Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

リオオリンピック が教えてくれること 神様からのメッセージ

テレビにくぎ付け
メダルメダルの大騒ぎが続いています。
水泳、体操、柔道と日本の得意とするところの活躍、躍進は見ているだけで嬉しくなってしまいます
柔道となるとどうしても「銅」ではどこか満足しきれない気持ちが湧いてくる自分がいることは隠しきれない事実です。
銅メダルは準決勝で負けて、3位決定戦という退路のない戦いの結果です。
ここで勝てるなら何故準決勝で負けたのか・・・・
相手が優ったからに他ありませんが、ニッポン柔道がすべからず銅メダルに甘んじていることに淋しさを感じます。
(私はブラジル、仏、NZで「日本の柔道」を指導したことがあって、その時、日本の柔道は本当は「オリンピックでみる柔道」とは違うんですよ と言って正座・黙想から始まり、静動一致の自然体の構え、受け身の大切、負ける練習から始まる柔道の教えるところ等などを下手な英語で教えるのですが大きな反響をもらったことがあるのですから柔道に思い入れがあってもおかしくはないのです・・・)
体操の団体戦での巻き返しに表れているように選手の中で「敗因はわかっている」のがよくわかります。
選手個人のことではないにしろ、「ニッポンオリンピックムーブメント」の全てに「驕り」があったことは誰も口にしていませんが選手一人ひとりの心の中にははっきりと感じたことでしょう。
僅かな「驕り」がどこかの何かのタガを緩めていたのでしょう・・・・・

オリンピック開催前からのオリンピックムーブメントが東京オリンピック開催が決まった瞬間からどこかちがった方に走っていたことに気付いていた人たちもいたことでしょう
選手のひたむきな頑張りと修正がそのことに気付かせてくれて、後に続く選手たちが、チームが、一丸となってスポーツそのものを真摯に戦ってくれることで初めてニッポンの今の力が出せることでしょう。
純粋に選手一人ひとり、チームの力、への応援をすればするほど歯がゆくてなりませんでした。
日本国内のビッグ大会、全中やインターハイ、国体、日本選手権だって同じこと、たとえ「運」という悪戯があったとしても、少しでも「驕り」のあったチームや個人は消えていくのがスポーツというものです。
この切磋琢磨や驕りや油断を上手く乗り越えさせてやるのが指導者や監督というものでしょうが、一旦緩み始めた手綱は容易く締めることはできません・・・
何につけても日本中が浮足立っている今、オリンピックがこのことをニッポン全体に気付かせてくれたらいいのですがね・・・・・・

批判的なことばかりではなく、
純粋にオリンピックの素晴らしさを感じているのと
選手一人ひとり、チームの1人ひとり、そしてチームの頑張りと勝利に応援する気持ちには変わりありません。
オリンピックが与えてくれる、その一瞬の感動が人の心を打ち、なにかを感じさせ,何かを動かします。
しかし、オリンピック憲章が願っている世界の平和と同じように、それは一瞬のことであって、終わってしまえば、それはそれで終わりということの繰り返しです。
しかし、今の日本の置かれている立場は違います。
この夏、広島に多くの国の要人が集まり、長崎の被爆記念式典とリオオリンピックの開幕式が同時進行であったように、次に東京オリンピックを開催する日本が世界に重要なメッセージを発信できる環境は整っています。
いままでなら次のオリンピック開催までの4年間はオリンピックを考えることもなく過ぎた4年間でしたがこれからの4年間はあっという間でしょう。
この4年間に、スポーツが教える、驕りのない、みな平等にチャンスのある、誰よりも頑張った者が報われる、そして敗者にも心いく、ニッポンなればこその、そんなオリンピックへ向けての準備が進められることを願います・・・・
カヌーやラグビー、他の、メダルに届かなくとも、まだまだメジャーではない種目に頑張っている選手やチームへの応援関心も忘れてはいけません。
「メダルを捕ってはじめて騒ぎ始める」・・・なんて、
そこにはあまりにも「ご都合主義な日本人」がいるような気がしてマスコミの歪み自体が日本の歪みをつくっているようにも思えます。
まだまだ続くリオオリンピックから目を離せない暑い夏は続きます。
さて、かくいう私は、ちいさな未来の逸材に夢を託し、もうひと働きしてみようかな!?なんて、オリンピックの選手たちから背中を押された気持ちです・・・・
怠けた体を持ち直して、マスターズにでも挑戦してみようという気持ちになりつつあります。
やるからには高みを目指さなければ!!・・・・・




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by sportssmart | 2016-08-11 17:27 | 本当に大切なこと | Comments(0)