Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

地球上 世界中 日本中 どこに行ったって「幸せ」は同じ ホントウに大切なことって何? 足元にある「命の泉」? 

世界中に飛び火しているテロ
あちこちの国にみられる国の変わり目・・選挙、政変
経済の格差、貧富の差・・教育の差・教養の差・・インフラの差・・
肌の違い、眼の色の違い、髪の毛の違い、言葉の違い、文化のちがい・・・習慣の違い・・・・
食べ物の違い・暮らし方の違い、気候の違い風土の違い景色の違い・・・・
違いはいっぱいあってもどこに行こうと、どこに住もうと、少しも変わらないモノ・それは何だ??!!
命の尊さ
家族の幸せ
この2つはどこに行っても、どんなとこだって、動物だって同じ、まったく同じ・・・・・
この幸せが全てのことの「鍵」になるっていうのに・・・・
この家族の幸せがあるからこそ「命」が脈々とつながっているというのに・・・・・
家族の幸せあっての「幸せの実感」であったり、何かの時に「反省」があったり「悔い改め」があったり
頑張ったり、我慢したり、立ち上がったり、立ち直ったり・・・・生きていく力の源がここにあるのに
この家族に捨てられたり、いじめられたり、見捨てられたり・・・・
帰るところをなくした者が最後に辿り着くところはやっぱり家族という自分が生まれたところ育ったところだというのに
その家族が無かったら・・・・その家族でも親族でも自分とのつながりの元が何もなかったら・・・・・
モノの頑張りも、モノの良し悪しも コトの善悪も 家族あればこそ頑張れたりセーブできたり、マトモになったりできるのに・・・・
どんな国に生まれようと、どんな家族の下に生まれようと
そこにある小さな小さな幸せが全ての起点にあるっていうのに
そんな小さな何でもない幸せに気付かないで不平不満・不幸ばかりを感じるのが世の常です
外を羨み、他を蔑み、自分ヨガリのくせに、自分に気付かないで
動物をみてみろ
巣に待つヒナドリに足しげく餌を運ぶ夫婦鳥、くたくたになりながら獲物にくらいついて子供にエサを与える親ライオン
水場に集まる動物達は、命に必要な最低限の「水場」では水の奪い合いもなく、みな一斉にのどかに水の恩恵を受けます。
アフリカのサバンナだって、サファリだって、どこを見たって家族の営みは「動物」みな同じです。
人間だって「動物」のひとつ。
家族という最小単位を大切にできないんだろうか・・・・・
家族のために、その家族が暮らす国のために・・・・そのために死んでいた尊い命もあるというのに
まるで動物が子供を守る命がけの戦いをするのと同じように・・・・人間社会も動物社会の縮図ということで・・・
動物社会が人間社会の縮図?なんて可笑しいだろ!?

家族の愛が、親の愛が、救える唯一の最後の砦だというのに
この最後の「愛」こそが最後の救いになるというのに・・・・・

貧しかろうと、苦しかろうと、人と違っていようと
みんな家族という小さな幸せの中から巣立って大きくなっているんだから
そのことを考えれば、目に映るいろいろなことに迷わされないで振り回されないでそこにあるそれぞれの幸せのことを思えば、幸せでしょ
ホントに大切なことって誰とも比較できるようなことではないってこと・・・・
世界中でも何処にいたって、何処に生まれようと、何処の国にくらそうと家族の幸せが何よりってこと
そして、それはどこにいようと同じなんだってこと・・・・
これさえしっかり知って感じていられるなら、どこの国に住もうと同じよ
狭い日本、日本ばかりが世界じゃないぞ!
しかし、一番安全な国であることには違いないけどね・・・・
子供にとって、親があるってこと、
どんな親でも、子供にとっては親は親
子供はどんな親の下に生まれるかは選べないけど
親はどんな親になってやれるかを考えることはできるはず・・・・・
ないない、苦しい苦しい、ばかりでなくて
ホンのチョットしたところに親子の、家族の小さな小さな幸せが子供にとってどれほどの幸せか・・・どれほど力の源になるか・・・・・
それだけでいいのに、それだけで十分なのに・・・・
何が無い、何が足りないとばかりに「子供のホントウの幸せ」に気付かない

