Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

カテゴリ:教育/学校( 49 )

支援 というお祭り騒ぎ
本当の支援とは・・・・・・


東日本大震災発生から1年5ヶ月が過ぎました。
被災地は時間と共に、少しづつではあっても回復に向っています。

あれほど性急に押し寄せた支援の波も、波が引くようにすっかり無くなりました。
自立自活への支援ですからそれでいいのでしょうが
まだまだ、支援が必要とされること、ところもあります・・・・
マスコミから置き去りにされた静かなる被災地のことには
誰も目を向けないまま時間が過ぎていっています。

スポーツを通して関ってきた子供達、学童クラブや小中学校では
少しの困難はあるにせよ、正常に時間が流れています。

普通??多くの場合、それぞれのところで、それぞれの文化・風土にあわせて
何気ない時間があるはずです・・・・・
元に戻ること って この何気ない毎日を取り戻すことを言うのではないでしょうか・・・・・・

あの、無理矢理な、押しかけるような支援?は何だったのか・・・・とふと思います。

今日、特別児童養護施設で子供達とラグビーやクリケットを楽しみました。
何気ない時間の流れの中に、
この子供達の背負っているこの先も解決しようのない課題が垣間見えます・・・・・

被災地の子供達は、多大な大袈裟なほどの支援義援によって時間と共に
この先に力を得ること、一時的な困難を乗り越えることができます。

今日出合った子供達は、理由も無く困難を背負わされて、ここ(施設)にいます。
ここで暮らす間は、漠然とでも時間は過ぎていきますが、
ここを出された時、次の安らぎはどこにあるのでしょうか・・・・・・

様々な事情、多様な環境を経てここにたどり着いた子供達が寄り集まって暮らす中では
グッドモデルに出会うことは多くはありません。
つい1月ほど前に入所してきた、たった5歳の汚れのなかった子供でさえ、
ひしめいて暮らす年上のお兄ちゃん達のすることを見て、暴れ方や悪態のつき方、
無理難題を押し通す術を身につけはじめています。

ここの子供達と接して5回目になる今日は、5歳のこども、11歳の子供、12歳の子供が
自分の居場所を見つけたかのように顔つきが変り、落ち着きを取り戻し、
この先に希望の光をもってくれた、ゆっくりとした時間を持てたようでした・・・・・
わずか5歳の幼児は、まだまだ甘えたくてギュッと抱きしめてもらいたくて仕方ないのです
愛くるしい瞳がそう訴えて私を見上げていました・・・・・・

しかし、私に出来ることは僅かなことで、すべての子供に希望と自立へのチャンスをプレゼントできるわけではありません。

子供達が背負っている解決のしようのない困難に負けないように 応援 が必要です。
施設の子供達にこそ外界との触れ合いが必要です・・・・
被災地に我こそはと繰り出したスポーツ選手、団体、芸能人、タレント集団は
TVカメラが廻らない、ニュースにもならない処への支援には走らないのでしょうか???

解決しようのない困難の中にある子供達には良い行動のモデル(グッドモデル)と、
もっと身近なところに希望の光が必要です

困難の中にある者へ「支援をする」ことにあれほどに騒いだ日本中の目は、
「困難への支援」に対する目をもっと身近に向けることができないのでしょうか・・・・・

日本という国と日本人ということに、そして
自分の微力さに心打ちひしがれる思いがした、今日でした。
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by sportssmart | 2012-08-14 00:30 | 教育/学校 | Comments(0)
柔 道

30年近く柔道・剣道を教えてきました。

まず、履物をそろえること
背筋を伸ばし、相手や物事と真っ直ぐ対峙すること
正座すること、礼すること
目を瞑り、黙想すること、呼吸を整えること、無になること

足の痺れをこらえ、楚々と立ち上がること、受身を取る事

互いに組み、互いに技を掛け合い練習すること
併せて、受身をしっかりすること
投げ技をかけたら、しっかりと引き手をとること
投げられ役はしっかりと受身を取ること

相手があって技の練習や試合が出来ることに感謝して相手への敬意を忘れないこと

試合稽古では力任せに引き合い押し合いをするのではなく
技を仕掛ける機(タイミング)を図り、技の仕掛けあいを勝負すること
技が仕掛けられたら鮮やかに投げられ鮮やかな、見事な受身を取ること

