Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

カテゴリ:本当に大切なこと( 127 )

ふだんからの「健康」ということが注目され始めたのは東京オリンピックが終わったあたりから・・・
オリンピックに合わせて猛烈な国威誇示のためのスポーツ強化に走ったのは東京オリンピックがきっかけでした。
時を同じくしてテレビの普及浸透で一気にスポーツ熱が沸騰しました。
力道山のプロレス中継は国中が夢中になったものです。
大松博文監督の回転レシーブで拾いまくった女子バレーの金メダル、八田一郎監督の虎の穴作戦で勝ち得たニッポンレスリングは破竹の勢いを得たものです。体操女子の池田敬子さん男子体操の加藤選手、水泳の木原美知子さん、マラソンの君原選手、円谷幸吉選手等の活躍は国中を沸かせた反面 国技柔道無差別級ではオランダのヘーシンク選手にその座を奪われ国中が落胆したものです。
早稲田の大学生坂井義則くんが最後に火を灯した聖火台点火式は神々しく見えたものです。
国民の一喜一憂の裏側では、代表選手に選ばれた選手達は勝利至上の絶対使命に重い責任を背負って死に追いやられる選手まで現われたという事実もあります。

あれからこの国も急速な進歩進化を経て今に至っています。
スポーツの分野で見ればスパルタビンタの時代から大きく様変わりして科学一辺倒の指導に様変わりしています・・・
その頃でさえ2~30年も前から進められていたドイツのゴールデンプランなんていうものに真似して、国民総スポーツを提唱した時期もありましたが今ではそんなこともマチマチになってしまっています。
40数年前に、そのころドイツではもう次のことに移っていたというのに、そのゴールデンプランに目を輝かせたものでしたが、今の時代でも大学の健康施策に関わる教材はドイツのゴールデンプランを手本にしている日本の様には驚きます。
そして、いつの間にか高齢社会に突入し、今ではにっちもさっちもいかない超高齢時代に入っていく最中です。
便利便利の社会構造は長生き長生きの国になり、更に長寿国になりました。
しかし、テレビ・車に代表される便利さは体を動かすことを極端に減らしました。その結果、命は長生きするけど体と心の老いは早く、何もしないでただ時間を過ごしているだけの老人の方が多いという現実があることに目を向けない社会です。
みんながみんな元気溌剌で、趣味に社交に満足して生きているということではありません。広く目をやるとその反対の方が多いのがホントウノところではないでしょうか・・・・・

働き続けて、ある時、やっと自由な身になって、いざ、これから自由に遊び回るぞ!なんて思ったところで病気になったり、何だかんだとお金が無くなったり・・・・体が動くうちに老後のことなど考えもしないで貯蓄もしていなかったことに今更気付いてもどうにもなりません。
よぉ~し これから好きなことをして生きるぞ!なんて喜び勇んだところで元気な体が無くては何もできません。
齢をとって、鍛えようもなくなった体をいくら鍛えたって知れています。若い頃と同じレベルにはもどるものではありません。こうなると心の方も気力を失せて、気力が失せれば動かなくなり体も萎えての悪循環が始まるのです。
今では、デイサービスや高齢者施設に軽スポーツ指導、レクリエーション指導などの子供だましのスポーツ指導が入っていますが、決して「元の体」を取り戻せるものではありません。ご老人たちはいいオトナですからご愛想程度にこの時間に「お付き合い」はしてくれるもの、本当にこれを「喜び」にしているかというと違っていることの方が多いようです。
やる気があっても動ける元気な体がなくては・・・・・
医学医療の進化発展も重要なことですが、その前に医学医療に頼らなくてもいい元気な体をつくっておける社会的な構造が必要です。悪戯に施設をつくればいいというものではなく、街中の公園や広場、チョットした空き地や空いているビルや倉庫のスペースなどを生かして、体を動かして遊べる?ことが何気ない健康の持続と貯蓄につながることに気付かなければなりません。
健康も医学のひとつで、スポーツ強化に走るばかりでなく予防医学としての分野をもっと広め進めていかなければなりません。
先見の明のあった一部の賢者達によってつくられた健康学科、健康教育学科なるものが社会にどれほど有効に機能してきたか?
その失策が今の、これからの日本に影響することでしょう。その前に、「健康」「予防医学」に関わる施策を充実させることが必要です。そのカギはそれに携わる者も、する者もすべてはモノではなく「人」にかかっています。
悪戯な資格発行ではなく実際に活かされる内容と資質のある人材が育つことが先決です。
ヘルスプロモーション 健康運動指導者などなどの資格を乱発したところで実際の健康に結びつくものでなければ・・・・
老人はまだまだ若い心と体をもっているものです。これを活かせるように、健康寿命の持続・継続性に着目した研究と実践と施策が急がれます。
やる気があっても健康な体が無くてはなにもできない・・・・
これはとても残念なことですね。
昔からいうでしょ
体あってナンボのものよ!って
お金がなくたってモノが無くたって元気な体があれば何とかなるって!
「元気な体」って多少のムリが効くくらいのものでなくちゃ老いに負けちゃうってこともあるからね・・・???
汝、若いうちに体を鍛えておけ!って どこかで聞いたような気がするけど最近ではすべてにおカネがかかるからねぇ・・・・
健康ってそんなにお金のかかることではないって思うけどね?!
(いよいよ医者にかかるようになると話は別だけどね。
だから医学医療領域に入る前の予防医学(健康)段階での暮らし方・方策が大切なんだけどね、医療費から保険代からなにから大いに変わってくるのにね・・・・)
オリンピックに向けて、オリンピックのその後を「お金」とすべての面での「儲け」「利害」で考えるのでは
日本ってなんかおかしいね!?


