Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

カテゴリ:被災地はいま( 27 )

今朝はやけにダルくてなかなか眠りから覚めない朝でした

585の血糖急上昇で 大変だァ、入院だ って緊急強制入院させられたのは去年の2月24日
気がつけば あれから1年 
この1年、すっかりライフスタイルが変わっちゃって、
考えてみれば、人生のターニングポイント・命日みたいなもんだものね

調べてみれば甲状腺数値まで下がっちゃって・・・・免疫力低下だもの・・・
仕事柄まだまだ放射線量の残る地域でウロチョロしていたからなぁーって思っても後の祭り
確かに急にきた585のときは死にそうになったもね
すっかり快復してきてそんなことも忘れていたところで今日の具合だもの

「あーこれがか?」って1年も経ってやっと自覚したね
生半可丈夫な体に自信を持っていたから、寝てれば治るなんて、ちょっとナメてたかな?
まだまだやらねばならないことがあるのに・・・

さて。困った。
ならばどうする? ってところかな。
 
すべての元凶はストレスだね
プレメデシン(予防医学・健康)の専門家を気取っていたくせにこれだものね
ストレスマネージメントって大事だね

気付かないストレスの中で日常が行われている被災地の現状が気になります
ストレスマネージメント、フィジカル&メンタルヘルスで駆けずり回っていた被災地のことが気になります
日常の中にある小さなストレスの積み重ねがある時ドカンと吹き出してしまうってことを身をもって経験して初めて「気付かない健康被害」が身近にある危険を感じます
被災地のニュースもすっかりなくなったいま、どうなったかなァ~って気になりながら、「寝てれば治る」に任せてタフを気取るしかありません

どうしたかな? 被災地の子供達。どうなったかな被災地の学校、教員達???

 

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by sportssmart | 2017-02-24 10:54 | 被災地はいま | Comments(0)
震度7の熊本大地震、大きな災難を被っています。
テレビニュースを見る目も、度重なる災害被災にどこか冷めているよな気もしないわけではありません。
私達の世代では、大きな自然災害としては十勝地震、つい最近では阪神淡路大震災、そして5年前の東日本大震災と記憶に残る大震災を経験しています。
生きること、生死の境の僅かな隙間、生きるか死ぬかの一瞬のこと、先に何があるかわからない自然の摂理という洗礼を受けています。
今の世代で、人類が経験したことのないような大きな自然災害といえば神戸淡路大震災とそれに続いた東日本大震災です
今回の熊本地震の被害への対応は、これらの経験が生かされることを祈ります。
緊急な即応対策の必要は勿論ですが、『周りが俄かに騒ぎたてないで』冷静に事の成り行きを見守ることが必要です。必要な段階に合わせて、必要な時に必要なことを。