1本投げられることに恐れをなさなぬこと
技を仕掛けることにためらいをもたぬこと

決して力に頼らぬこと

仕掛けのタイミングをつかむこと

何事も相手があること、負けを恐れぬこと、勝ちを奢らぬこと、尽くすこと

その結果としての勝ち負けがあること、悪あがきせぬこと、潔しとすること

柔道では最初に練習することは
勝ち方ではなく、負けること(受身)からです・・・・・

鮮やかに受身をとることの何たるか、鮮やかな負け方(受身の取り方)を
切々と教えてきました・・・・・・・

世の中には勝者もいれば敗者もおり、敗者の方が圧倒的に多いのが世の常ですから・・・

技に先を得た者には
決して相手に覆い被さるようなことがないこと
(寝技に持ち込むとき意外は)

相手が受身しやすく
相手に負担を残さないように袖口を引くこと

等等を教えてきました。

国際ルールのオリンピック柔道を観ていると
今まで教えてきたことはなんだったのかと「日本柔道の今」に悲しくなりました。

私自身、素晴らしい競技者でも指導者でもありません
ただ、柔道を通して、人の道を説き、人を育ててきたつもりです。
優秀選手も何人かは輩出しました。

それでも、私の柔道指導が時代遅れで間違っていたとは思いたくありません。

柔好く剛を制す 

自若泰然堂々の柔道は最早や廃れたのかと思うといたたまれない思いがします。


決して一流ではなく、二流三流にも及ばない私ですが、
いまでも体格の違う相手にもそう臆することなく投げ飛ばすことができるし、
柔らかく受け流すことも容易です。
(体重でのしかかれたら大変ですので、寝技に引き込まれないように留意はしますが・・・・)

日本文化の象徴柔道はどこにいってしまったのでしょう・・・・・・

柔道創始、加納治五郎先生は何を思っていることでしょう・・・・・

柔道に日本の心を求め、中学高校に武道必修を持ち込んだことは
何の意味があるのか・・・・・・

国威掲揚メダル大国、お家芸厳守のためにオリンピックで勝つための柔道を教え広めるには
学校柔道で、靴を揃え、礼を教え、痛みの理解等のんびりと人の道など説いていていいのか
受身の練習より、首の骨を鍛えることから入るべきなのか
審判の目の色ばかりを気にする柔道を教えることがいいのか・・・・・

ニッポン柔道は世界に何を言いたかったのか考え直してもらいたい、
今からでも、世界に出て行って、根本から日本柔道の教え直しをしたい
そんな気持ちが込みあげてきます。

白い柔道着に袖を通し、背筋を伸ばして、正座黙想に清々凛々とした柔道場の空気
礼に始まり、自然体に構え相組み構えて鮮やかな技の取り合いに
心地よく響く、畳を叩く受身の音を懐かしく思い出しながら
複雑な気持ちでテレビにかじりつくロンドンオリンピックです・・・・・・・

余計なおせっかいではありますが
勝ちに急ぐ最近の指導者達には、
古来の教えに勝機あり 
と耳打ちしたい片田舎の名もない私です。
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by sportssmart | 2012-08-06 23:14 | 教育/学校 | Comments(0)
イジメ
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チョッとした性格の悪い奴はどこにでもいるものです
挙句に、弱い奴らほど群れるものです

大人の社会にだっていたるところにあることです(でしょ?)

大人になってしまえば多少のことで折れない強さも
上手く誤魔化す方法も少しは身につけているはずです・・・・

子供の世界は、大人が考えるよりはるかに残酷なこともあります・・・・

一見残酷なことだけど、子供だからこそ耐えられたり許されていることもあります・・・・

生身の人間、日常の人間関係、そんなに簡単なものではありません。


それを、文科省が専門の支援チームを派遣する・・・・とか・・・・
指導徹底するとか・・・・・

アホ か!

現場のこと何にも知らんと よう言うワ

要は、大津の一件は 担任の教師としての問題で、
そのことには全く触れていないのは???何故?

それを採用している県教委、市教委、それを仲間(同僚)として受け入れている所属先の問題

あの教委の対応を容認する、明日はわが身と戦々恐々とする日本の教育界????

膿は深いデ


子供はよォーく知っています。
誰が甘く誰が弱く、誰がズルく、誰が強く、誰が正しく誰が一番恐いか・・・・

一番恐いのは・・・一番公平な正しい先生ということを本能的に知っています
子供というものはそういうものです。

中学も後半になると、早いものでは小学生のころから
自分に都合のいい道を本能的に選ぶようになります

自分が住みやすいように、生きやすいように・・・・上手く媚をふるものです。

これは、大人社会だって同じでしょ!!