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by sportssmart | 2016-07-16 10:42 | 本当に大切なこと | Comments(0)
ふだんからの「健康」ということが注目され始めたのは東京オリンピックが終わったあたりから・・・
オリンピックに合わせて猛烈な国威誇示のためのスポーツ強化に走ったのは東京オリンピックがきっかけでした。
時を同じくしてテレビの普及浸透で一気にスポーツ熱が沸騰しました。
力道山のプロレス中継は国中が夢中になったものです。
大松博文監督の回転レシーブで拾いまくった女子バレーの金メダル、八田一郎監督の虎の穴作戦で勝ち得たニッポンレスリングは破竹の勢いを得たものです。体操女子の池田敬子さん男子体操の加藤選手、水泳の木原美知子さん、マラソンの君原選手、円谷幸吉選手等の活躍は国中を沸かせた反面 国技柔道重量級ではオランダのヘーシンク選手にその座を奪われ国中が落胆したものです。
早稲田の大学生坂井義則くんが最後に火を灯した聖火台点火式は神々しく見えたものです。
国民の一喜一憂の裏側では、代表選手に選ばれた選手達は勝利至上の絶対使命に重い責任を背負って死に追いやられる選手まで現われたという事実もあります。

あれからこの国も急速な進歩進化を経て今に至っています。
スポーツの分野で見ればスパルタビンタの時代から大きく様変わりして科学一辺倒の指導に様変わりしています・・・
その頃でさえ2~30年も前から進められていたドイツのゴールデンプランなんていうものに真似して、国民総スポーツを提唱した時期もありましたが今ではそんなこともマチマチになってしまっています。
40数年前に、そのころドイツではもう次のことに移っていたというのに、そのゴールデンプランに目を輝かせたものでしたが、今の時代でも大学の健康施策に関わる教材はドイツのゴールデンプランを手本にしている日本の様には驚きます。
そして、いつの間にか高齢社会に突入し、今ではにっちもさっちもいかない超高齢時代に入っていく最中です。
便利便利の社会構造は長生き長生きの国になり、更に長寿国になりました。
しかし、テレビ・車に代表される便利さは体を動かすことを極端に減らしました。その結果、命は長生きするけど体と心の老いは早く、何もしないでただ時間を過ごしているだけの老人の方が多いという現実があることに目を向けない社会です。
みんながみんな元気溌剌で、趣味に社交に満足して生きているということではありません。広く目をやるとその反対の方が多いのがホントウノところではないでしょうか・・・・・

働き続けて、ある時、やっと自由な身になって、いざ、これから自由に遊び回るぞ!なんて思ったところで病気になったり、何だかんだとお金が無くなったり・・・・体が動くうちに老後のことなど考えもしないで貯蓄もしていなかったことに今更気付いてもどうにもなりません。
よぉ~し これから好きなことをして生きるぞ!なんて喜び勇んだところで元気な体が無くては何もできません。
齢をとって、鍛えようもなくなった体をいくら鍛えたって知れています。若い頃と同じレベルにはもどるものではありません。こうなると心の方も気力を失せて、気力が失せれば動かなくなり体も萎えての悪循環が始まるのです。
今では、デイサービスや高齢者施設に軽スポーツ指導、レクリエーション指導などの子供だましのスポーツ指導が入っていますが、決して「元の体」を取り戻せるものではありません。ご老人たちはいいオトナですからご愛想程度にこの時間に「お付き合い」はしてくれるもの、本当にこれを「喜び」にしているかというと違っていることの方が多いようです。
やる気があっても動ける元気な体がなくては・・・・・
医学医療の進化発展も重要なことですが、その前に医学医療に頼らなくてもいい元気な体をつくっておける社会的な構造が必要です。悪戯に施設をつくればいいというものではなく、街中の公園や広場、チョットした空き地や空いているビルや倉庫のスペースなどを生かして、体を動かして遊べる?ことが何気ない健康の持続と貯蓄につながることに気付かなければなりません。
健康も医学のひとつで、スポーツ強化に走るばかりでなく予防医学としての分野をもっと広め進めていかなければなりません。
先見の明のあった一部の賢者達によってつくられた健康学科、健康教育学科なるものが社会にどれほど有効に機能してきたか?
その失策が今の、これからの日本に影響することでしょう。その前に、「健康」「予防医学」に関わる施策を充実させることが必要です。そのカギはそれに携わる者も、する者もすべてはモノではなく「人」にかかっています。
悪戯な資格発行ではなく実際に活かされる内容と資質のある人材が育つことが先決です。
ヘルスプロモーション 健康運動指導者などなどの資格を乱発したところで実際の健康に結びつくものでなければ・・・・
老人はまだまだ若い心と体をもっているものです。これを活かせるように、健康寿命の持続・継続性に着目した研究と実践と施策が急がれます。
やる気があっても健康な体が無くてはなにもできない・・・・
これはとても残念なことですね。
昔からいうでしょ
体あってナンボのものよ!って
お金がなくたってモノが無くたって元気な体があれば何とかなるって!
「元気な体」って多少のムリが効くくらいのものでなくちゃ老いに負けちゃうってこともあるからね・・・???
汝、若いうちに体を鍛えておけ!って どこかで聞いたような気がするけど最近ではすべてにおカネがかかるからねぇ・・・・
健康ってそんなにお金のかかることではないって思うけどね?!
オリンピックに向けて、オリンピックのその後を「お金」とすべての面での「儲け」「利害」で考えるのでは
日本ってなんかおかしいね!?


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by sportssmart | 2016-07-16 10:42 | 本当に大切なこと | Comments(0)
ふだんからの「健康」ということが注目され始めたのは東京オリンピックが終わったあたりから・・・
オリンピックに合わせて猛烈な国威誇示のためのスポーツ強化に走ったのは東京オリンピックがきっかけでした。
時を同じくしてテレビの普及浸透で一気にスポーツ熱が沸騰しました。
力道山のプロレス中継は国中が夢中になったものです。
大松博文監督の回転レシーブで拾いまくった女子バレーの金メダル、八田一郎監督の虎の穴作戦で勝ち得たニッポンレスリングは破竹の勢いを得たものです。体操女子の池田敬子さん男子体操の加藤選手、水泳の木原美知子さん、マラソンの君原選手、円谷幸吉選手等の活躍は国中を沸かせた反面 国技柔道重量級ではオランダのヘーシンク選手にその座を奪われ国中が落胆したものです。
早稲田の大学生坂井義則くんが最後に火を灯した聖火台点火式は神々しく見えたものです。
国民の一喜一憂の裏側では、代表選手に選ばれた選手達は勝利至上の絶対使命に重い責任を背負って死に追いやられる選手まで現われたという事実もあります。