野外教育を専門にしている者として、自然への敬意は忘れません。
文明文化の発展の陰に文明社会の代名詞みたいな日本という国は大都会東京一極で物事の基準判断とそれになびく国になっている現在では、すっかりこのことを忘れています。
何か事が起こった時、大騒ぎして集団ヒステリックみたいに「騒ぎの方向に」流されてしまうのが日本という国の体質です。
東日本大震災の時、誰もが支援に走って募金を募り物資の供給に奔走しましたが、被災現場がホントウに必要としたことはほとんど届かなかったという現実がありました。
多くの無理につくられた美談の陰に、この騒ぎに便乗して儲けようとたくらむ災害ビジネスというのも横行した次第です。
被災者は自力で何かできるということは少なく助けてくれるのをただ待つだけ当てにするだけという状態が続きました。
自然災害というものは誰が何かしたというのではなく、誰にも責任はないのです。
どうしても誰かに、どこかにことの責任を押し付けて少しでも補償なり補助金なりをむさぼり取ろうと躍起になります・・・・
そうではなく、仕方ないことは仕方ない、さて何が出来るか、どうするか と時間をおいて落ち着いて考えることの方が立ち上がる近道ではないでしょうか
勿論当分は大いに助けに頼らなければならないことは言うまでに及びません。
自然の驚異を科学をもって制御しようってのは人間の思い上がりで、自然界から見れば小さな人間が出来ることは大きな宇宙の大きな自然の摂理には及びません。
日本、日本人という思い上りの強い国、国民性に驚きます。もっと、自然というものに敬意をもって、その中での生きる力生きる知恵を身につけられるような普段からの体験的学習が必要ではないでしょうか。
学力一編到の教育から、生きることへの知力・体力という視点が必要ではないでしょうか
「本質的な教育の転換」が必要な時に差しかかっていることを教えてくれる自然災害や世界の情勢のように思えてなりません。
いい家に住んで、いい車に乗って、電気水道ガスの通った便利なところに住んで、いいものを食べて…ではそれらがなくなったときどうしてやっていくのか、一種動物的な生きる本能が残っていなくては…
アウトドアアクティビィティー(野外教育活動)にみる本能の覚醒がこんな時に役に立つこともあります。
自然の嵐は止まないことはありません、時間が救いのひとつです。
どうか、暫くの辛抱をし、体力気力の温存に努めてください。急がないで、焦らないで慌てないで・・・・
このときこそ防衛体力、行動体力、基礎体力が必要です。
体力(耐力)気力の不足は免疫力を低下させます。仕方ないことに割り切って、頑張ってください。
救いの手を待つのと共に自力での立ち上がりを祈ります。
東日本大震災の被災地に入って、つくづくこのことを感じています。
初期の甘えは時間が経っても尾を引きます・・・・
誰かが助けてくれる、隣に補償金(保険金)が入ったから家にも・・・
隣がああなったから家も・・・
挙句の果てには、この震災に便乗して少しでも国からの補助金を引き出して新事業を なんていう自治体も現れている始末です。
棚から牡丹餅を待って5年の月日が流れているのが現実です。
自力で立ち上がることが大切です、そのための支援ですから・・・・
支援する側も、支援の手順を間違えないように、
過去の経験、教訓を生かしたしっかり即応できる支援をと祈ります。






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by sportssmart | 2016-04-15 23:49 | 被災地はいま | Comments(0)
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福島県に入って、被災から避難生活を強いられている子供達が通う海岸線の学校を訪問しての体育・体力づくり支援、教員の体育授業力・体育指導力の向上に努める仕事をして10カ月が経ちました。
あれ以来(震災以来)先生方の心の奥深くに眠っている疲れも一見無いようで大きいものがあるようです。
子供達の力というものは大人のそれに比して力強いもので逞しく育っています。
それでも、知らず知らずのストレスや制限のためにかもっとあるはずの活力に少し不足してるかなって感じさせられることも度々でした。
本来あるはずの子供達の天然の力も大人の疲れや古い体質が塞いでいるかのようにも感じました。
福島にいて思います。
一見なんでもなくいるこの子供達の中から、必ず日本を動かす人材が育つだろうなって。
人の命の尊さや、一瞬にして人の命が消えることや、困難に耐えることの何たるかを、人と人の関わりというものがどういうもかを身をもって知っているのだから。
机上の空論や口先で学んだ頭の中だけの想像や思いではなく、
実際に身をもって知っているその思いは、この子供達が大きく育つころには大きな力になるだろうとつくづく感じ、期待します。
問題は、それを受け入れる土俵と勇気がそのとき日本にあるかということです。
もともと、古い体質因習が残る日本のあちこちです、
震災地復興のためにも、この地から力強く育つであろう貴重な人財を
偏狭な日本を出て、広い世界に飛び出したくなる思いにさせないように と祈ります。

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by sportssmart | 2016-03-19 18:20 | 被災地はいま | Comments(0)
人の体は 自分の目で自分を見ることが出来るのは前半分で、後ろ半分は見ることが出来ないようにつくられています。
自分の背中は自分で見えないでしょ
鏡を見れば自分を映すことが出来るけど、どうしても見ることのできないところがあるでしょ
誰かに背中のホクロを言ってもらわないとホクロがあるのもわからないでしょ
誰かに背中の痒いところを掻いてもらわないと掻けないでしょ
そんな風に、自分の見えないところってあるものですよね
このまま狭い日本に居ては日本の見えないところは見えないままです
人だって、自分を外から見てみないとホントの自分は見えないものです
自分で自分のことを分かっているつもりでいるのに、外から何だかんだ言われたら気分のいいものではありません。
福島の今、福島に関わる人は、地元の人達も、この現実とその実のところは分かっているのになかなか口に出せないこともあるでしょう
何も知らないど素人の私が裏のからくりみたいなことが薄々見えちゃうんだから……
もっと核心にいる人はそのからくりもその旨みもよく知っていいるんだろうなって思ったりして・・・・・・・
もし、自分のしていることに、自分の姿に気付いていないとするならそれは仕方ないのかな?
だって、自分のことは半分しか見れないんだから……
人に言われて初めて残りの半分のホントの姿が見えるというのに
人に言われたらついついむきになって否定したがるのが普通だからね・・・・・
この機会に震災を理由に資金を獲得して新たな事業を・・・・・・・
スゴイね!