正しくあるべき
正しく守られるべき学校が、既に大人社会になっていることに問題があるのです

学校社会をつくっているのは生徒か先生か????

こどもが学校をつくっているのではありません
先生方が学校をつくっているのですよ・・・・

子供達にとって、学びの場として、いい学校なのか安全なところなのか・・・・

安全というのはその身にも心にも安全安心の場であることです。

高いところからいじめ対策支援チームを派遣するなんてことを発想すること自体が
人間の成長過程を知らない素人(見せ掛けエリート)の発想です。

全国津々浦々には一所懸命にこどもの成長に尽くしている名も無い教師達が存在します。
潜在的に素晴らしい人格と信頼を寄せられている先生に限って嫌われていたりします
そんな先生は、子供達が巣立って何年も経ってから
「あの先生は恐かった・・・けど一番私達のことを解っていてくれた・・・」などと
何年か振りの同窓会の話題に上がるものです・・・・・・。


出前授業であちこちの学校を訪れている私は
あちこちに子供の機嫌取りの人気先生を垣間見ます

そんなことでは正しい「教育」はできません

バカか! と言いたいような教員がいっぱいです

いじめ対策支援室?? なんじゃこれ???って感じです

教師の力不足を補う「教師塾」で教師を養成する時代です
養成された教師を優秀な教師として仰ぎ奉る現場です・・・・・

現場のホントのことをだれが言うのでしょうか・・・・・


現場のホントのこと、ホントの教員社会、教員の体質をよォーく知っている者が声を上げなくては・・・・・。
現場のホントに触れることの無い教育評論家やタレント達がいくら論議したところで変ることは無いはずです
いじめは昔からどこにでもあるのですから・・・・・

その「程度」の問題で、「程度・加減」をわきまえることの出来ないことが大きな問題で
その程度加減をちゃんと解らせてやれない、傍にいる大人(多くの場合は教員)が大きな問題なのです。

こんなこと言っている私でさえ、思い返せば、いじめられたことも、やっつけられたこともあるしいじめたことも、やっつけたことも、ぶん投げたこともあります。

そして、いまはいい年して、堂々と生きています・・・・

ギリギリのところで、子供の変化を察知して
子供なりのプライドを壊さないように、何気なく、そ知らぬ顔して
ちゃんと守ってくれたり、交通整理してくれた先生が近くにいたことを思い返します。
いじめっ子はいじめっ子なりにいいところを伸ばし、いじめられっ子には挫けない強さを身に付けさせちゃんと「正義」を通してくれました。
暴れん坊だった私を学校の裏のボスとして上手く(正しく?)使ってくれて卒業させてくれました。
だからこそ今の自分があります・・・・。
地域一の悪タレ学校だったけど素晴らしい学校でした
(今では当時の先生達の努力が実ってか、地域随一の文武両道の難関校になっています)

学校現場に足しげく通って修学旅行の団体獲得のために、嫌なことにも目を瞑って
ペコペコ擦り寄らなければならない旅行会社の営業マンあたりは
「学校」というところの実態と嫌らしさ、卑しさ、世間知らずさ、偉そうな錯覚をよーく知っていることでしょう・・・

文科省は、或いは、TV局に代表されるマスコミは
どこから「ホントのこと」を仕入れて、どこから掘り下げていくか

これが、この問題を解決する大きな鍵になると確信しますが・・・・・


私なんぞは、2つの県で、それも、顔パス同様に無試験みたいなもんで教員になったはいいが
この「学校という教員社会の体質」が肌に合わなくて、我慢して我慢して勤めて、
それでも、結構、子供達とはいい思いをさせてもらいましたが、
いい具合のところで飛び出した口です。

なんとか外から鐘を鳴らそうと頑張っているのですが・・・・・・・・

2006年の北海道滝川市教育委員会の対応から始まって最近の大津市教委の対応まで
少しも変らない教育界と文科省という馬鹿役人の程度には愕然とします。

しっかりとした「人としてあるべき大切なことの教育」を受けられないまま大人になる子供達を思うと、この先の「危険な社会」を憂う気持ちになってしまいます。

お役人!頼むぜ!
トンチンカンなこと言ってる場合ではないでィ。

教育現場を育てなきゃアカン!