あれからこの国も急速な進歩進化を経て今に至っています。
スポーツの分野で見ればスパルタビンタの時代から大きく様変わりして科学一辺倒の指導に様変わりしています・・・
その頃でさえ2~30年も前から進められていたドイツのゴールデンプランなんていうものに真似して、国民総スポーツを提唱した時期もありましたが今ではそんなこともマチマチになってしまっています。
40数年前に、そのころドイツではもう次のことに移っていたというのに、そのゴールデンプランに目を輝かせたものでしたが、今の時代でも大学の健康施策に関わる教材はドイツのゴールデンプランを手本にしている日本の様には驚きます。
そして、いつの間にか高齢社会に突入し、今ではにっちもさっちもいかない超高齢時代に入っていく最中です。
便利便利の社会構造は長生き長生きの国になり、更に長寿国になりました。
しかし、テレビ・車に代表される便利さは体を動かすことを極端に減らしました。その結果、命は長生きするけど体と心の老いは早く、何もしないでただ時間を過ごしているだけの老人の方が多いという現実があることに目を向けない社会です。
みんながみんな元気溌剌で、趣味に社交に満足して生きているということではありません。広く目をやるとその反対の方が多いのがホントウノところではないでしょうか・・・・・

働き続けて、ある時、やっと自由な身になって、いざ、これから自由に遊び回るぞ!なんて思ったところで病気になったり、何だかんだとお金が無くなったり・・・・体が動くうちに老後のことなど考えもしないで貯蓄もしていなかったことに今更気付いてもどうにもなりません。
よぉ~し これから好きなことをして生きるぞ!なんて喜び勇んだところで元気な体が無くては何もできません。
齢をとって、鍛えようもなくなった体をいくら鍛えたって知れています。若い頃と同じレベルにはもどるものではありません。こうなると心の方も気力を失せて、気力が失せれば動かなくなり体も萎えての悪循環が始まるのです。
今では、デイサービスや高齢者施設に軽スポーツ指導、レクリエーション指導などの子供だましのスポーツ指導が入っていますが、決して「元の体」を取り戻せるものではありません。ご老人たちはいいオトナですからご愛想程度にこの時間に「お付き合い」はしてくれるもの、本当にこれを「喜び」にしているかというと違っていることの方が多いようです。
やる気があっても動ける元気な体がなくては・・・・・
医学医療の進化発展も重要なことですが、その前に医学医療に頼らなくてもいい元気な体をつくっておける社会的な構造が必要です。悪戯に施設をつくればいいというものではなく、街中の公園や広場、チョットした空き地や空いているビルや倉庫のスペースなどを生かして、体を動かして遊べる?ことが何気ない健康の持続と貯蓄につながることに気付かなければなりません。
健康も医学のひとつで、スポーツ強化に走るばかりでなく予防医学としての分野をもっと広め進めていかなければなりません。
先見の明のあった一部の賢者達によってつくられた健康学科、健康教育学科なるものが社会にどれほど有効に機能してきたか?
その失策が今の、これからの日本に影響することでしょう。その前に、「健康」「予防医学」に関わる施策を充実させることが必要です。そのカギはそれに携わる者も、する者もすべてはモノではなく「人」にかかっています。
悪戯な資格発行ではなく実際に活かされる内容と資質のある人材が育つことが先決です。
ヘルスプロモーション 健康運動指導者などなどの資格を乱発したところで実際の健康に結びつくものでなければ・・・・
老人はまだまだ若い心と体をもっているものです。これを活かせるように、健康寿命の持続・継続性に着目した研究と実践と施策が急がれます。
やる気があっても健康な体が無くてはなにもできない・・・・
これはとても残念なことですね。
昔からいうでしょ
体あってナンボのものよ!って
お金がなくたってモノが無くたって元気な体があれば何とかなるって!
「元気な体」って多少のムリが効くくらいのものでなくちゃ老いに負けちゃうってこともあるからね・・・???
汝、若いうちに体を鍛えておけ!って どこかで聞いたような気がするけど最近ではすべてにおカネがかかるからねぇ・・・・
健康ってそんなにお金のかかることではないって思うけどね?!
オリンピックに向けて、オリンピックのその後を「お金」とすべての面での「儲け」「利害」で考えるのでは
日本ってなんかおかしいね!?


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by sportssmart | 2016-07-16 10:42 | 本当に大切なこと | Comments(0)
参院選挙 与党野党、まともなところがなくてやってられないわ!!
自分達さえよければそれでいいんだものね!? 見え見えだでや
与党であれ野党であれ、互いに共通している良いところは力を合わせてどんどんやっていけばいいのに、それができないってのはおかしいんでないのか?
国民に選ばれて議員やって生活させてもらってるんやで(おカネ貰ってるんやで)
議員になってしまえば自分の(自分達の)ことだけか?
都合いい方に??? ってか?

これが終わったら、待ってましたとばかりに知事選か? 当分の間副知事で切り抜けなかったのか? 副知事の存在を馬鹿にしてるのか? 副知事は無能なのか?

出馬表明、出馬会見????
何人かの名の知れた立候補宣言者だけの大騒ぎ?
他にも早くから都政のことを考えて立候補宣言している人達もいるのに全く問題外か?
日本中の人を見る目?人に対する等しい尊厳敬意なんてものは一切ないもんね!?
これが日本やでェ~~~~~

石田純一氏のひとりばか大騒ぎ 小池女史のツッパリ。
虎の威を借る○○〇元岩手県知事元総務・・・
今日の鳥越氏の会見はなんだか人間的?な気がしたけどねぇ~。
知事選に挑む政策はどうだこうだと質問の矢が飛ぶ中で、「よく知らない」、「けど都民のために日本の方向のためにもやるんだ!」っていう日本中の誰でもが考えそうな簡単な答えが氏の人柄を伝えていたような気がしたけどね・・・???

