Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

日本は幸せですか?

幸せの価値観は人それぞれに違うでしょう
でも、多かれ少なかれホントのところでは求めていることはみな同じではないかな?
人間ならば・・・ね!
それを言葉に出せるかどうかの違いで
ホントウに人の幸せを思える勇気のある人は誰もが知ってるホントのことを口に出せる人で、
これがなかなか出来ることではないんですね
特に、この”おかしなシアワセの国”日本ではね!
誰もが知っている誰もが感じている当たり前のこと、ホントのことを口に出したら
みんな唖然として、そうだ! と思いながらも周りの様子を見て、さて、どっちに着こうかな?って考えて、都合のいい方に身を寄せるっていうのがこの日本って国と国民性の特質で…
田舎に行けば行くほどこんなことが露わでね……どうする?

世界一貧しい大統領ムヒカ元大統領の話が話題にあがっています。
地上に細々と暮らす小さな小さなどこにでもある普通の人達が家族の団欒を大切にしながらそれぞれに幸せに暮らしている、たったそれだけのことなのに、それ以上の幸せがどこにあるっていうのだろうか??
モノがないから、おカネがないから、それだけで幸せでないってことではありません
何かが無くたってそれに代わる大切なことがあれば、その大切なことを大切に行っていけることが幸せではないでしょうか?? そのためにはおカネも必要でしょう・・・
でもおカネがないからといってそのことが出来ないわけではありません 小さなことでもその人が出来ることをすればいいのです 誰にもそれを評価されることがなくても、それをされた人とそれをした人がそのことによって幸せを感じられるなら……
ムヒカ元大統領が話す言葉だからではなく、みんなホントゥは大切なこと、幸せってどういうことかってことを知っているのです・・・・・・・
でも、欲が先になって・・・ 欲に気付いていなくて、他人(ひと)との比較が気になって、人より上にいきたくて・・・
良くなりたい 幸せになりたい ってことと 人より良くなりたい他人より上をいきたいっていうこと(自分だけの優越感)が一緒になっちゃって…

スポーツは1,2位を競い合います 優劣を競い合います、勝ち負けがはっきりしています。
しかし、スポーツにあるのはそれだけではありません・・・
日本にあるスポーツは最早このことを知りません・・・
多くの日本人、学校でさえ、このことを知る、伝える力が無くなっています・・・
出来ればいい、人より優れていればいい、勝てばいい・・・勝つために・・・
それが優先される社会を扇動するかのような競争社会が一層露わです。

日本は幸せですか?
日本に生まれて幸せですか?
21世紀に入り、科学知力の発展進化に躍起になり、一層先を急ぐ日本があと100年の後におカネだけが頼りにみっともない、世界で一番幸せに気付いていない幸せでない国になっているかも知れません。

今のうちに
シアワセって何ですか? と聞かれたら迷わず真っ直ぐに答えが返ってくるような
ひとりひとりの価値観がホントウの幸せに向かえるような国づくりをせなばいけないような気がしてなりません・・・

捻た寂しい考えかも知れないけれど
政治家の家系に生まれ、不自由なく育ち、お坊ちゃまお嬢ちゃまの一貫校に学び、いい就職先に着き、家督相続のための地盤人脈を活かして政治家を継ぐ政治家の多いこと・・・・・
片や、政治家になれば今までの生活とはかけ離れたその待遇に大志を忘れ庶民感覚を忘れてしまい議員生活にしがみついく選挙当選だけが仕事みたいな政治家も多くみられるようになってきました・・・議員は就職先のひとつくらいな感覚のようにもみえます・・・・
 幸せの価値観が体験からくることはさながら、これだけ義務教育が行き届いている日本では
教育の成せる業であることは歪めない事実です。
学校は子供達の数値化される出来具合が担当教師の出来具合で、それ自体が比較競争の「仕事」でしかなくなっているのが現実です。
全国大会で勝つところが「いい学校」になり、名が売れた学校がいい学校ということで受験者は群がるようになりました。勝たせることを「シゴト」にして渡り歩く職業もあります。

その反面、片田舎の学校で子供達と日々格闘しながら楚々と教育活動を行っている名も無き教師達もいっぱいいます。
そんな学校には生徒も集まらず、廃校閉校が進んでいます。
ホントウの学校、教育って何だろう??って考えることもなく都会の学校を目指します
それは、子供がそのことを希望するのではなく、親がそうさせているのです。
そして、親の期待に応えることが責任かのように「勉強」を強いているのが学校です
将来の人生を応援するための、人生の幸せを応援するためではなく、生きること、生き抜くことの基礎の基礎をつくってやることが仕事ではなく、自分の「仕事」は何なのかも見失ったまま教員生活を終える教員も少なくはありません。

幸せの本質に触れるような授業をしている先生がどれだけいるでしょうか?
算数を通して、国語を通して、理科の実験を通して、音楽美術の時間を通して、体育の楽しさを通して人として大切なことを学び、感じ身につけていけるような児童子供達それぞれのその先の幸せに向けた授業をしている先生がどれだけいるでしょうか
お仕着せられたテキストに沿った自分のない授業に追われ、子供の出来不出来が自分の評価につながることに恐れ慌てふためいていてはあるべき学校の先生などは出来るものではありません。

国民の幸せを願う国であれば、することすべきことは見えるだろうに・・・
ホントウの核心のところでは自分の、自分だけの、自分達だけのシアワセを優先しているこの国全体の風習をどこかで断ち切らなければ・・・
ムヒカ元大統領の 日本は幸せですか? と同じ言葉が繰り返され聞かれる国になるでしょう…
多くの学生が、ひたすらどこかの会社に所属して(就職して)いい会社?楽な仕事?格好いい仕事?に群がるのかその感覚がわかりません
どこかの会社に所属することが目標で、自分のやりたい仕事、なりたい職業に向かうことが目標ではないのは何故でしょう??
高校大学で行われている職業指導進路指導というのはどういうことなのでしょうか…
合格のための方策だけで、「生き方・人生の学校」 ではないのです
勝つための指導、合格するための方便を身につける指導、競うことに優れることそれだけが目標の学び・・・・それではアンマリです。

日本は幸せですか? の言葉の中に 日本人として生れて幸せですか? という意味合いが含まれます。
世界に出て、外から日本を見て、外から見る日本を知って、
日本人として生れたことに誇りを持てる国に
その誇りがただお金やモノではなく人間としての誇りを持てる国でなくては・・・・
私は、度々海外を訪れ、近々も外国を訪れる計画があるのですが、ホントウのことを知れば知るほど、チョット自信を持ちきれない思いがしてなりません。

ホントウに、日本は、日本人は幸せですか?









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by sportssmart | 2016-04-11 11:51 | 本当に大切なこと | Comments(0)