スポーツって勝ち負けがはっきりしていて、何人もの敗者の方が圧倒的に多いんだし、結果に従うしかなくて、負けても次に向かって頑張るし、ケガでもすればそれでも頑張るか、道を変えるか、断念するか、いちいち言い訳しても仕方ないし、相手を恨んだって筋違いだし、それでも再起する奴は再起するし、いつまでも甘えていられないし ってはっきりしているんだよね
何だかんだと自分を誤魔化してグズグズいっている奴もいるけど、言い訳できるもんではないんだよね 次のことは自分で決めて自分で立ち上がるしかないんだよね
被災地ってこれに似てるんでないか?
勿論、被災被害とスポーツと一緒にするつもりはないけどね・・・・
スポーツコーチとしては、いちいちごちゃごちゃ言ってんじゃないよ!自分でやるしかないだろ!ってぶっ飛ばしてやりたいときもあったけどね
勿論、時には助け舟も出しながらだけどね・・・・・
周りも周りだよね、いつまでもどうしたの大丈夫ゥ~~って甘い口調で傍にいて何もするわけでもなく口先ばかりの甘い励ましが応援だと思ってね・・・・
そんな応援に あっちに行け!って追っ払ってやったこともあるよ

誰でも自分の姿は自分の見える姿が自分と思っているけど自分の体の半分しか見えてなくてあと半分の自分は見えてないんだからね
誰かがホントのこと言ってくれないとホントの自分はわからないでしょ
みんながいい子イイ子って可哀想可哀想ってやっていたらいつ自分で立ち上がるんだい?
チビちゃんだって上手くウソ泣きして抱っこしてくれるのを待っているんだぜ
赤ちゃんなら抱っこしてやっても自然だけど、みんな赤ちゃんではないんだぜ
スポーツスポーツってスポーツイベントに囃されているけど
スポーツってホントは諦めも、切り替えも必要なんだよ、そこから新しいチャレンジが生まれて再起につながることを教えてくれるんだよ
スポーツをただ慰めの材料にするばかりでなく
その中から自力での再起を促せるものでなければスポーツの力で応援なんて言えるかなァ?
言われて嫌なことかも知れないけど、
自分の背中は見えないのと同じで、見えないことを言われてカッとなっていては自分のホントのことがわからないままいつまでも変わることが出来ないでそのままだよ
仕方ないことは仕方ない サッと割り切って自分でやっていかなければ
震災を理由に次から次に資金の引き出しばかり を考えているのなら、それはいかんゼヨ。
まるっきりチガウ! っては言い切れないだろ?
ちゃ~んと知っているんだからね、
どんなに他人は騙せても、自分の心にだけは嘘はつけないぞ。
しかし、これが日本という国で、これが世間というものだから仕方ないかな?
使途不明金なんて問題はずいぶん後から明らさまになるんだからね
そのときはどうするんだい?
それが子供達に関わることなら、子供達になんて言い訳するんだい? まずいことになってからでは遅いぞ!
どうしても前しか見えないのが人間だから、見えない部分の自分を見ない人、言われても聞こうとしない人もいるんだから仕方ないか?!
知らないぞォ~、後から問題になったら大きいぞォ~。






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by sportssmart | 2016-03-18 22:03 | 被災地はいま | Comments(0)
2015年12月15日
私は今、福島県南相馬市にいます
福島県教育庁相双教育事務所というところに配属され相双地区の小学校を廻っています
ここは、東電原子炉からの放射能漏れによる被災地・避難地を抱える真只中です。
子供達の元気活力への応援はもとより、子供達に接する先生達の子供達に向ける目や指導力が高まるように応援しています。