質問する記者の人の心を読めないアホラシイ質問にもこの状況下でこの条件下でそんなこと聞いてどうするんだ?
もっと世間というものを勉強してから記者になれ!って追い出してやりたい会見場の生放送だったね。

伝える方も何を伝えようとしているのか
ただ騒ぎに乗せられているだけみたいな記者の集まりに、彼らが伝えるニュースで日本中が振り回されるのかと思うと、今の日本という国の薄っぺらさをみたような気がして淋しい気持ちになったね。

都政を仕切るほどの知識と経験がなければ立候補出来ないんだったら誰も立候補出来ないだろ! そんな人はいないんだから! 何でも、誰でもみんな最初は初めてやることなんだから・・・・
政党支配の損得勘定があるから、政党推薦、政党支持、政党応援が先になってしまってるんだろ!?
だから、いつになっても官僚経験出身の知事で固められてしまうんだよ。利害や特権を得やすいようにね。なんたって人のシアワセより儲けが先の政治手腕を期待される選挙だからね。
で なかったら、ただ知っているかいないか、見たことあるかないか、聞いたことある名前かそうでないか、で票差が決まってしまう程度の選挙だもの・・・・
アホらしくて選挙に参加する気にもならないわ!
この一票が国を動かせるんならもっと投票率も上がるんだろうけどね!!

政党、政党同士、それにぶら下がる欲の塊の連中よ、
「真摯」に国を思う政治家をめざせよ!





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by sportssmart | 2016-07-12 18:19 | 本当に大切なこと | Comments(0)

日本は幸せですか?

幸せの価値観は人それぞれに違うでしょう
でも、多かれ少なかれホントのところでは求めていることはみな同じではないかな?
人間ならば・・・ね!
それを言葉に出せるかどうかの違いで
ホントウに人の幸せを思える勇気のある人は誰もが知ってるホントのことを口に出せる人で、
これがなかなか出来ることではないんですね
特に、この”おかしなシアワセの国”日本ではね!
誰もが知っている誰もが感じている当たり前のこと、ホントのことを口に出したら
みんな唖然として、そうだ! と思いながらも周りの様子を見て、さて、どっちに着こうかな?って考えて、都合のいい方に身を寄せるっていうのがこの日本って国と国民性の特質で…
田舎に行けば行くほどこんなことが露わでね……どうする?

世界一貧しい大統領ムヒカ元大統領の話が話題にあがっています。
地上に細々と暮らす小さな小さなどこにでもある普通の人達が家族の団欒を大切にしながらそれぞれに幸せに暮らしている、たったそれだけのことなのに、それ以上の幸せがどこにあるっていうのだろうか??
モノがないから、おカネがないから、それだけで幸せでないってことではありません
何かが無くたってそれに代わる大切なことがあれば、その大切なことを大切に行っていけることが幸せではないでしょうか?? そのためにはおカネも必要でしょう・・・
でもおカネがないからといってそのことが出来ないわけではありません 小さなことでもその人が出来ることをすればいいのです 誰にもそれを評価されることがなくても、それをされた人とそれをした人がそのことによって幸せを感じられるなら……
ムヒカ元大統領が話す言葉だからではなく、みんなホントゥは大切なこと、幸せってどういうことかってことを知っているのです・・・・・・・
でも、欲が先になって・・・ 欲に気付いていなくて、他人(ひと)との比較が気になって、人より上にいきたくて・・・
良くなりたい 幸せになりたい ってことと 人より良くなりたい他人より上をいきたいっていうこと(自分だけの優越感)が一緒になっちゃって…

スポーツは1,2位を競い合います 優劣を競い合います、勝ち負けがはっきりしています。
しかし、スポーツにあるのはそれだけではありません・・・
日本にあるスポーツは最早このことを知りません・・・
多くの日本人、学校でさえ、このことを知る、伝える力が無くなっています・・・
出来ればいい、人より優れていればいい、勝てばいい・・・勝つために・・・
それが優先される社会を扇動するかのような競争社会が一層露わです。

日本は幸せですか?
日本に生まれて幸せですか?
21世紀に入り、科学知力の発展進化に躍起になり、一層先を急ぐ日本があと100年の後におカネだけが頼りにみっともない、世界で一番幸せに気付いていない幸せでない国になっているかも知れません。

今のうちに
シアワセって何ですか? と聞かれたら迷わず真っ直ぐに答えが返ってくるような
ひとりひとりの価値観がホントウの幸せに向かえるような国づくりをせなばいけないような気がしてなりません・・・

捻た寂しい考えかも知れないけれど
政治家の家系に生まれ、不自由なく育ち、お坊ちゃまお嬢ちゃまの一貫校に学び、いい就職先に着き、家督相続のための地盤人脈を活かして政治家を継ぐ政治家の多いこと・・・・・
片や、政治家になれば今までの生活とはかけ離れたその待遇に大志を忘れ庶民感覚を忘れてしまい議員生活にしがみついく選挙当選だけが仕事みたいな政治家も多くみられるようになってきました・・・議員は就職先のひとつくらいな感覚のようにもみえます・・・・
 幸せの価値観が体験からくることはさながら、これだけ義務教育が行き届いている日本では
教育の成せる業であることは歪めない事実です。
学校は子供達の数値化される出来具合が担当教師の出来具合で、それ自体が比較競争の「仕事」でしかなくなっているのが現実です。
全国大会で勝つところが「いい学校」になり、名が売れた学校がいい学校ということで受験者は群がるようになりました。勝たせることを「シゴト」にして渡り歩く職業もあります。

その反面、片田舎の学校で子供達と日々格闘しながら楚々と教育活動を行っている名も無き教師達もいっぱいいます。
そんな学校には生徒も集まらず、廃校閉校が進んでいます。
ホントウの学校、教育って何だろう??って考えることもなく都会の学校を目指します
それは、子供がそのことを希望するのではなく、親がそうさせているのです。
そして、親の期待に応えることが責任かのように「勉強」を強いているのが学校です
将来の人生を応援するための、人生の幸せを応援するためではなく、生きること、生き抜くことの基礎の基礎をつくってやることが仕事ではなく、自分の「仕事」は何なのかも見失ったまま教員生活を終える教員も少なくはありません。

幸せの本質に触れるような授業をしている先生がどれだけいるでしょうか?
算数を通して、国語を通して、理科の実験を通して、音楽美術の時間を通して、体育の楽しさを通して人として大切なことを学び、感じ身につけていけるような児童子供達それぞれのその先の幸せに向けた授業をしている先生がどれだけいるでしょうか
お仕着せられたテキストに沿った自分のない授業に追われ、子供の出来不出来が自分の評価につながることに恐れ慌てふためいていてはあるべき学校の先生などは出来るものではありません。