人は理屈じゃ育たんでョ!
しっかり真剣に向かい合わなくては・・・・・・アカン!。
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by sportssmart | 2012-07-25 01:23 | 教育/学校 | Comments(0)
かくいう私もガッコウのセンセイだったのですが・・・・・・

(写真を載せたらどこかバレちゃうので止めときます)

学校の先生、ホント、何にも知らんぜョ

スキー修学旅行真っ盛りで、主だったスキー場のスキー学校は今が稼ぎ時です。

しかしその実態は俄か寄せ集めのインチキラクターで急場を凌いでいるのが実態です。
そんな輩に大切な生徒達を任せているのだから
野外教育活動でも、自然の素晴らしさを味わう、
などありようがありません。
素人教師ですからデタラメだったり、叱ったり怒鳴ったり
折角のスキーの楽しみさえ奪ってしまうことも度々です。

日常では味わえない白銀の世界のファンタジーに感動するヒマもなく
手を前に膝を曲げて、ハノ字に開いて・・・とスキー技術の強制に嫌気をさしてしまうこともしばしば見かけます。

日本フランススキー登山自然学校を主宰している野外教育活動の専門家としては
この光景と実態は残念至極で、日本という国の縮図というか
自然への敬意や神秘を学ぶには絶好の機会をでたらめスキー学校が潰しているよいうなもので悲しくなります。

学校の先生達はといえば
このデタラメスキー学校に指導一切を丸投げです。

生徒と一緒になって雪山と戯れ、スキーと格闘すればいいのに・・・・
その方が生徒にとってもセンセイにとってもはるかに自然の中で人間を磨き
世界を広め、互いの肌の温もりを感じられるのに・・・・・

温温とホテルでコーヒーをすすり
自分勝手に滑っている先生達
どこか教育のありようが違うようでなりません・・・・・

スキー修学旅行?????
主旨目的を根本から捉えなおしてみてはいかがでしょう。

スキー学校は
これまたあまりにもデタラメすぎないか???

これではスキー人口も戻ってはこないだろうに・・・・・

日本という国のデタラメがここにもひとつ明らかになっています
何が本当で何が大切なのか・・・・

学校の先生くらいは本質を捕まえ
本当のところを見極められる力を持っていてもらいたいものです。

大丈夫か?学校
大丈夫か?スキー学校
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by sportssmart | 2012-01-25 19:17 | 教育/学校 | Comments(0)
whistle of courage/kids stress free

5月16日,GWも終わりやっと世の中が回り始めたという感じです。

今日は、個人ドライバー(陸送請負)の個人契約を取る会社と山岳ガイドを専門にする旅行会社と株式会社立の学校を回ってきました。
この間にJPF(ジャパンプラットフォーム)を訪ね、震災地域の方々のストレス解消昇華回避の道筋を探ってきました。
JPFは政府の肝いりでできた団体なので、大都会の一等地に陣取って、それはそれなりに被災地の感覚とはズレたボケたスローなペースでことが進んでいるようです・・・・。

上の3つの業種、てんでバラバラのような気がしますが、全部個人請負で一匹狼?(プロ)でできる仕事なのです。
志の合間の空き時間の有効利用にはプロ稼業を貫き通すのが一番です・・。
個人ドライバーの請負は車を受け取って目的地まで運ぶだけの気軽な仕事だし、山岳ガイドの仕事はゆっくりのんびりご一緒のお客さんにいい気持ちと満足をもって帰ってもらえるようにご案内と旅のお世話をする仕事なのですがこれもプロとしてのやりがいを発揮できる気持ちいい仕事なのです。
そして、株式会社立の学校のプロ講師の仕事を売り込みにいってきました。

マンションの数部屋を買い取ったのか借り切ったのか・・・・天井の低い圧迫感のある小部屋に誤魔化しのように少しばかりの机が並んでいました。
受付の女性は電話の応対もままならない話口調です。現れた先生?らしき男性はいかにもできの悪い生徒を相手にしてるかのように高飛車な応対でした・・・・・・
出てきた今日の訪問対象者は 小泉(元)首相の肝いりでできた株式会社立学校ということで自慢しきりです。子供の様子や学校の様子などは論外のようで、人の対応などのスキルは無きに等しいような有様でした。
教室に展示してあった制服を見たら、ちょうど電車の中で一緒だった鞄を放り投げて大声で喋っていた困った??女子高生ふたりが着崩して身につけていた制服と同じ制服でした・・・。