毎日毎日どこかかしこの小学校を訪問して、子供の心に返って元気に楽しくやっています。
そこにいる先生達にも心からの元気や屈託のない時間を感じてもらいたく思って元気にやっています。
でも、福島県どこか違うな?どこか違うぞ?おかしいぞ??って感じる毎日でした。
12月15日、デスクを共にする集まりの忘年会に声をかけてもらえて、酒席の中で福島県(被災地)の先生達の切実なる姿を改めて実感させられました。
この地区の教員達は何かしらの被災者です
地震津波で家族を失った先生、避難誘導、避難場所になった校舎で家族のことを顧みる時間もなく避難者の世話にかかりきりになった教員達、気がつけば家族ともばらばらに
自分の子供の安否も確認できずに避難者の世話にかかりきりだったこと、失った身内、そんなことに悔いを残しながらまた現場に戻らなければならなかったその頃。
現場に戻った時、わけもなく自信を失い指導力を失くした自分に愕然としたその頃
命からがら助かった後の日々、何をどうしたらいいのか時間の経過に身を任せて今日まで来ていること・・・・話はまだまだ続きます

私は、今日、自分に与えられている新しい役目を感じました。
福島の教育現場を回る中で、忘れられていく教育のあり様と教師も人間であること、
傷つくことさえも許されないまま現場に戻らなければならなかった現実
休むこともないまま、代わりがないまま今につながっていること……
時間の経過は忘れることでなんとかここまで来ているけれど
時間の経過は何もなかったように平常が戻ったように見えるけれど
酒席で酒の勢いに任せて吐露するその生々しい体験と心の内に
今も、何も解決されていないことを実感させられました。

私の役目は、教育現場の子供に関わることばかりでなく、教員の変革を急ぐばかりでなく
それにつながる心のランデングエプロン(着地滑走路)を広げること、そして、フライングエプロン(飛行滑走路)を広げること
それが、福島県の子供達に接する先生達の子供を見る目、子供に接する余裕につながり、そのことが福島県の子供達の体力向上につながり元気につながり・・・・・・と目に見える成果につながることだろう
世間は、ここで何もなかったように無関心になっていく中で
ここにはまだまだ痛みの中にある現実があります

福島県の今が訓えることは、日本全国に通じることです
福島県の甘えは、日本中に通じる甘えでもあります
福島県が変われば日本中が気づくでしょう
福島県から日本に発信できることはいっぱいあります
しかし、日本中がそれに気づくかどうかが問題です・・・
日本人がそれに気付く力があるかどうかが問題です

福島から日本を変える
福島の教育から日本の教育を変える
そのためには、教員の回復が先決です
休むこともなく無理が続いていることにさえ、気付けず、疲れを隠し誤魔化しいる教員たちに日本中の教員の疲れを垣間見る思いがします。
教員の疲弊は教育の低下につながり、社会の犯罪につながっています。
何事にも元がある
元(源)を断たねば感染は広がるばかり・・・・・・・・
元がどこにあるかさえも見つけられない程度の日本です
福島県からどれだけのことが発信出来るか やりがいのある仕事に改めて意欲の燃えた今日の酒席でした。



