Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

パラリンピックに思う

リアルタイムでパラリンピックに釘付け、ちょっと寝不足。
テレビのアナウンスはパラリンピックにもメダルメダルと連呼です
もっと違った見方・応援もあろうというものを・・・
貧しいね・・・ニッポン・日本人気質というか文化というか・・・

義足をつけて頑張っている姿に
車椅子を操って頑張っている姿に 力をもらいながら「凄いな!」って感服しています。

でも、ちょっと思ったんです
このパラリンピックというスポーツに出会える人達は
障害をもつ人達、障害を持ってしまった人達のほんの一部なんだろうなって・・・
もっと多くの障害を抱えている人達は
あんなにスゴイ車椅子に恵まれる機会も、あんなにスゴイスポーツに触れる機会も殆どないんだろうなって・・・
多くの人に支えられて、特別な(高価な?)道具を手に入れて、移動して、施設に通って・・・・
って莫大なエネルギーと支援を必要とするだろうなって・・・
そして、それを支える人達の凄さ?にも感服します・・・
時間もお金もかかるだろうに、殆ど「持ち出し」でやっているんだろうなってことが想像できます・・・・
家族の応援が無ければ・・・周りの応援が無ければ・・・
何よりお金がなければ・・・
何不自由のない健常者だってそんなに条件に恵まれることもないのに・・・

障害のある人達の誰でもができることではありません
これが、障害をもつ人達みんなが、誰もが楽しめるスポーツになって
誰もが参加できるパラリンピックになれば素晴らしいのですがね・・・

この素晴らしいパラリンピックを誰が言いだし、誰が始めたんだろう・・・って感心します。
調べてみると
1948年イギリスの病院で第二次世界大戦で脊椎を損傷した兵士のためのリハビリテーションの科があって
そこの医師ルートビッヒ・グットマン博士の提唱で院内のアーチェリー競技会として始まったということですが、オリンピック(IOC)と共同するのは1960年のロンドン大会からということです。
その後1964年の東京大会で共催した後はオリンピック開催地で行う方式は中断され1972年のハイデルベルグ大会から復活したのだそうです。
正式名称が「パラリンピック」になったのは1984年ソウル大会からIOCが直接かかわるようになってからということです。
2000年にIPCとIOCの間に協定が結ばれオリンピックに続いてパラリンピックが行われる正式な義務化がされたということです。
因みに、パラリンピックのシンボル旗の赤・青・黄は
人間の最も大切な要素である「心(スピリット)肉体(ボディー)魂(マインド)」を表しているんだそうです。

1960年パラリンピック委員会の前身である国際ストーク・マンデビル大会委員会が組織されこの年第9回ストーク・マンデビル大会がローマオリンピックと並行して行われ、これが第1回パラリンピックと呼ばれているんだそうです。
その後の東京オリンピックがこれを引き継ぎ、ここで中断されてしまい、1978年の再会を見るのです。
1984年のソウル大会で正式に「パラリンピック」となるのですからそんなに昔のことではないのですね。

その間に、車いすバスケットボールでは障害者の中に健常者が混じって金メダルを取ってしまうということがあって、この後知的障碍者がこの大会から締め出されたりと、やはりこの世界にもメダルメダルに固執する「勝利至上主義」が蔓延するわけです。

障害者の方々が頑張っているその陰では、違う視点で見れば、熾烈な機械工学やIT工学のものつくり技術の世界競争が見えます。
日本の選手が選手自身の力で得られる勝利なのか、技術に助けられた勝利なのかを考えるとき、
このパラリンピックが世界中の国々、地域にもいる障害をもつ人達に平等にそのチャンスがあるかといえばそうでもなさそうです・・・・
人間が人間の夫々の条件下で確かめる能力の競い合いではなく、人間が開発する道具や機械や技術の競争になっていくような気もしてなりません。
支援スタッフの仕事も真に障害者の方々の頑張りに応援するのではなく製品商品の売り込みに加担することが仕事になってしまってはパラリンピック旗の3色が目指すところと違ってきます

自然に敬意を 自然に勝る者はありません
人間に敬意を、人間に優る者はありません
どんなに機械が優れていようと技術が進化しようとも、目を当てるところがその人そのものでなければ・・・

見様によってはオリンピックよりも多くのことを教えてくれるパラリンピック
フィールドやコートで活躍する日常生活に不自由をもつ選手達を客席で応援する不自由のない健常者たち
オリンピックとは全く逆転現象の映像を見て
オリンピックの裏返しがパラリンピック を感じます。

えてして関心が薄くなりそうなパラリンピック
どれだけ多くの(関係者でない)人達がこのパラリンピックに関心をもっているか・・・
多くの人がオリンピックと同じように心を向けてもらいたいものです。




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by sportssmart | 2016-09-18 13:30 | 本当に大切なこと | Comments(0)