Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

オリンピック 宴の終り に思う

リオ・オリンピックも終わり、日常の生活?に戻ったような感じで夏休みが終わります。
録画もあるというのになぜかライブ・リアル放送に釘付けになって夜更かしが続きました
やっぱり、スポーツ観戦は「生」に限ります
感動の伝わり方、熱の入り方が違うものね。
テレビってそういうことではありがたい。
さて、地元で行われる東京オリンピックになると
「リアルな生」がいいったって みんながみんな東京に押し掛けるだろうか???
テレビで見てる方がよく見えるしわかるし・・・それにライブ放送時間も生活時間と同じだし・・・・「少なくとも寝不足?」はないだろうし・・・
「日本中」で考えるとそれはやっぱり『「東京」限定オリンピック』だわ
北から南から日本中の人達がこぞって「東京」サ行こ!ってことにはなかなかそうはいかないわな・・・懐具合もあるしね。
さて、4年後 正味3年、「捕らぬ狸の皮算用」が始まています
リオの日本選手《団》の活躍が4年後は「それ以上にメダルを!」と拍車がかかるでしょう
確かにリオの活躍は次に開催を控える日本にとっては夢を膨らませてくれました
小さな子供達から大人まで夢の種類は違っても手に届きそうな希望を持たせてくれました。選手たちの頑張りには盛大な拍手と感謝をおくります。

しかし・・・・
これが次期開催国でなければオリンピックも終わってしまえばすぐに熱さは忘れてブームも冷めてしまうところでしょうが、次は自分達の番?となると「もっともっと」と欲が出てくるものです・・・それが人間の性なのか・・特に日本という国の特性なのかは別として・・集団ヒステリックに走り易い日本の歴史が作ってきた国の体質が、「他人はどうでも、他所はどうでも自分は自分、自分の出来ることを・・・」なんていう考えを持つ人は稀な奴ということで相手にされないことが多いのがこの国です
みんないっしょでなければ仲間外れなんだから みんなと一緒になれない個の確立性が高いタイプの人や子供は「イジメ」の的になってしまうというのがこの国独特の体質です。
さてさて、次のオリンピックに向かって走り出した東京ニッポンもリスタートにスイッチが入りました・・・・
夢はみんなが見られます・・・が、夢に届くのは僅かな勝者です
子供達が「スポーツ・オリンピックだけが夢への近道」と考えるようになったら・・・4年後のことだけに盲目になっていたら、勝者の陰に夢破れた多くの敗者たちはその挫折から立ち上がれるのだろうか・・・
子供達ばかりでなく商魂たくましくオリンピックに当て込んむ大人も会社もいっぱいあるでしょう・・・みんながみんな上手くいくというものではないでしょう
子供達にすれば、それこそスポーツばかりに現を抜かし(遊び呆けて)いるうちに身に付くはずのことも身につけられずに4年が過ぎて、さて、夢から醒めたその後で
すべきことに気付くのだろうか・・・
スポーツエリートをつくるには恵まれた環境が必要です・・・親の力(経済力が最も重要な位置を締めますが)や理解協力、勿論親の夢もあるでしょう。しかし、多くの子供達は特別な才能が目立たない限りは、条件に恵まれることはないのです。タレントスカウトキャラバンで拾われる子供達も僅かにいるでしょうがそれも僅かです。日本という国がそこまで誰にでもチャンスを与えるほどに徹底してやれるかどうか・・・・(そうなれば素晴らしいことだけどね・・・)

スポーツは夢を与え、努力の大切さを教え、喜びを味あわせはするけれど、その反対側では挫折を教え、無駄を教え、再起を教え、回復を促し、多くの学びをくれます。
大きな困難に立ち向かう諦めない強さも教えてはくれますが、それはひとりで身につけていかなければなりません。
勝者にはあり余る賞賛・賞与と賛辞が送られ、多くの手が差しだされます。勝者の陰に隠された敗者は失ったものは多く、そこからたった一人で立ち上がらなければならないのです。スポーツは人生の厳しさを教えてくれます。

被災地で、困難に救いが必要なところで、いち早くスポーツ支援が入ります。それは心の支えに、気持ちの頑張りにということなのでしょうがホントウのところはそんな時はスポーツどころではありません。先ずは食い物、水、お金、住処 少し落ち着いたら仕事、そしてもう少し落ち着いたらスポーツ芸能の心の余裕に気持ち動くというものです。先の震災支援では必要としなくとも今だとばかりに普及宣伝の企みを隠したスポーツ団体の支援が押しかけていました。それを美談として取り上げていたマスコミもマスコミですが・・・・
そういう日本のスポーツ体質の中で次の東京オリンピックが多くの未来ある子供達のことを考えたスポーツ振興であることを願わずにはいられません。
悪戯に熱狂するスポーツを煽ることは長い将来に向けて得策ではないでしょう・・・
2020年に競技種目の特性に合わせた選手特例期を迎える年代に的を絞った選手強化には力が入ることでしょうが、その年代の子供達の周りに及ぼす影響に考えはいくでしょうか・・・・それに続く世代のことには考えが及ぶでしょうか・・・・
夢はみんな共通にもつことはできるけれど、みんなに平等に与えられるものではありません・・・・・・
平等主義?みんなと同じ?他と同じ?が当たり前の感覚で育っている平等社会の日本社会にあってホントウのスポーツの厳しさと良さを浸透させるにはいい機会かも知れません。
これを受け入れ、勝ち得るのも自分、失うのも自分、立ち上がるのも自分、日本中の国民一人一人がスポーツのもっている陶酔性と厳しさを知ることで個人の「強さ」の大切を知ることが出来ればいいのですが・・・
強い個人があって、個人の存在を認めあえてこそ自由な共存社会があるのですから。それこそがオリンピックの目指す人類世界の平和共存なのですから「東京」が立派な?オリンピック開催に何を思い何をするのか? 期待薄に期待するところです。
夢に向かって進め、夢に向かって頑張れ、夢を持て・夢を見ろ・・
いまの、何につけてもひ弱な子供達、夢に敗れたとき、夢を諦めたとき、夢を捨てたとき、さて、そこからどうするか・・・・
悪戯に救いの道を差し伸べるのではなく、そこから何ができるのかの力をつけておいてやりたいものです・・・・・
「捕らぬ狸の皮算用」
『東京』のどこにも負けないイベント演出や事業収益に拘りすぎないスポーツの祭典・オリンピック開催へのリスタートに期待??する宴の終りです。




[PR]
by sportssmart | 2016-08-25 07:03 | 本当に大切なこと | Comments(0)