困った子供に困った先生(まがいな人)?困った学校?があちこちに不登校気味な子供達を集めたマンションの小部屋を学校とする学校を学校としてつくっています・・・。
学校にやりたい親達の弱みにつけ込んで・・・・??。

どうするんだろ? 
子供達が身近な大人たちを真似して大きくなっていくというのに・・・・・
レベル云々をいうつもりはないけれど、教育のレベルもそれはそれなりということを嫌というほど感じさせられました。

車の回送請負業者は、どんなことがあっても責任はドライバー個人に持たせようという魂胆が見え見えで、会社としての損失をできるだけ少なくして、責任なんていうものは微塵もない詐欺みたいな仕事が会社という看板を出して、その実は何かあったら請負の個人ドライバーに責任を負わせようなんてコスイ、困った、了見の狭いことで莫大な利益を上げているのだから経済社会は恐ろしい・・・・・・

さて、山登り専門の旅行会社は、山の仲間で支えられている程度の小さな会社ではあるけど、山登りのよさを伝えてくれればいいという本当に人と山と旅が好きという、世に疎い感じで、純粋さを感じたのはそれが山という自然を相手にする仕事だからなのでしょうか・・・・
同じ人を相手にする仕事なのにこうも違うのはどうしてでしょうね・・・・

世の中、なんでもない社会の中に、なんでもない経済活動の中に、詐欺とインチキばかりのからくりが隠されているようで淋しくなりました・・・・・。

しかも、学校に不向きで、学校からはじきだされた子供達相手に似非芝居をして儲けているのですから・・・・

そうでないところも知ってはいますが・・・生憎そんな学校ばかりに出会います。
アンダーグランドで学校が売り買いされていることを多くの人は知っているのでしょうか・・・
理事長が変り、経営が変り、教育そのものの質が変り・・・
株式会社立の学校も設立時の大儀はどこにいってしまったのでしょう・・・・

インチキ学校の実態はこればかりではないことを知っている人は他にもたくさんいることでしょう・・・でも、もう、どうでもよくなって関係したくなくなってしまうのでしょう・・・・残念至極。

純粋純真が心の底に残る自然相手の旅会社、リスクを弱い個人に背負わせる企業、制度改革に便乗して乱立するサポート?校・・・・
ものの比較で世の中がはっきり見えてきます・・・。

それはそれなり・・・こんなんで子供達がしっかり大人になるのでしょうかね・・・

すべきときにすべきことにきちんと取り組んでそれなりの教育を受け、それなりの大人に出会わなくては、
そこそこに、それはそれなりの大人がやっているのですから
そこからは、それはそれなりの大人しか育ちません。

そんな中で、自然に心が惹かれ山に心が洗われ、世に疎く生きる人たちもいることを知ってホッとする気持ちです。

裏を知れば、日本ってひどいな・・・・・・。
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by sportssmart | 2011-05-16 22:40 | 教育/学校 | Comments(0)
先々回、小学校の入学式にいってきたことをかきました。

ちいさな子供達がどこまでも真っ直ぐに育ってくれたらこの国は、
この国ばかりでなく世界中が素晴らしい、思いやりと正しいことを行う勇気と実行力で溢れる世界になることでしょう。
どこで、どう変わってしまうのか・・・・


25歳のとき、学校の先生を飛び出し、小さなクラブをつくって10年間、40数人の子供達とすごしたころがありました。
坂本竜馬ではないけれど、井の中の蛙になるのが嫌で子供達といっしょに海外へも足を伸ばし他国の空気にも触れました。
ほとんどボランテア状態で経営は苦しかったけれど、あのころはいつも清らかでいられました。

子供達のすることなすことが、純粋で真っ直ぐで真剣でした。

時間の経過と共に、私の身の回りもすこしずつ変化していきます。
当たり前のことですが、いつまでもボランテア状態ではいられなくなりました。

そんなことで、暮らしていくために堅気の仕事に就いたわけです。

人生一回りして、この町に落ち着いて、
もう一度、人耕しをしてみようと思います。

国の基盤は子供達がどう育つかにあります。
教育教育学校学校と名だたるところを目指さなくとも、
大上段に構えなくとも、地に足をつけて、しっかり子供を紳士に育てます。
それが、私達大人の役目です。

