています。

新年を迎えてひと月もたたないというのに、
この日本、あな恐ろしや!
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by sportssmart | 2015-01-27 07:00 | 本当に大切なこと | Comments(0)
本格的な降雪を待つシーズン前の今は「待機」という仕事で忙しい毎日??です  遠くの山々は気持ちいい・・・それだけのこと・・・これがいいんですねぇ~   忙しい時間?の合間に・・・\m(^0^)m/
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高倉健さんの残したものは
高倉健さんが逝ってみて、初めて
大きな反響となって日本中に人の在り様を訴えているようです。
他者への想い、気遣い とはどういうことかを教えてくれているようでなりません。
高倉健さんが亡くならなかったら、そのことに気付かせてくれたでしょうか?

きっと、その育ちが俳優高倉健という虚像に隠された本物の高倉健という人間をつくっていたのでしょう。
健さんのお母さんの「育て方」がこの大きな高倉健を育てたのだろうと予測がたちます。
貧しいだの裕福だの、偉いだの金持ちだの貧乏だの
そんなことは関係なく、どうであっても人の道は人の道として大事にせねばならぬという厳しい賢女の子供想いの母親像を思わせます。
こうして高倉健さんの死に、話題が集中するのは
日本の今に不足するものを多くの人が感じるからでしょう
そうでなければ、「気遣い」などは当たり前のことで話題にもならないでしょう
このどんな人に対しても「他者への思いやり」「人への想い」という尊い人としての基礎中の基礎が
いまクローズアップしています。
さて、この後、この多くの人の心に響いたはずの「他者への気遣い」がどう発展していくのか
「日本」という国のこの先が楽しみです。

WHILLという車いす制作会社を知りました。
車いす利用者の知人が「100m先のコンビニに行くのを諦めた」という話を聞いて、
100m先のコンビニに行くまでの間にある数々の物理的障害と、人目にさらされている心理的苦痛を思い「何とかしたい」という想いから車いすの制作に取り組んだということです
その車いすはその車いすを使うこと、その車いすに乗って街に出かけることに喜びや自慢さえ感じられるような誰でもが楽しくなるようなアイデアとデザインに溢れています
この車いすには便利や機能としての応援ばかりでなく、「心の解放」という、目には見えないもっと大きな応援があります
加えて、それぞれに身分も保証もある一流会社の職を投げ打って手持ちの少ない資金を出し合っての会社設立であったこと
大きな賭けで大きな勇気があったことでしょう
その先の理系の英知を合わせた発展には目を見張るものがあります
流石、優秀な理系人間のやること、
やっぱりちがうは!!と関心しかりです。

こういう、想いのある若者が立ち上がっている姿に、世も捨てたものではないと安堵します

高倉健という一人の映画俳優の逝去とこのものつくりに賭けた若者達
決して別なものではないように思います

想いを伝える
その形は、心・気持ちで伝えることと、モノ・技術で伝えるという別々のものであるように見えるけど、想いをどうやって伝えるかということでは共通しているわけです

テレビはどこも同じような目線で健さんの作品とロケ地の紹介・追悼イベントに視点を当て、視聴率を競っています
この機会に、今の日本に鐘を鳴らすヒントのひとつでも投げかけれないものかと願います
他者追随で言うは易し、騒ぐは易しで、そのうち熱さは覚めることでしょう

小石を投げた川面に広がる波もんのように
大きな石を投げてくれた健さんの死が、国を知り、国を思い、他者を知る他者を気遣う大きな波もんになればいいのですが・・・・・

人に生まれた者なら
誰しもがもっている 心遣い 気遣い 他者を思う気持ち

出来るかどうかは別としても
みんな思いは同じはず
だからこそ
高倉健さんが残したものは人の心に響いたのでしょう
誰もが出来ることでないにしろ
何かは出来るはず・・・・・
変わりましょう自分自身が・・・・・
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by sportssmart | 2014-11-23 11:11 | 本当に大切なこと | Comments(0)
Never loss a way!!
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想いを伝える、心を伝えるという仕事は大変です

こういう仕事を「感動」という形で伝え、心に残していくのが俳優という役割であったり、映画という「作品」として残るのでしょう
伝えることの難しさ、大変さを、
映画俳優・高倉健さんの死と生涯の生き方は、このことを教えてくれました。