国民の幸せを願う国であれば、することすべきことは見えるだろうに・・・
ホントウの核心のところでは自分の、自分だけの、自分達だけのシアワセを優先しているこの国全体の風習をどこかで断ち切らなければ・・・
ムヒカ元大統領の 日本は幸せですか? と同じ言葉が繰り返され聞かれる国になるでしょう…
多くの学生が、ひたすらどこかの会社に所属して(就職して)いい会社?楽な仕事?格好いい仕事?に群がるのかその感覚がわかりません
どこかの会社に所属することが目標で、自分のやりたい仕事、なりたい職業に向かうことが目標ではないのは何故でしょう??
高校大学で行われている職業指導進路指導というのはどういうことなのでしょうか…
合格のための方策だけで、「生き方・人生の学校」 ではないのです
勝つための指導、合格するための方便を身につける指導、競うことに優れることそれだけが目標の学び・・・・それではアンマリです。

日本は幸せですか? の言葉の中に 日本人として生れて幸せですか? という意味合いが含まれます。
世界に出て、外から日本を見て、外から見る日本を知って、
日本人として生れたことに誇りを持てる国に
その誇りがただお金やモノではなく人間としての誇りを持てる国でなくては・・・・
私は、度々海外を訪れ、近々も外国を訪れる計画があるのですが、ホントウのことを知れば知るほど、チョット自信を持ちきれない思いがしてなりません。

ホントウに、日本は、日本人は幸せですか?









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by sportssmart | 2016-04-11 11:51 | 本当に大切なこと | Comments(0)


 ここ近年、一昔二昔前では考えもつかないような猟奇な事件が頻繁です。
 若い親が小さな赤子をイジメ、殺す、人の首をも
ぎとる、切り刻む、海に沈める、裸にすると理解の及ばぬ残虐な事件が後を絶ちません。人の大切な金品をいとも簡単に奪い、取り返しのきない命までもモノのように扱い奪ってしまう世の中になりました。                                                        

 いい年したおじさん世代が恋愛も出来ず孫みたいな年端もいかぬ女子を追いかけまわしたり、裸同然な格好して尻を振る女の子が囃し立てられたり、TVは享楽の世界を増長している今の日本です。
そのくせ、学校では親の注文に負けてかIT機器に振り回されてか、人の道さえ教えられない現実です。
 昨年は戦後70年を偲び記念行事も盛大に行われましたが、尊い命を捨てて
祖国日本を守るため最後の盾になってくれた若き学徒・兵士のことを思えば、今、豊かになったからといってこれで良いのでしょうか・・・・                    

政治に頼るにしてもあまりにもお粗末な行状にはこの国を委ねるわけにもいかぬようにも思います。
戦後
70年の教育のツケが今回ってきたのではなでしょうか。戦後の目覚ましい復興の陰に見失われてきた日本人の心、日本のアイデンティーが育てられてこなかったが故の「今」ではないかと思うのです。この国の元からの回復を思うとき、全ては教育の成せる業では                               

なかったかと思うのです。他との競争、経済力、知的水準を気にす                 

るばかりに見かけの利益、形にばかり気を取られ、一番大切な国の         

基盤である国民の気質、日本人の心が蔑ろにされてきたからではないでしょうか。 
 海外に住む友人はこう言います。         

「日本はどこに行くの、私の帰る国はあるのだろうか」と。         

外に出るとよくわかります。日本という国が失ったものと、産まれた国、母国日本の、日本人というナショナリティーとアイデンテーの大切さを。
どんなに豊かになろうと危機にさらされようと
日本人として、日本人としてばかりでなくとも、人として大切なことを守り、伝えていかなければ、この国は最早「日本」ではなくなるような気がしてなりません。
 国を預かるような学識と経験のある方々で、度々海外に出る政治家学者なら、外から見る日本を知っているはずなのに・・・・・そして、日本の失敗と本質を知っているはずなのに・・・・
何故、知らぬふりをしているのだろうという疑問が湧いてきます。
スポーツの世界だって同じようなもので日本で騒ぐ世界一を目指すジャパンスポーツと他の国々で楽しまれているスポーツ文化では大きな違いがあるのに・・・・・・
こんな一介のタダの人がわかっているのに何故?って思わずにはいられません。
放射線被災の福島県だってもっと真っ直ぐ見ればおかしなことがいっぱいです。国も政治も教育(学校)もスポーツも、もっと真摯に真っ直ぐ見て見ればおかしなおかしな日本に気付くのに・・・・
全ては「儲け」が優先の日本と日本人の体質になってしまったのでしょう。
そのくせ、人の幸せを羨むこと、蔑むことには敏感なのにね・・・・
後に続く孫達には外に出してやろうたって今の日本ほど極楽トンボな国はないし・・・・・・
戦争を経験した親達をもつ最後の世代の、この微妙なつなぎの時代を伝え残せるのは団塊世代の最後のオイラ達ではないか?
何んとかしてからでないとおいそれと死ねはしないぞ・・・・・・
何とかせねば・・・・・ねっ!








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by sportssmart | 2016-02-17 22:43 | 本当に大切なこと | Comments(0)


思い通りにならない歪なラグビーボールが訓えること
”人として大切なことを伝える出前授業” は続いています

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2015年 最後の日曜日
棟を並べる仮設住宅の向かい合った窓から冬の柔らかい日差しが鰻の寝床ような狭い部屋の中に延びています。
今年の仕事納めの前の長閑な最後の日曜日、テレビでは一斉に正月特番が始まっています
世界を駆け巡る番組ではテロに振り廻される混沌とした不安に向かう世界の人々のインタビューが映っていました。夢や未来に向かっていた今までの正月とはちょっと違う2015‐016の正月を迎えようとしているのを感じます。

富む国が貧しさに苦しむ国を食い物にする様子
富む者が貧しい者を見下す世の中
一個人の物欲が多くの貧者を生んでいること
賢い者が無知な者を強いやる様子
追いやられる者が群れを成して贖う様子
出来るものが出来ない者を小馬鹿にする様子
不自由のある者が不自由のない者に蔑まれる様子
親の仕事で遊びの仲間が違う子供達
勉強できる子供と出来ない子供の中に生じる差
運動できる子供と出来ない子供の優越の差
勉強できる子供と出来ない子供の中に生じる優越の差
両親のいる子供と片親の子供の心の満たされ方の違い
家庭のある子とない子の淋しさの違い
家族の中から通う子供と施設から通う子供の満たされ方の違い、扱われ方の違い
勝ち誇る心、満たされる心が当たり前に差別につながっていること
差別がいじめにつながっていること
イジメが復讐を生んでいること