****
その名は      a0111271_19431037.jpg
一宮町
松下村塾  




かの吉田松陰先生のような類ではないにしろ、少しでも訓塵を受けたいものです。

することは
読み書き、さんすう、外国語、体育徳育

対象は小学生で、定員は各曜日5名まで。

満たされる喜びの中から
していいことしてよくないことを
しっかり教えます。

その成果は遥か先ですが立派に実らせてみせます。

これをみている方で
うちの子供も
という方は早速連絡ください。

常時連絡 090-6100-6055
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by sportssmart | 2011-04-11 19:49 | 教育/学校 | Comments(0)

国の縮図がここにあり

2010年には3つの地域、5つの学校で出前授業を行いました。
5年前から続いている小学校では、ここにきて子供に向ける「なにか」が変わってきているのが見て取れて感じられます。
学校の先生らしからぬ頭ごなしな強制的な雰囲気を感じさせた学校だったのですが、ここにきて少し様子が変わってきているように思えます。
子供たちに、何が何でも勝て!って結果を求めるのではなく、頑張ったプロセス、努力した結果が優勝カップにつながるということ、自分達の頑張りの成果を力いっぱい出し切ろう、そのわかりやすい目安に優勝旗を目指そうという柔らかい指導に変わってきました。
その結果は、子供たちが喜びの中から嬉々として力を尽くすので当然いい結果が出て、喜びの多い学校になってきたようです。
当然の結果として、学校の中は子供たちも先生方も笑顔の多い明るいきびきびした雰囲気が漂い始めているように感じます。


反面、2つの地域、4つの学校では、子供は先生の鏡ですから・・・・落ち着かない、学びの準備ができない真剣さに欠ける子供が多いのが目立ちます。

ある、私立の中学校では、公立中学のように学校区から集まる子供たちではなく、広範囲からの受験生によって構成されているので、その地域の小学校の教育活動の様子ではなく、今の、小学校での教育活動の様子が測り知られます。
いつまでも落ち着かない子供、やりっぱなしの子供、自分さえよければの子供、見つからなければそれでよしという感じのその場さえ過ぎればいいみたいな子供たちがあまりにも目立ちすぎます。
作文や感想文を書かせても、受験対策に躍起になってきた子供達ですから「いい答え方」を知っていて、そつのない文章を書きます、が、その実態は裏腹のことが多いのにはあきれ返ります。

教室で教科を教える先生は、座学の上でのことですので、子供たちの変化には気付きにくいようです。
先生達の問題意識は少なく「ここにはそういう傾向の子供がきているから・・・・」で片付けてしまっているのです。
そういう子供だからこそ、人格を養う導きの教育が必要なのでしょうが、そういうことより進学学習が中心になってしまうようです。
中学受験の受付が始まっています、受験もすぐそこに迫っています。
安全で落ち着いている学校、進学先のいい学校がいい学校なのでしょうか。

いい学校といい教育をする学校とは随分とかけ離れているのが現実のようですが、多くの保護者はそこまで見ていないし、見分けられないし、望んでいないのかも知れません。

今の政治家連中が出た学校でのことですから、こういうところで、こんな段階から、他の痛みを計り知れない、見つからなければそれでいいというような政治家達の基礎が作られていくのかと思うと空恐ろしくもなります。



教育委員会や、校長、経営者といった方達とお会いする機会が度々ありますが、国の先を真剣に考えているからこそその職についているのであろうと思われる立場の人たちでさえ、人づくりの真剣さがどこにあるのか・・・・ズレているように思えてなりません。

生徒集めのためのいい学校とその裏の現実。いい学校に安穏としている教師という職におかしなプライドと安心をしている先生たち。

公立学校や教育委員会に至ってはもっとひどい鈍感状態を感じることがしばしばです。

小学校のまだまだ修正が利く段階のこの時期から既に将来にわたる「大切な教育」を受け損ねていることに愕然とします。

どうやったら、この悲しむべき超現実と教育現場の気付いていない錯覚に気付いてもらえるのでしょうか・・・・・

この国の縮図が今の学校に見られます。

この子供達が大人になったとき、いまの国会議員に代表される大人達のような大人になってしまうのでしょうか。

子供達を導くべき学校の先生達、子供達を禦することができるこの時期から子供達の言うがままに負けてしまう先生、親達、学校経営者達の子供の将来を真に思う気持ちはどこにあるのでしょうか。

天真爛漫、純真の汚れなき子供の行動をよく伸ばすもおかしな方に導くのも大人の仕事です。その上でも教育に関る先生の影響は大きいものです。

子供と楽しく親しく遊ぶ中にも知らず知らずのうちに教えがなくてただのお友達です。友達同士の中からも学ぶことができますが、学びの準備のない子供達が学べるわけがありません。