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by sportssmart | 2015-12-15 23:45 | 被災地はいま | Comments(0)
福島県、天気予報でいえば浜通り地方 
相双地区に入って半年以上になります。
この域内にある全小学校を巡回しました。いい出会いがあって帰りのハンドルが軽くなったのはたったの2校だけ⤵
福島県は、津波地震があって、その上、東京電力原子力発電所の原子炉から放射線が漏れて大きな被害のあったところなのでいろいろな問題が「わかり易い・見えやすい」ってことで、これに、「何かしたい」と支援の目が届きやすいっていう現実があるところです。
自然災害は、大自然界から見れば、ちっぽけな人間のすることが自然の摂理に打ち勝とうっていうには、どうしようもないってこともあるかも知れないけれど、4年半も経った今、そんなことばかりも言って甘えてばかりもいられないってことに気付かなければならないんでないかなァ~って ところも見えてきたような……
そこそこに気付いている人達もいるのにね・・・・・・変える勇気も変わる勇気もない役人気質が蔓延っていてね…
それを言ってしまえばお終いよって感じで、なかなか口に出せないのが本音のところかな? お互いがお互いを縛っていてがんじがらめで動きようがないのが今も昔もこれからも変わりようがないってのが現実!
本当は、今、ここで起こっていることは日本中のどこにでもあることで、震災ばかりを理由には出来ないことがいっぱいです。
震災が無かったとしたら、どうだったんだ? 
そんなに手が行き渡るところだったのかって???
そんなに騒がれるところだったのかって???
あり余るほどの国の補助金が下りるところだったのかって???
何だかんだって、被災をいいことに金を引き出してきて、おんぶに抱っこでいいのかってところはないか?
福島の子供が体力が落ちているっていうけど、日本中の子供達の生活変化は体力も気力も低下させているんでないか?
それをカバーしているのは夫々の県の子供を預かる学校ではないか??
学校の教育力の差 が各県の子供の体力運動能力の差?ではないのかな??
大凡は、学校の教育力の差は各県の生活文化水準の差に反映されるだろうし、そのことに気付かないこと自体がそもそもの「差」だし、文化風潮の「差」だろうしね。
教師力って大きいぞ!
子供の学力もさることながら、サルの世界ではないけれど、体力の差は知力の差につながるし、知力の差は「感性の差」になるし・・・ねっ!
しかし、これだからこそ、なんとかせねば・・・・・・・!
福島の今が変われば日本中が変わる、気付く って思って先生達の変わり様に期待して毎日格闘しているんだけどね……
明治以来の教育界の「偉そうなお上の感覚」が第一のハードルでね・・・
これは日本中同じではないかな???
先生達がどこを向いているか??
先生といわれる国会議員でも同じことで、どこを向いて仕事しているのかってことだね。
国民の方を向いているのか、子供の方を向いているのか で
自分の欲ばっかりだったり、上の方をばかりを見ているのか
単なるお金を稼ぐ「仕事」でしかないのか

日本中のモノの考え方、価値観、感性がもっと違っていたら
日本中のモノの見方が違っていたら もうチョットは違う国になっていただろうね?
震災被災を理由に何だかんだ言ってられるのはここまで!
自分達でやらねば! ねっ!
中に入って感じる被災地は、いつまで甘えているんだよッ って感じだね、
外野も外野で、どこ観てんだよっ って感じ。
もっと現実をみて、もっと必要なことをしてもらいたいね。
金持ちは偽善が大好きみたいで、目立つところにしか支援は届いていないぞ!
もっと、目立たないけど真に困っているところに支援の手をって叫びたいね。
被災地ばかりでなく、国外ばかりでなく、もっともっと真に身に迫って困っている人達がいるのに、そこは無視かい? 宣伝にもならないからね??
どんなに大変でも、大変なところに心が届かない学校の先生がいっぱいなのが現実!
目の前にいじめが、嫌がらせがあっても気付かない先生がいっぱいなのが現実!
先生という仕事が「シゴト」でしかないのが現実!
この目でみてこの目で感じて、落胆の毎日に鞭打って、だからこそ「やらねば!」ってね
被災があろうと、なかろうと、日本中どこにでも同じことがゴロゴロしているのが現実!
これを何とかしなければ!!!!
学校から人が育っていくのだから・・・・・・ねっ!

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by sportssmart | 2015-12-08 01:00 | 被災地はいま
浪江ー南相馬
2.6~5.9μSv/h

常磐道を走っているとこんな表示が目に飛び込んできました。
前には4.7っていう数値を見たのだけれど5.9は目にした最高値です
「いやー、このあいだ常磐道を走っていたら放射線量の表示盤が4.7だったよ、まだまだなんですねェ~」って話したら、地元の人はこんなことを言っていました
「4.7? 大したことないよ、あのころは100なんて当たり前の世界だったからねェ、4.7なんて何でもないさ、屁みたいなものさ」
???
普通に暮らしていて自然界の放射線を浴びる年間量から比べると4-5年分をいっぺんに浴びてしまうのだからエライこと と思うのだけれど・・・
いや~、慣れってすごいなァ~