世界中に暮らす決して特別ではない平凡な人達が感じている共通な思いが伝ってきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大きなことから、小さなことに至るまで イジメ の構図が蔓延っています。
「きれいな言葉」だけが地球を走り回る前に一人一人が何かできないものかと考えがいきます
地球中に美辞麗句が並べられているのに、何もよくはなりません
世界中のテレビがマスコミが、暴力が蔓延り権力がもの言いお金が全て の社会に向かっていることを訴えています
訴えるばかりでなく、なにか出来ることがないのでしょうか・・・・

こんな世界の縮図は、こんな小さな国の日本にでさえ、世間の中にも、教育の場の中にも、至るところに見られる現象です
ただ、そのことに気付いているかどうかは別問題として・・・・・

全ては世界中の教育がなせる業が今日の世界をつくっているのではないでしょうか
ならば、世界中の教育がなした結果なのではないかと嘆きます
世界中にある宗教は、呼び名は違っても人の幸せ、命の大切、犯してはならない人の道を説いているはずです
賢者の代表である科学者たちは世界の平和と人々の幸せに貢献した暁にノーベル賞という栄誉と称賛を浴びます。
紛争戦争の始まりが宗教に起因するなら、何故?って思わずにはいられません

最早、地球は狭くまり、世界の目は暴力も暴言も許しはしません。
世界中の子供の教育に関わる教育者たちが集まって、これからの国々をつくる大人になっていく子供達のための教育を考える機会があったなら、そう間違った方向には進まないような気がしますが・・・
その前に、子供達の模範になれる大人がいることが必要です
子供は大人の鏡ですから・・・
大人は未来ある子供達の模範にならねば・・・・

科学の進歩の喜びは多くの人を希望に導きます
芸能スポーツでの活躍は多くの人に夢や希望を与えます
でも、みんなが簡単に希望や憧れを手に入れられるのなら最早それは希望でも憧れでもなくなります
なかなか簡単には出来ないことだから「希望」や「憧れ」であって、頑張る標べになるのです。
見せかけの夢や希望をちらつかせるのも「夢」があっていいことですが
現実の厳しさを知ることも「未来」へ向けてトライ、チャレンジするするための「学び」に必要なことです
その大元になるのは、人間であること、、、、、決して機械ではなく感情という心ある人間であることを忘れてはなりません。
Good score ,成功だけを求める教育現場であってはなりません,
日本中の先生達にこのことを願って2015年の仕事納めにし、家族の元に帰ります。
劣ることも、失敗も挫折も学びのひとつでることを心して現場にいてください
そして、世界中の人達が夫々の土俵で幸せを感じられる「地球」に関われる「日本人の心」を育てられるように研鑽をお願いします。







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by sportssmart | 2015-12-27 12:37 | 本当に大切なこと | Comments(0)
ラグビワールドカップの騒ぎは続いています
このことで、ラグビーワールドカップが始まった時は騒ぎもしなかったことが
今では、バスケットアジア大会が始まりました、
ハンドボールアジア大会が始まりました と 本来なら勝つ見込が少ないということで話題にも挙げられなかったかも知れないことがニュースとなって話題になっています。
スポーツ界にとっては、ラグビーがあのような形で一大センセーショナルな騒ぎになったからの好影響といえるでしょう。

さて、ラグビー日本代表のメンバーが全員純粋な日本人だったならどうだったでしょう、そしてこの先どうなるでしょう????
幸いにもラグビーには国籍に関わるルールがあって3年以上日本に滞在していればいい等々のルールの下での日本代表チームなのだから問題はないけれど・・・
体操ニッポンは紛れもなく日本人チームです
水泳ニッポンの活躍もニッポン人です
柔道も、マラソンも、シンクロナイズも
最近は高校生のスポーツ界にも外人留学生を助っ人にして勝利を納めています。
駅伝もサッカーもそこそこに外人留学生の外人ならではの能力と素材を借りて強豪チームに育って有名校になっています。
時代の流れ、世界の趨勢で、それはそれでいいのかも知れませんが・・・
エッ、それでいいのォ~ってことがいっぱいです

完全に日本に住んで国籍をもっているんなら日本に引っ越してきて住民票を移したのだから同じ日本人として大きな勝利を喜べるんだけどね
田舎に暮らす普通の人ってそんなもんでないのかな
同じ日本人だって、引っ越して来た新住民は何年経ったって新住民って感覚があるでしょ
まして、祖先人種というものが完全に違うのだからこれを日本代表ってのはちょっと無理みたいな感じがするけど・・・・
どうしても勝てっこないからこの際仕方ない って感じかな?

どうであっても勝てばいいってものではないような気がするけど・・・
これを機会に日本人の実力も上がってくることを願うけどね
勝てばいいなんて風潮が、そのうち、「日本人」が「日本」という国を考えるとき、『 国 』なんかどうでもよくなるような気がするけどね

フランスの国境沿いに住んでいるイタリア人が道路の向かい側のフランス側にある近くのラグビーチームに入って活躍していて、ちょっと住民票(国籍)を移してフランス代表の選手になった

なんてのとは違うと思うんだけど・・・

オリンピック日本代表とこのラグビーワールドカップ日本代表とは違うだろうけどね。

日本の茨城県と福島県の県境に住んでいる人が日本代表選手に選らばれたというのと
北海道に住んでいる人が九州代表の選手になったというのと
同じやないやろ ??

勝てばいい ??
自分にとって都合よければいい

フィーバーするサポーターをみていても
国中がそんな国になっていっているような気がするんだけどォ~
視聴率欲しさだけのマスコミばかりでなく
総理大臣のレベルでもそんなもんだものね・・・・

ホント、それでいいのかなァ~ ってか ?!