まず、学校では学びの準備ができるように「仕向けるしつける」ことが必要です。
この学びの準備が整えられない子供がいっぱいです。

出前授業の範囲ですので、深く立ち入ることはなかなか出来ませんが、それでも、私の特別授業が先生達に少しでも影響して感化できるならいいのですが・・・

子供は敏感なもので、喜びや許しの中にも、絶対の厳しさを求めることで何らかの「感覚」を感じてくれるようです。
これを上手く生かしてくれるかどうかは私の授業の後の、その学校の先生次第なのですがね・・・・

将来の日本の縮図が今の学校にあります・・・・

さぁ、どうする??

私の勝手な、人として大切なことを伝える出前授業(スモールブラックラグビー)も8年目に入りましたが、現実の虚しさに少々疲れ気味です・・

2011年、頑張りましょう!
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by sportssmart | 2011-01-26 21:26 | 教育/学校 | Comments(0)

夏休みが終わって

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暑かった夏休みが終わって新学期?が始まりました。
2学期制ということで、まだ学期の切り替わりが終わってない学校もありますが一応は新しい学期の始まりです。
 新学期の「生活のリズムの切り替えについてのシンポジューム」なんていうのが行われ結構な参加者がいたりしています。なんでも、学問にしてしまいたがる世の中で、子育てや私の得意とするアウトドア・アドベンチャー(野外活動・冒険)でさえスクールがあって習おうというのです。
何でもスクールに入って習って、何のアドベンチャー(冒険)もチャレンジ(挑戦)もない、なんか淋しい情けない思いを感じます。
 少しぐらい休みボケしていたって直ぐに毎日に馴染んでしまうし、何かがあるからっていちいち構える必要はないような気がしますが………もっとたくましく、もっと自然に、事の成り行きやものの流れに沿って上手く対応したり適応したりできないものでしょうか……
親達も学校の先生達も、これをシンポジュームなどといって格式付ける学者達・・なんかおかしいような気がするが……新学期が始まり新しい気持ちで挑んだ1学期、そろそろ学校や新しいクラスに慣れてきた頃に、夏休みが待ち遠しくなったころに夏休み。ヤッタァー夏休みだぁーと大喜び。折角の夏休みもこれだけ暑くては家の中でうだっている日が続いたことでしょう。夏休みも中盤になるとそろそろ留守番の夏休みにも飽きてくる頃。やっと共稼ぎの親達のお盆休みに入り家族旅行。この家族旅行があるところはましな方で、みんながみんな家族旅行があるわけではないのが普通のこと。
ちょっと長すぎる夏休みにボケ始め宿題もそっち除けに……。
さあー新学期。学校が始まればそれはそれなりに・・・。
ではないのが最近の子供達、それに過剰になる親達先生達。

しかし、こどもの本質は昔と少しも変わってはいません。少し放っておけばいいのに…・・かまい過ぎよ。他と違えば問題児扱い、こどもが転べば直ぐに抱き起こし、子供が困れば直ぐに手を貸し、子供が大して望まないのに学習塾にぶっ込んで…・・運動センスのない子には無理してでもスポーツクラブに。隣の子供がスイミングスクールに通いだしたら同じ水泳教室に…・・つくづく子育て感覚(環境)はどうなっているのかと疑ってしまいます。こどもは放っておいたって育つって!
 その放っておくさじ加減というものをそれぞれの家庭の置かれている環境でそれぞれに違っていていいのですが、この違っていることが嫌なのですねェー、右を向いても左を見てもみな同じでないと心配なのでしょうね。
 この辺が日本という国の変わらないところではないでしょうか。違っていていいとき、いいところ、同じであることのほうがいいとき、この辺りを自分で判断できない大人子供がいっぱいです。

 夏休みくらい、もっと家から(親から)離れて冒険していいんではないか と思います。この冒険へのチャレンジの中から学校では学び得ない多くの自学自習があるのです。自分で自分の体で覚えること、自分の目で確かめ自分の肌に感じ、自分の感性で何かをつかんで大きくなるのが夏休みってもんですが、いまの夏休みはすべて作られた人口イベントの中に吸い込まれていく「消費の夏休み」になっているような気がします。
 こどもにお金をかけるのであればその投資に見合うだけの価値あることにお金をかければ、もっと子ども自身が成長するだろうに…・・心も体も大きく育つ夏休み、そして、夏休みが終わったこの時期を含めて自分を修正する力を身に付けるチャンスなのです。