普通というのは難しいものです
何気なく、どこにでもある、誰の心の中にもある、当たり前のこと、普通のこと、誰もがもっている善なることを口にしたら、みんな我に帰るけど,それを口にした者は 「変わり者」 になってしまうのが人が集う「世の中」というものです。
そこで、普通に、誰でもが当たり前に知っている「大切なこと」を伝えようっていうのだからいよいよ大変です。

覚悟が足りないからいろいろ大変だなどと困難を感じるのでしょう。
もっと覚悟を固めれば何でもないこと・・・・・
大変なことなんかありはしなくなりました。
恐れるものはありません。
このまま消えてしまうことも、
死んでしまうことも怖くなんかありません。
これなら、何度挫けても挫けても大変なことに向かっていけます
覚悟を深めればその先が楽しくなりました。

世に鐘を鳴らすことを思うと
死んでしまうことさえ大したことではありません
これだけ豊かになり、モノで溢れてしまうと大切なことに気付き、大切なことを選ぶことさえ困難な世の中になりました
どんなに時代が変わっても世代が移っても、人がもっている心の中の大切なことって変わるものではありません
みんな知っていることなのに・・・何故? って
誰でもが思う「酷いこと」って日常に転がっています・・・・

3歳の子供を川に投げ込んで殺した若い母親・・・・
誰でもが 胸が詰まり、ゾッ とします
老年の女が何人もの男を手玉に取って殺してしまって億の金を手に入れた
なんてニュースも流れています・・・・酷いことが溢れています
ドラマの中では必ずと言っていいほど 憎悪と 殺し があります
TV番組のほとんどがグルメとファッション、旅番組
そして、日本語も使いこなせない軽々しい女性や女性タレントの台頭が目に余ります
そんなに多くの人がグルメを堪能し、流行のファッションを楽しんで、あちこちに足をのばせるわけではありません。できるのはスポンサーを抱えるテレビ番組の中だけで、女の悪が男を食い物にし、ダメにしているかのような社会現象を映し出しているようです・・・
そうでなければ奇を照ったお笑い、単純に腹を抱えて笑えるようなものならいいのですが・・・
ニュースは 核心 をはずしてボカシます
誰の身の回りにも、身近な「心ないこと」が転がっています

言ってしまえば「それまで」のことですが、その一言がなかなか口に出せないのが世の中
誰でもが知っている当たり前の普通のこと・・・正しいこと・・・
これを伝えるのはなかなか「大変な仕事」なんて可笑しなことです

何でも覚悟を深めれば何てことないこと
何でも出来るものです
何も恐れないで・・・・・
まだまだ続くこの先の困難も、なんだか楽しくなってきました・・・
いよいよ最期の覚悟の時がすぐそこに来ています
重いものを捨てて、いよいよひとりになれば遮るものはないのですから先は明るく感じます・・・・

教育で世界を変える
日本でいえば、先ず現場を変えなくては・・・
先ず、現場の教員の資質を変えなくては・・・
孫が学校に通うようになり、
ますます稚拙化する学校現場の、教員のレベルの低下を感じます
そして、田舎に来れば来るほどその実態は酷いものです
田舎に来れば来るほど、普通に?問題意識の希薄さに驚きます

何としても、
何もないところから、不偏の大切なことを伝えなければ・・・
とつくづく思わされます・・・・

伝えるって大変な仕事です
まして、普通に暮らしながら、生きながら・・・・・

切実な問題は暖房(灯油)がなければ生きてはいけないこと
ここで、お金が無かったら、まず生きてはいけないのですから「生きる」ってことの最優先を知るのと、「諦め」という「無気力」を知ることの両方を体験できるのが自然の雪の中の厳しいさです
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上富良野市街から十勝岳連峰を仰ぐ
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by sportssmart | 2014-11-22 08:11 | 本当に大切なこと | Comments(0)
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上富良野の町を一望できるラベンダーの丘がこれからの拠点です
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ここを拠点に、冬はスキークール、
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夏はラグビースクールで
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一年中子供たちの元気な声で賑わう日がもうじきです
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クラブハウス
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広大に広がるラベンダー畑
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誰でもが気軽にできるノルデックスキーにもってこいの丘陵
この3連休の長閑な休日でさえ、人っ子ひとりいない素晴らしい環境
素晴らしい自然の環境があまりにも身近にありすぎて、暮らしの中にある潤いに気付かないのでしょう