人間ほどの脳みそも持たない「動物」の世界をみてみろ
人間よりも人間らしい愛情あふれる交歓の中に親子の、自然の営みがあって幸せがあるでしょ!?
人間社会の幸せをつくる「政治」の世界だって同じこと。
モノやカタチばかりでなくて、ホントの幸せってどこにあるかって考えれば「どこにでもある「家族」の姿がどうかって考えれば、この国がこの国の人達が、この国に住む一人一人の家族が夫々に幸せでいられるようにって思えばもっと簡単に出来ることってあるんでないのかな?
世界中のことだって同じでないのかな????
世界中の国の隅々で、アンデスの奥地で、モンゴルの高原で、キリマンジェロの麓で、砂漠の中で、アマゾンの奥地で、
エベレストに続く山岳地でも、これからという国ミャンマーの奥地でも、世界の反逆児北朝鮮の人達だって、戦争の真只中にいる人達だってみんな、みんな家族という幸せは同じなはず。
この小さな小さな幸せの単位を大切にしなければ・・・・・
私のスキー学校に加わる世界中からの人達も国のあり様なんか関係なく同じ地球上に住む人間として、家族を持つ仲間として、愛する人を大切にする同じ思いの人として何の問題もなく付き合っているのはなんでだろうって・・・・・
国と国が、誰かと誰かがこんなに争っているというのに、私の世界は小さな地球上を行ったり来たり・・・・・
こんな市民レベルでみんな幸せでいられるというのに・・・・・
ひとりひとりの幸せの形や大きさは違うにせよ、夫々に困難や問題はあるにせよ、みんな同じように幸せでいられるというのに・・・・
いろいろと多くのことを求め過ぎるんでないのかな????
ホントウに満たされてもいないのに不便なところに住んでいる人や貧しかったり大変そうに見える人達に同情したりするのは何故だろうって思うことがある、本当はそれで充分、その暮らしはその人にとっては自分以上に幸せなのかもしれないのに・・・・
ひとりにとって大切なことって 「何でもない小さな幸せ」 のはずなのに・・・・
世界のあちこちに目をやれば、幸せなんてみな同じ・・・・家族の幸せあって幸せってもんだでよ
家族あってのいまの自分だからね・・・
お父さんとお母さんあっての今の命だからね・・・・・
お父さんお母さんだってその小さな命あって、いまの幸せだからね・・・・・
その幸せの芽を大切に育て見守っていってやってね
その時の2人の大切な愛の結晶がいまそこに膨らもうとしていることを忘れないで・・・
いま、どうであっても、そんなことを忘れて雑に扱わないで、
きっと、その命はあなた方の命の糧となって頑張りの源になっているはずだから・・・・
世界中にどこにいってもおなじことがいっぱい・・・・
動物だって、もっともっと人間以上にいっしょけんめいに命を守り育てるんだから。動物に負けないように、そこにある小さな幸せを大切に!
動物におカネの便利さを教えたらどうなるんだろうか・・・・
動物らしい「愛情」という本能の中にある感性とその命のために食い物を戦う野生は無くなってしまうのかな?
うまく取り繕って気取って生きていく動物も現れるのかな
同じ動物にも食えるものと食えないものに分かれるのかな?
お金の使い方ひとつで群れのボスになったりするのかな?
いあやーそれはねぇーべ
噛みついて噛み砕いてしまって、やっぱり動物は動物なりにやっていくんだろうな?

人間社会におカネというやつが無かったらどうなんだろうかな?
喰っていける奴といけない奴に分かれるのかな?
勉強できるやつが勉強できない野性味あふれる奴に食わしてもらうのかな?
貧弱な体で学歴と名前だけで生きていけるんだろうか? おカネが人間社会から消えたら面白いなっ
イイ格好してお洒落して、シャナリシャナリと気取って野山に入っていって食い物を見つけられるのかな? 

世界中の言葉がスワヒリ語になったらどうなるんだろなっ アフリカが世界を牽引する中心になるのかなっ? 
なんて考えたりして・・・
どうなったって原点は同じで、一組のカップルから生まれる小さな命とその家族から始まって
家族の幸せの大切を中心に世界が始まっていくんだろうなって思うと 家族・命のサイクルの大切を思い知らされるね!!

ニッポン、余分なことにまで考え過ぎて手を出し過ぎて、足元のことが見えなくなったんとちゃうか!?
井戸を掘っていって、どんどん深く掘っていったら、すぐ隣の浅瀬に着いたなんてことになるんではないか??
足元にある小さな泉こそが命の泉ってこともあるんやで。。


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by sportssmart | 2016-07-19 13:24 | 本当に大切なこと | Comments(0)