山の中、畑の中、田んぼの中、野っ原、町の中、住宅街、
飛び飛びに虫食いみたいに除染作業が進められています。
モニタリングして汚染線量の多い処から取り組んでいるのだそうです
それにしても飛び飛びで虫食いみたいな作業ポイントで
同じ空の下で、暮らし、健康に影響が大きい処の直ぐ隣は大丈夫で、すぐ隣は危ない?
なんて理解に苦しみます。
ブルやユンボで土の表面を剥いでいる作業を見ていて
畑の土を数10センチ剥いだからといって土に染み込んだ放射線が消えるのだろうか? なんて思ったりしたり・・・
4年経った今、「もう、慣れてしまった」とはいえ、
現地はまだまだ・・・・・・です。

それにもまして、
日本中の人はこの現実を知っているのかな?
東電福島原発のお膝元の町の東電の責任と支援に裏打ちされた復興帰還に向けたニュースは頻繁でも
取り残されているところがいっぱいあって、知らないうちに忘れられ、慣れきってしまってそこに普通の生活が続いていること
広島でさえ、70年経った今でも原爆投下による被災認定者が続いているというのに、ここはこの後大丈夫? って思ったりして・・・・
日本の繁栄の陰で、この現実はもっと多くの人に知られなければならばいことのような気がしますが・・・・
かくいう自分も健康に関わる仕事をしてるくせに 3月もしないのに慣れちゃってるんだから
人って強いのか、バカなのか??
人間の脳って都合の悪いことは忘れるように出来ているから生きていけるんだよね・・・I'm tuff !

 
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by sportssmart | 2015-08-19 07:38 | 被災地はいま | Comments(0)
7月30日
4度目の訪問:今度は夏休み水泳教室で
子供たちの泳力、先生達の指導法、職員室の雰囲気 が以前にも増して輝いていました。
ちょっとした触れ合い、ちょっとした気付き でこんなに変わるもんなんですね
水泳教室が終わって子供達から感謝の言葉をいただきました
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8月7日
南相馬市立八沢小学校
校門の前に二宮金次郎像が立ってました。
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すっかり消えてしまった二宮金次郎
この地方では二宮金次郎の残した「徳」が残っています
少し高齢の校長先生は子供と一緒にプールに入って遊んでいました
言葉や理屈がなくたって、そこに思う気持ちがあれば子供たちへの愛情や未来への期待は伝わるものです。
形やモノ、理屈や形式に縛られない、「子供に向かっている」学校に出会うとき一条の光に救われます。
誰にみられることもなく、時代とともに廃っていく二宮金次郎のそこに立ち続ける姿に平凡の積み重ねが教えてくれる「普遍な教えの尊さ」を感じました。
被災から4年経った今でも、子供には見せない先生方自身も被災者の重みを背負っている中で、未来ある子供達に向かっている苦しみの一端を感じ取ることができます。
この中で出来ることは、スポーツのもつ屈託のなさ、結果に割り切るサッパリ感、次に向かう切り替え ヨッシ、なにくそ! さぁ次だ!の馬力 くらいの簡単なことです。
大袈裟に騒ぎまくるイベントニュースの端くれで、学校訪問は続きます。
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by sportssmart | 2015-08-09 12:20 | 被災地はいま | Comments(0)
福島県相馬市立磯部小学校
ガンガンの炎天下、2日間連続5時間ぶっ通しの水泳授業のお手伝いをさせていただきました(こんな風にあちこちの小学校を回ってガッツと気付きの置き土産を届けるのが仕事の毎日です)
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水泳でも逆上がりでも、逆立ちでもキャッチボールでもワンポイントのホンの少しのヒントがあれば子供達は見る間に上達します
出来た喜び、出来る喜びが自信につながり次への扉を開きます
やらないうちから「出来ないと言うな!」 やってだめなら仕方ないがやってみないと出来るか出来ないかわからない、なんでもやってみないとわからない、
出来ると言え! 今出来なくとも練習すれば出来る、明日になれば出来る、大きくなればできる、大人になれば出来る。決してやりもしないうちから出来ないと言うな!
Say I Can ! とみんなで大声で叫んで 水泳授業が始まりました
チョット強引だけど、子供達の上達は見る見るうちに・・・・
子供達の出来た、出来る という達成感と自信に溢れた顔は光っていました
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津波震災の被災で亡くなった12人の子供達への鎮魂の碑