かつて、フランス、オーストリアのヨーロッパアルプスで感じた、暮らしの中にある自然との共生が身近なものになれば長い冬の寒さとも、閉じ込められてしまう雪とも友達になれることでしょう
冬の陽だまりの中で、コーヒーポットをぶら下げてのスキーハイキングは格別に味わいのあるものです
ニュージーランドで知ったラグビー文化は、
夏の夕暮れ時の広場で、誰でもがワイワイ楽しめるボール遊びは人と人をつなぎます
何もない、小さな平凡の中にこそ、潤いがあり、喜びがあり、
気付かない愛で溢れていること
そこに大きな価値があること

1、2位、優劣を競うこと、発明発見、便利を求めることばかりが重大なことではなく
勝たせることばかりがコーチ?ではなく
人としてのより良い生き方と正しい価値観を育み、子供たちの可能性を伸ばすのが子供に接する全ての指導者の仕事であること
知育の前にもっと大切なことがあること 
指導という「仕事」の前に、もっと大切にしなければならない「大切な思い」がなければならないこと を 
この地から発信できる日を夢見て
いよいよ ”大切なことを伝える一大事業” に 出発進行、全速前進!! 面舵いっぱぁ~い !!
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by sportssmart | 2014-11-01 15:51 | 本当に大切なこと | Comments(0)

10月30日 上富良野町、日の出公園から大雪山連邦を仰ぐ

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28日から続いた寒波が嘘のように晴れ渡る秋晴れの日
地元の小・中学校を訪問して何気なく向かった前方に素晴らしい雪冠の山の勇姿
”ウヮ~ァ”っていう何とも言いようのない素晴らしい
十勝岳の麓「上富良野」を感じました。
新天地に入って3日目
出会う人出会う人にこの先の導きを感じます
先ずは、一冬ゆっくりゆっくり・・・・
この何ともない静かな片田舎から、
古くも新しい、大切にしなければならない「価値」の発信ができる日を夢見て最期のチャレンジがスタートしました。
山麓に細々と暮らす、何もないこの地には、
ゼロ(0)から、マイナスからという、何もないからこそ、
素晴らしいチャンスと遣り甲斐を感じます


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by sportssmart | 2014-10-31 08:19 | 本当に大切なこと | Comments(0)

2014.10.28 富良野は雪

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いよいよ富良野入り
道東道を占冠で降り、金山峠に差しかかったところから雪
峠を下りきったところでは今シーズン初めての吹雪が手荒い歓迎をしてくれました
雪を求めての仕事なのに
0度の寒さに、何もこんな日に(移動日に)雪が降らなくても・・・
なんて我がままな気持ちになってしまいました
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富良野から、上富良野からの発信

退路を断って立ち向かってから10年
遅々として変わらない教育現場に
ときどきは挫けることも、諦めることもありました
些か、体のキレにも年齢に合わせたターニングポイントがあることも実感します

さてさて、無謀にも最期のトライにチャレンジです
何も無い小さな町から
ラグビーのラの字もないところから
柔らかな確かな先導で日本一のチームを育て
スポーツの本質の本当のトコロってこういうことなんだよって
発信できたらと小さな大きな希望に燃えて上富良野に入りました
出来ることから、ゆっくりゆっくりです・・・・
でも、体がいつまでもつか・・・・
それでも、やるだけの価値と意味があるからやるのです

冬を楽しみ、雪と戯れながら
春を待ち、ゆっくりゆっくり育みます
可能性の芽を潰すことなく・・・・・

隣に響き、もっと遠くに届き
大きく広がれば、日本中のスポーツへの価値観は生まれ変わるかも知れません
子供に接するすべての指導者層がそのあり様に大きく変わるかも知れません
その日を夢見て、第一日目がスタートしました

共感していただける人、応援していただける人がいることを信じています
よろしく見守ってください

Rentree' 回復、復活

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by sportssmart | 2014-10-29 00:19 | 本当に大切なこと | Comments(0)