勿論、ラグビーの素晴らしさは身をもって知ってるけどね。
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by sportssmart | 2015-10-21 22:18 | 本当に大切なこと | Comments(0)
精神的にも肉体的にも解放される間もなく
学校や教育、人間に関わる1週間連続の仕事は
心身クタクタに疲れてしまいます。

南相馬では歴史のある”相馬野馬追い”があるということで楽しみにしていたのだけれど、体が休息を求めているようで心の馬力に追いつきません
1日TVをつけっぱなしでウトウトしていると世間の情報が入ってきました。
東芝の会社組織ぐるみの隠蔽体質、権威絶対主義。集団自衛権、安保・・・オリンピック、国立競技場設計見直し~責任問題、責任転嫁。
TBSの報道特番からは慰安婦の取材報道・・・・・・
池上彰氏解説の東京裁判・・などなど

いま、学校に関わる仕事をしていて、正に日本の教育体質の中にこれらの問題の根底が隠されているのをヒシヒシと感じるのはチョット変わっている私だけでしょうか???
何代にも渡って古い体質を変えられない因習
おかしなこととわかっていながらおかしいと言えない体質
大した勉強をしたわけでもないこんな私でもわかるような戦争の悲惨さ、歴史の真実、
汗水流して自分で得たお金ならそんな無駄使いはするわけがない(税金)という他人の懐だからこそ平気で投げ出せる莫大な損失。
いくら出したって自分達の懐は痛まないのだから何とも思わないのかも知れません。
国民から吸い上げた税金というお金の価値に感謝の欠片もないから平気な顔して60億近くの損失に驚きもしないのでしょう・・・。
前にも書いた昔の映画の伴淳あちゃこの一等兵物語や、勝新なんかの兵隊物語などで平気で描写していた慰安婦・慰安所のこと。
台湾、インドネシアなどの現地調達慰安婦のこと、韓国のこと。
ドイツの戦争犯罪の認識と、あったことの真実を認める謝罪。
普通に善良な人で、賢者なら誰でもわかるようなことが、この国、日本では今なお当たり前の顔してしらばっくれて、平気な顔しているのがこの国の政治家なのだから・・・・。
驚くことに、当時の慰安所設置に関わる仕事をしていた当事者が後の日本の総理大臣を務めていたのだから、このことを知った外国の人は日本という国の”こころの広さ?”を思うか、日本人の真の良識・無関心を知るかでしょう。
この国の教育を受けてきた(それもかなり上のレベルで)今の政治家達が寄って集って、他者を思わぬ、自分さえよければの政治しかできないのだから・・・・・・
こんな素人でさえ他所の国から見れば日本はどう映るだろうかということが少しくらいは計り知れるのに・・・
韓国慰安婦の問題提起のニュースでは「日本は謝っていない、お金の問題ではなく私達は謝罪が欲しいのだ」と明言していたのが印象的でした

学校で、子供達に言います。
自分が間違っていたら謝りなさいと。
したこと、されたことは元に戻すことは出来なくとも、真の誠の心は必ず相手に伝わります。
そこから新しい関係が生まれ、先が開かれるかもしれません。嘘隠しなくそのままでいることが正しいことで、ひとつの強さです と。
嘘を言ってはいけません、嘘は泥坊の始まりです・・・
そんなことを子供達に言えるでしょうか???

学校、教育界という硬直した体質、出世?を望むあまりに権威に媚びる体質・威厳体質・威嚇体質が蔓延って、子供の今と将来に向かった教育活動か、お上に媚びた人柄に染まってしまうような体質が延々と続いている世界は正に東芝問題と同じです
上の言うことは絶対、それに反するものは左遷、その後の生きる道は無し、みたいな硬直した世界がここにも大ありです。
そんな人柄の人間が子供の模範になるわけがありません。小さい子供の内は何も知らないけれど、その体質は刷り込まれて行きます。そして、同じような人間が育っていきます。学校は社会の縮図です。
大会社に入ったってそこの体質に染まりながらそこの世界の人間になっていくわけです。
日本人に生まれ日本に育ち日本の教育を受けて育っていくうちに同じような日本人になっていくわけです。
上を見て、隣をみて、回りを見て、それに合わせて・・・・違っている自分を隠し通して、変だなって思いながらも変なままに流れていくのが日本人の体質なのでしょう。
どこの世界でも、他と違っていたら変わり者として異端者のレッテルを張られてしまうものです。

幸いにも、5つの国を訪れ、そのうち2つの国では共に仕事をさせてもらいました。
そこで知ったことは、みんな違っていて当たり前ということです。
体が不自由な人でも、肌の色が異っていても言葉が異っていても、大して気にはしません。当たり前に敬意をもって接します。それが世界というものです。
日本、日本人だけが世界で一番ではありません。みんな自分の国が一番です。いや、一番なんて思ってもいません。自分も相手も誰でも同じなのです。
何でも日本が一番みたいな感覚の日本だけれど、世界に出てみると、日本人なんて存在は薄いもので日本がどこにあるかさえ知られていないのが当たり前です。
自分達も、自分達に身近な国以外はどこにあるのかも知らないのと同じです。
日本人は、あまりにも自慢したがり屋で、自分がいちばんでなくては気にくわなくて・・・
そのくせ、自分のことを知らなくて・・・おかしな国です。
学校教育がそうなっているのには誰も触りません。日本の教育が優れているくらいな自慢感覚でいることの方が当たり前の世界です。
○○海外教育視察研修なんていって海外に出かける研修❓旅行?もあるようですが、真実を見てきた人ならわかるはず・・・
核心を見抜けない、その研修に参加できることがひとつのステータスか出世の入り口程度に考える程度の者では何の収穫もないままただの自慢話で終わってしまいます。
そんな程度の者を見抜けないで校長にしてしまう人事権濫用のお役所感覚の体質がまだまだ蔓延る日本各地です。
東芝の社風、体質。オリンピック誘致に隠された利権、バカ騒ぎ、責任逃れ。ただただメダル獲得に躍起になるエリートアカデミー。(子供にはチャンスがあれば可能性は誰にでもあるのですから、東京オリンピックがあるからといって、特別なエリート?が必要とは思えないのですがね・・・)
国民無視の安保問題。自分の国さえよければのご都合主義。アジアの国々で侵した日本という国の間違い。後進国援助、紛争解決国際平和支援の名に隠された利益権益優先の国際貢献。そして、慰安婦問題。
今は高齢になった人の中に、これらに直接携わっていたような人を国の総理大臣にまで祭り上げた政治家、政党、派閥、日本人。
この国の体質にはまる国民を育てる体質を堅持するためにあるかのような教育界。これに気付かない文科省官僚役人。
そしてスポーツがすべて、自分の関係するスポーツさえ普及反映すれば良しと信じる自分よがりな人達、団体。
スポーツなんて、余力があってのこと。喰うに喰われず、いよいよ困ってしまえばスポーツどころではありません。現に、企業スポーツが衰退したのはその証です。
生活が壊れるほどの災害があっても、人が死んでも、スポーツで回復を・・・なんてやっているのは余程世間を知らないか人間生活の実態を知らない幸せ者の言うことです。先ずは命あってのこと、喰わなければなりません、喰わせなければなりません。
この国日本は、大きな元を正さなければいつかなくなっていくようで悲しくも淋しい国のように思えてなりません。
教育の現場を渡り歩て「三つ子の魂百まで」の、一番大切な時期の教育時期、小学校での教師との出会いがその後の人生さえ左右しかねない時期が、あまりにも力の無い教師で構成されているのを見る毎日は失望の毎日です。
これを何とかしよう っていう思いで毎日(柔らかく)格闘しているのですから疲れは3倍です。
それに輪をかけて、日本という国の体質そのものが露見するニュースに「どこも似たようなものだ、正にその根元はここにありか?!」と、心痛める貴重な休日でした。
1日空けて、また月曜日から格闘の時間が始まります・・・
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by sportssmart | 2015-07-25 23:47 | 本当に大切なこと | Comments(0)
6ヶ月の長旅から戻って束の間の安息の時間を送っています
北海道での雪山(スキーシーズン)から戻ったその日から
こちらは4月の寒波 寒い寒い 参った参った!
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眼下の梨の白い花が
まるで雲の上に暮らすように気持ちのいい束の間の休日です
何もない、ただ時間が過ぎるだけ
ほんの少しのことに目を瞑れば、十分満たされているのに
なんだか理由もなく、何かすることを探している自分がいます