相馬市の南側外れ海側の高台にある磯部小学校 先の震災で12名の幼い命が流されました
忘れられていく風評の中で、命の大切、なんとしても生きるんだというメッセージを送るにはあまりにも現実過ぎて子供達には過酷です。
でも、この地で暮らす覚悟の中には水に負けない逞しさを身につけなければなりません。命を守る水泳力。カッコいい「カタチ・フォーム」に拘っているときではありません。先ず、水に浮けること、岸に泳ぎ着くこと、助けが来るまで浮き続けること泳ぎ続けることが先決です。
指導要領に拘る先生達は水泳種目の泳ぎ方(カタチ)を急ぎます。先ずは潜れること、水の中で一仕事出来ること・・・
死ぬのと生きるのどっちがいい?! と聞くと「生きるの!」と即座に帰ってきました。
生きていればいいことがある、死んでしまったら何にもならねぇ、なら苦しくてもガンバレ、乗り越えろ、水の中は息ができないのだから苦しくて当たり前、我慢して堪えて乗り越えて顔を上げたら楽になる、苦しみの後には楽がある、ガンバレ、やらないで出来ないって言うなよ、やらなかったら何もできない、やれば必ず出来る、何回もチャレンジすれば必ず乗り越えられる、ガンバレ、諦めるな、この先生の水泳授業はただの水泳授業ではないぞ、命を守るための水泳授業だぞ、カッコウなんか気にしている場合じゃねぇ、ガンガン行くぞ!とはじまりました。
どうだ!みるみる間に上達です。25m完泳出来なかった者達が次から次に泳げた、出来たァ!の歓声です。どうしても腰が沈む者にはフロートベルトをつけて、ガンガンバタ足キックをやらせます。
休む間もなく次から次へ。気がつかない間に一人二人を除いてみんなが完泳です。経験のない背浮も浮身も、平泳ぎまで進みました。
型にはまったカッコいい泳ぎを目指す水泳授業とは違うけど泳げる!というゴールは同じ。子供達に思う「思い」がちがうだけの授業です。これを見て先生達は何を感じ、何を思ってくれたか・・・
それが問題です。
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by sportssmart | 2015-07-16 22:25 | 被災地はいま | Comments(0)
2015年6月27日南相馬発

6月1日から東電福島第1第2原発がある双葉地区の町々から離れて、他の町で開校している学校を回っています。
元気にやってます。でも、疲れはピーク。
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避難地、離散地から戻った子供達が寄り添って学ぶ体育授業で体力つくりとスポーツの楽しさを伝えるのが役目です
少数の異年齢集団での遊びや体育授業のサポート、アドバイスで少しでも元気つくりの役に立てれば・・・・・・
放射線量にまつわる風評に怯えて外に出ることから遠ざかっていた間に子供達の体力も活力も弱ってきたのが現実となって表れています。4年間の放射線からの避難生活は戸外遊びを怯え、好まないものにしています。
子供の頃から広い空の下で太陽の下で思いっきり遊ぶ解放感は快活な生き方につながる大切な時間です
自分の都合ではなく、生まれ育った町、幸せに包まれて普通に生活していた町に戻れないという現実がここにあります・・・・・・
住民が戻れないひっそりとした町々、無人の家々が点在する6号線を走ってみて、
仮設住宅に住んでみて、ここで4年も暮らしていてはいくら「慣れる」とはいえ
息の詰まる息苦しさから知らないうちに蓄積されるストレスから解放されるものではないことがしみじみ実感できます
何もなければ長閑な自然の中でゆとりのある人達なのだろうけど
どこか病んでいるなぁって感じさせる人も僅かではありません

この現実に比べてひと騒ぎが終われば「世間の無関心」は・・・・・・
あの時のこと、そして今この時のことにはもう他人事になってきているようです
人の心の移り変わり、浅はかさをつくづく感じさせられる現実がここにあります。
この機会に、
もう一度、日本という国を、日本人という体質を 
嘘隠しなく見直してみる必要がありそうですね・・・・・・
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by sportssmart | 2015-06-27 13:32 | 被災地はいま | Comments(0)