Coaching the Core through the Sports Education


by sportssmart

いじめの構造はなくなるのか?そりゃ無理やわ、なら、どうするゥ

教員レベルに喝!一発ぶちかましタレ! 

いじめ
 いじめ問題が後を断ちません

教育現場の人間離れした記者会見での はなし
教育の端くれにいる(関っているつもり)私は 呆れた口が塞がりません

いじめ!といわないまでも嫌いな奴への嫌がらせみたいなことは
出来てない?未熟なレベルではどこにでもあることです よ ね???

どこの社会にもあるように、
教育界内部そのものにも明らかにこの『いじめ』があるんです よ

デタラメ・好き勝手に学校を仕切っていた?グループがいる学校に着任した時のこと
大いに飲んで食って授業もそっちのけで部活に現を抜かして・・・
そんなことが許されている時代・・・・
気分次第の体罰以上の愛の鞭も認められる時代でした・・・・・

それまでの流れなど何も知らない私は極当り前に授業をし、
親しき仲にも礼儀ありで、当り前に子供達と接していることが奴らの鼻に着いたのでしょう
少しづつ少しづつ空気が変ってきました。
一般社会人を経験してからの教員で、大人だもの、空気の変化を感じないわけではありません

あまりのグータラな教員達に腹の虫が納まらなくなったある日
そのグループを仕切っているアホ教員とその子分達がいつものように
部活マネージャーの女子生徒を召使にのように使ってデタラメをしているところで
見るに見かねて言ってやりました。
「そりゃアカン、こんなことではイカンぜよ!」って

そしたら、次の日の朝 机が外に出されていました
ここはお前のいる部屋ではないぞ という暗黙の見せしめです。

いささか不愉快ではあったけど そこは役者が一枚上
机を元に戻し、平気で何もなかったように
以前よりももっとしっかりと教師としての範となる仕事振りを続けました

飲み会があるといえば変らずに参加するし、何かあれば率先して仕事に取り組み
ときどきは奴らと一緒に馬鹿もしました

何も言わない何もしない誰にも言わない(強い清い?)空気は奴らに少しづつ響いてきたようです
暗黙の間に奴らの居場所がなくなっていくのを感じていました。

それでもそんなグループに媚振って離れない若手もいるそんな力関係も続いていました

そのアホと2人きりになったときに
「おまえアホか?大の大人がこんなことやってんじゃないよ、自分の子供に見られたら恥ずかしいと思わんか?
女房子供がいるんやろ、世の中にさらけだしたるでぃー!」と一発ぶちかましてやりました

あまりの凄みと物怖じしないその空気に奴はニコニコと愛想を振りまきはじめ
その夜はその子供みたいに無邪気なバカ教員と楽しい飲み会をしたことを
いまは、古き良き時代と思い出します。
勿論その夜の会計は「(世間に出されたくなかったら)おまえが払え」と言わんばかりに、奴に支払わせたのは今でも愉快です。

今では奴はなんと思っているか・・・・
けれど、今でもたまに会えば相変わらず可愛らしくも媚を振ってくるのは
性根がバカなのでしょう・・・・・
バカだからいじめをしても気付かないで、悩まないでやってられるのでしょうね

奴らを制する者は誰もいない状態の学校の中で
奴らを制御する役割は私になりました。

奴らは妙に「まっちゃん」「まっちゃん」と擦り寄ってくるようになりました
そんな可愛らしいところもある連中なので
少しは一緒に羽目をはずしながらも少しづつ少しづつ正常?に戻し
嫌われているのはわかってはいたけれど仲良くやっていました

そのときは、机を出すなんてことをする幼さに呆れたけれど
それが生徒ではなく試験を受けて正規に採用された教員であったことに
今更のように驚く世界です。

こんなことは極々一部のことで、教育という正しくあるべき世界で、
世間が知ったら驚くようなことはいっぱいです

少しは世間を知っていた私だから世間との違いやアホらしいほどの世界を感じたのであって
学生の延長みたいな、世間を知らない人間で構成される教員社会だから
いじめの意味も痛みも味もわからないのかも知れません。

どこの世界にも好き嫌いがあり、合う合わないがあるものです。
合わないからといって、好きでないからといって机を追い出してしまう
それを見ていて、なんとも出来ない・・・・・
テレビで教員(校長)の記者会見を観て
えっ、まだそんなことやってんの
まだ気付かないの って呆れています。

そんなことないよ って言いたい教員がいるだろうけど
心の底では自分の痛み・自分達の痛みに気付いているはずです

だって、あなたは「教育者」をめざしたからこそ そこにいるのですから・・・・・

いじめの根絶 なんていえるのは何故かわかりません
人間社会の暮らしの中にある人や他を羨む心、蔑む心は自然にあるはず
人間として、どのように過ぎていくのか
どんな人間であればいいのか・・・・  
  
哲学が必要のようですね

文科省の取り組みもどこかズレているようでなりません。

この役人の世界も本当に困ったことなどない、
世間に疎い学生坊ちゃんの延長線上にあるようで呆れます

していいこと、してはいけないこと
許せること、許されないこと
越えてはならない一線があること
はどこで学ぶのでしょうか・・・・・

子供の頃の頼り甲斐のあるお兄ちゃんと遊んだころに
中学高校時代のボスだったころに
何であろうと、悪いものは悪い良いものは良い の 絶対強い教員時代に
戻りたい思いの昨日今日の「いじめ」のニュースでした
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by sportssmart | 2012-09-19 02:00 | 教育/学校 | Comments(0)