雨風を凌げる家があって、家族がいて、みんな元気で、笑いがあって笑顔があってとても幸せでいるのに、なぜかどこかに埋まらない空洞があるような可笑しな気持ちです

この十分に満たされる 小さな幸せの大切さ をいっぱい感じるからこそ
多くの外見に流されて、いまそこにある細やかな幸せに気付けない人達の多さに
とても残念で淋しくてなんとかできないものかと考える自分の無力さに心の空洞が埋まりません

2011年3.11の大震災が気付かせてくれた
生きていればこその 小さな幸せ の大切さ
時間の経過とともにそんなことも忘れて、
国中がモノに、カタチに、カネ、に現を抜かしています
外国人観光客の懐を当てにして儲けることが最優先の国策です
消費が無くてはお金は回りません お金が回らなくては物は動きません、お金が無ければ満たされません 満たされなければ幸せではありません・・・

何に満たされなければならないの?????

簡単に命が奪われる世の中になりました
自分のしている残酷さに気付くこともなくいとも簡単に人の命を奪う事件が増えています
妻が夫を殺し、親が子供を殺し、子供が親を殺し、中途半端な若者が自分より弱い者を殺し・・学校の教師までもが命の大切を知りません・・
子供を労わるはずの校長にある者でさえ子供をオモチャの様にあつかいます・・・・・・

株価の上昇に喜ぶ人の陰に
そんなこととは無縁の人達がいっぱいの日本です・・・・・・
高齢化社会に向け、介護の世界にさえ 高齢者への敬意と尊厳を大切にする国民づくりを考えるのではなく簡単に外国人労働者の導入を考える国です
北朝鮮の日本人拉致問題さえ未だ解決できない、自国民を取り返すこともできないほど地力の無い国なのに・・・

この国の幸せはあまりにもマチマチです
幸せの原点 って地球上のどこにいたって
どこの国であろうと、どの宗教であろうと、どの部族であろうと みな同じだろうに・・・

どうなってんの? いまのこの国は?

天皇のパラオ慰問の旅に
戦争という状況であったにしろ日本いう国が、
日本という国土の範囲からあんなに遠く離れたところまでを日本の領土として進駐していたのだと思うと
踏み躙られた現地の人々の心に想いがいきます
自分の家に土足で入り込まれたらその家の人はどう思うでしょうか・・・
歴史の悪戯とはいえ自分の母国日本が、日本人が
そういった特性を含んでいることに悲しみを覚えます

震災被害の1年近くを現地で暮らし子供達のメンタルヘルス支援にあたっていた時
国中の街頭募金、押しかける支援活動、ボランテア、NPO団体の裏の実態も垣間見せられました
国中が(煽られた)絆で騒いだ日本人の表の顔の、その裏の顔も垣間見ることができます

あちゃこ や 伴淳 の兵隊物の映画や
勝新太郎や高倉健の兵隊やくざや戦争映画にさえ戦地慰安の演芸部隊や慰安婦部隊、はたまた現地での慰安婦徴集シーンなどが当たり前のように出てきていました
あれ?! 知らないうちに違うことになっちゃってるぞ? っていう感じです

そして、今、世界情勢の変化とはいえ
国の守り方、過去の振り返り方??? が大きく変わってきています
「忘れまじ原爆を」の広島の平和シンボルで学んだこれからの日本の進むべき道 平和への貢献 さえその仕方は 時代と共に変わってきているようです

モノ、カネ、格式肩書に左右されない
あるべき姿というものに向かって進めないものかと ふと情けなく思います

そんな中で、さて、これから自分は何が出来るのかといえば
大したことは出来はしません

足るを知る

自分の 己の分と己の分際を知って何ができるか と思うとき
小さなお前の 足るを知れ! って誰かに叱られるような気がしてなりません

いま、そこにある 小さな幸せ の何と幸せなことか
この幸せが永久に続きますように・・・・・・

そのためには
資源を持たない小国・日本という母国が
己を顧みて、己の 足るを知る ことから歩みださなければ
後に残す孫達への幸せは約束できないような気がしてなりません
世界中から来る世界中からのお客さんと接する仕事を通してつくづく感じる

細やかな小さな小さな幸せの大切さ です 








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by sportssmart | 2015-04-13 13:46 | 本当に大切なこと | Comments(0)