 私はお願いしたい。こどもを大人の格好付けでいじくりまわすなって。スクリーンにあれこれ映し出される活字を囲んであれこれのたまうシンポジュームが親達の子育てにどれだけ役立つものか。それより毎日一緒に挌闘して笑って泣いて喜んで日々暮らすことのほうがよっぽどいい子育てになると思うけど・・…。

この地区も、秋の運動会シーズンが始まっています。
過度な統制整列訓練、行進練習に終始せずに若さと活気の運動会を楽しめるように願います。
先生の指導力披露がメインではなく主役は子供をお忘れなく。
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ちっやなこどもの大冒険。
子供も逞しいけど、特色ある無認可保育園に預ける親達も子育てにある意味覚悟をもっている逞しい親達と感心します。
                 (札幌市モワイ沼にて)
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by sportssmart | 2010-09-08 00:26 | 教育/学校 | Comments(0)

只管打座…ひたすら

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私の幼稚園、小・中学校などへ出向いての出前授業「ラグビーを通して人として大切なことを伝える教育プログラム」に千葉県は南外房総半島の突端、勝浦市にある国際武道大学のラグビー部の監督、コーチの先生方とラグビー部員の学生さん達が時々お手伝いしてくれます。
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国際武道大学は歴史の浅い小さな後発体育単科大学ですが、その精神は日本の武道精神を基に、今こそ必要な「日本のこころ」を持った若者を世界に送り出そうという、当たり前にして崇高な精神をもった大学です。
 私が最初に知った卒業生は、一期生の自覚をもった腹の座った若者でした。3期4期生を送り出す頃は片田舎に流れてきた学び足りない学生であふれ、卒業生も先発大学の卒業生に比べれば格段の見劣りがあったことは確かです。
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 しかし、何と言われようと学生を受け入れ、学ばせ、育て続けているうちに、建学の精神が学生の誇りとなったのか、なかなかの成長振りです。
 仕事柄いろいろなところの大学生にも接しますが、私の知るラグビー部の学生に限ってみれば、都会に位置するマンモス体育大学生より遥かに志が高くよく学ぼうと意欲的です。
 監督はといえば、唯の人で、穏やかな物静かな、誠意のある人のいいおじさんといったところです。見識を見せびらかさず、謙虚を保ち、ひたすら片田舎からいつかは「制覇」を と願って片田舎のグランドで練習を重ねています。
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この監督を慕って大学に残る学生、院に進む学生、海外から慕ってくるコーチと人の波は留まりません。
 有名大学、有名クラブ、有名監督、スター選手……ばかりがスポーツの本筋ではありません。
 名もなくひたすらやり抜いている津々浦々の指導者、そして、それを慕う部員選手達。そこに、真のスポーツを見ることができます。
 マスコミに散らばる記者たちの求めるスポーツ像ではスポーツを生かした日本の活性化や適正化は遠い話でしょう。スポーツに内在する教育効果は絶大です。しかし、その方向を誤ると、折角の「人の善さ」を潰してしまうことになります。喜びや感動の中から敬意や誠意、許しや我慢、尊攘や容認許容といった人の誠を体験的に身につけていくことができるはずです。感情のコントロールもできないスポーツマンを育ててどうするのでしょうか。
 スポーツに触れたこともない人達が俄かイベントでスポーツ気分に浸るにはいいのですが、本物を味わったことがない分だけ浮かれ気分で暴走してしまがちです。
もっと多くの人達が気軽に本物のスポーツに触れられるように、国の、「国つくりの基本」即ち「人づくり」がなされることを切に願います。
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只管打座……只管とはひたすら~し続けること・ひたすらをいいます。打座は座り続けること。ひたすら座り続けること。ただそれだけの中に、自ずと見えてくる教えがあるという禅の修業ですが、ここに、ひたすらやりこむことの大切を語っています。
あーでもないこーでもないと戯言ばかりの日本と日本人。 日本人の象徴をサムライニッポンと名乗るなら、今こそ日本を代表する「武道のこころ」をひも解いてみてはどうでしょうか。この中に日本の勝機が眠っているはずです………。a0111271_1019032.jpg
合掌
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by sportssmart | 2010-06-21 10:33 | 教育/学校 | Comments(0)